消えた昭和の超能力者

 日本に突如起きた超能力ブーム。それを決定づけたのは、1974年のユリ・ゲラー来日だった。

その熱狂ぶりは、ビートルズと比べられるほどの凄まじさで、甘いルックス、スプーン曲げという必殺技、テレビというメディアがその存在を肥大させた。
 若き矢追純一氏がプロデューサーを務め、『11PM』や『木曜スペシャル』に出演。大きな反響を巻き起こし、超能力少年少女たちが急増し、超能力論争も加熱。行きすぎた社会現象に、テレビメディアの責任も追求されたほどであった。

 もともと、ゲラーの初来日のきっかけとなったのは、親交のあったジョン・レノンの妻であるオノ・ヨーコの勧めがあったからだという。イスラエル生まれの彼は、広告モデルとして活動するほどの美貌を持っていたが、ショービジネスにかかわるうちに、自分が持つ特異な能力に目覚めて、超能力エンターテインメントに挑んだ。

そして1973年、イギリスを皮切りに行ったヨーロッパ・ツアーでブレイクし、翌年の来日で大成功を収めた。
 だが一方で、彼は祖国イスラエルやアメリカでは、プロの手品師たちは反感を買い、奇術師ジェームズ・ランディが率いる「サイコップ」なる、超能力者の欺瞞を暴くグループと対立。ほどなくしてショービジネスから退いた。

 その後ユリ・ゲラーは、地下資源の発見に乗り出す。しかも、その能力を活かし成功したという。最近ではイギリス郊外の大邸宅に住んでいるという報道があったが、どこまでが彼の力によるものなのかはわからない。


 超能力の才よりも、金儲けの才に長けた人物。それがユリ・ゲラーの正体だったのかもしれない。

(文・編集部)

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