空気を読め――。日本で生きていると、そんな無言の圧力を感じる場面は少なくない。

学校や職場、ママ友の集まりなど、日常のあちこちで「周囲に合わせること」が"正解"のように扱われる風潮がある。

 作家の鴻上尚史氏と評論家の佐藤直樹氏による著書『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)は、こうした生きづらさを抱える人におすすめしたい一冊だ。両氏の対談形式で進む本書は、日本人を縛る"空気"の正体を「世間」という概念から解き明かしている。

 第一回目の対談がおこなわれたのは、新型コロナウイルスの感染拡大で「緊急事態宣言」が発令されていた2020年のさなか。多くの人が自主的に外出を控えていた時期だ。他国ではロックダウンが実施されるなか、日本では強制力や罰則を伴わない「自粛」や「要請」が中心だった。それでも日本人の多くは足並みをそろえるように行動していた。

 この状況を「民度の高さ」と評価する声もあったが、著者たちはその背景に「同調圧力」が作用していると指摘する。

「同調圧力とは、少数意見を持つ人、あるいは異論を唱える人に対して、暗黙のうちに周囲の多くの人と同じように行動するよう強制することです」(本書より)

 確かに日本では、法律やルール以上に「空気」が強い拘束力を持つ場面が少なくない。そしてコロナ禍では、その力がより強く、ときに凶暴な形で表面化した。自粛警察やマスク警察といった言葉が生まれ、県外ナンバーの車に厳しい視線が向けられるなど、周囲と異なる行動への排斥が顕在化したのである。

 ではなぜ、日本では同調圧力が強く働くのか。

本書の重要なキーワードとして浮かび上がるのが「世間」という概念だ。鴻上氏は「世間」と「社会」の違いについてこう述べている。

「『あなたと関係のある人たち』で成り立っているのが『世間』、『あなたと何も関係がない人達がいる世界』が『社会』です」(本書より)

 佐藤氏によれば、「世間」という言葉は1000年以上前から存在していた一方、「社会」という概念が日本に定着したのは明治以降だという。つまり日本人は長い間、「社会」よりも「世間」に縛られて生きてきたことになる。

 さらに本書では、「世間」を構成する独特のルールにも触れている。お歳暮やお中元などに見られる「お返しのルール」、年齢や立場を重んじる序列的な「身分制のルール」、そして「みんな同じ時間を生きている」という平等意識などである。

 こうした規範は日常の中で暗黙のうちに作用している。お返しの有無が人間関係の評価に直結し、「出る杭は打たれる」という言葉が示すように、目立つ行動は周囲の視線によって抑制されやすい。

「『世間のルール』を順守しないと『世間』から排除されるが故に、日本人はこれをじつに生真面目に守っている」(本書より)

 一方で本書は、「世間」がもたらす肯定的な側面にも目を向けている。日本社会の治安の良さや秩序の維持はその代表例だ。東日本大震災の際も、混乱の中で略奪や暴動が大規模に発生しなかったことは海外からも注目された。そこには「人様に迷惑をかけない」「つらいのは皆同じ」という"世間のルール"が働いていたと考えられる。

 しかし、安心の裏には代償もある。「同じであること」が強く求められる社会では、個人の逸脱はしばしば許容されにくく、排除や孤立を招くこともある。

 現代ではこの圧力がインターネット空間にも広がっている。本書によれば、日本のXにおける匿名率は7割を超えるという。匿名性は現実の「世間」から距離を取るための逃げ場として機能する一方、過剰な批判や誹謗中傷を生み出す側面も持つ。

「日本人は『世間の目』のないところでは、傍若無人になります」(本書より)

 本書は、単純に「世間をなくすべき」と主張しているわけではない。むしろ、ひとつの強固な「世間」に依存するのではなく、ゆるやかに複数のコミュニティとつながることの重要性を説いている。

「要は自分をたった一つの強力な『世間』で支えようとしない、ということ」(本書より)

 誰もがどこかの「世間」とつながり、他者の視線や評価から逃れにくい時代だからこそ、「空気」に支配されすぎない関係性の持ち方が問われているのかもしれない。

 同時に、本書が示す「世間」という視点は、日本や日本人の特性を説明するためだけのものではない。自分がどのような関係性の中で生きているのか、その距離の取り方を考えるための手がかりとして提示されている。本書を通して、自分を息苦しくしているものの正体と、その向き合い方のヒントが見えてくるはずだ。

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