SNSの一部女性たちが「私はフェミじゃないけど」と前置きする問題について

 少し前に、初めて連絡をとる編集者が、読んでみてくださいと送ってくれた最終稿のゲラを一気に終章まで読み進めると、末尾にこんな言葉があった。「あなた自身を、出来事や外部に定義させてはいけない」(三浦瑠麗『 孤独の意味も、女であることの味わいも 』)。


 著者の強く綺麗な顔を思い浮かべ、また、小さな蔑視と日々愚直に戦いながらもフェミニズムという言葉には居心地の悪さを示す女の子たちを思い出して、こうでありたいと思っても、こうなんでしょ? と外からなぞられることを酷く恐れている自分たちのことも思った。正直に生きることは摩擦を生むけれども、正直ではない姿でラベリングされてしまうのもまた、とても窮屈なことだ。


SNSの一部女性たちが「私はフェミじゃないけど」と前置きする問題について

■「女性差別は憎い。でも私はフェミじゃない」

 ちょうどSNS上で「女性差別は憎い。でも私はフェミじゃない」なんていうフレーズが散見されることに、少し注目が集まっている。思い起こせばここ1年、女友達との日常的な会話で「フェミみたいに煩くて」「フェミが怒るよ」なんていう言葉をよく耳にしたし、自分も発してきた気がする。私が学生だった頃よりさらに極端なステレオタイプのイメージを伴って、言葉が乱用されだしたのはきっとインターネットでの発信が年々気軽なものになったことと大きく関係しているし、逆説的だが真っ当な女性の訴えが本気で社会に受け入れられるようになったこととも無関係ではないだろう。


「私はフェミじゃないけど」に続けて差別の現状や受けた扱いへの不服を申し立てることは、ある意味ではとても小賢しい逃げ口だ。言いたいことを言って自己主張はしたい、でもそれによるラベリングは拒否する。何かを訴えることは、それを訴えた人、として在ることを引き受けることでもある。それを引き受けないと宣言するのであれば、その後に続く発言には極めて慎重になる必要がある。自分が痛み分けをしない発言は攻撃的になりやすく、不用意に他者にだけラベリングを施すことになりかねないからだ。


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「SNSの一部女性たちが「私はフェミじゃないけど」と前置きする問題について」の みんなの反応 4
  • 匿名さん 通報

    騙されたり銃剣で脅されて慰安婦にされた女性への同情も思いやりも一切無い文藝春秋社。今度は何をしたいのかね?ヒトラーはフェミニストを弾圧した。お前はどうなんだよ文春!

    0
  • 匿名さん 通報

    台湾では、日本軍は最初の一ヶ月間は募集した女性に普通の仕事をさせて安心させ、一ヶ月後から洞窟に閉じ込めて昼も夜もなく襲った。文春の人間のクズ記者は調べないんだろうな。 

    0
  • 匿名さん 通報

    お前はフェミニストだとかそうじゃ無いとか、そんなくだらない連中によるレッテル貼りを一々気にしてどうするのか?正しいことを言えば良い。それの他に人として何が必要かね?

    0
  • 匿名さん 通報

    文藝春秋社の記者は人として一番奥底のところで間違っている、、、良心が欠落している。そいつらの書く記事をお金を出して買う奴がいることに驚愕。

    0
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