まるで戦争「日本刀44本を押収」 殺人が起きても止まらない”野田醤油ストライキ”のすべて

 こういう自暴自棄の生活に、労働者の権利、労働組合、団結などが説かれたのである。労働組合は救世主の如く迎えられ、忽ち強力な結成を見るに至った。特に極端な最低生活は起上るに何ものをも恐れない強い力となった。


 野田醬油は当時資本金700万(現在8億)従業員約1500人、工場数16、石高50万石と称して事実上日本一の醬油会社であった。この田舎町に大会社が存在しているのだからその勢威は推して知ることが出来よう。


 会社は醬油工場の外、銀行、運輸、鉄道を独占し、旅館、映画館等も合せ持っており、重役は王侯的存在である。もとより町長、町会議員はその傘下にあり、当時重役4名が町議の席をもっていたが、他の町議とは区別され、その坐る椅子は白いカバーを附して特別席を与えられていたのである。県知事が就任すると真先きに挨拶に来るのが野田であり、次が成田山新勝寺だといわれた。その富豪ぶりは東京から青森迄の間、右に出るものがないと迄いわれていた程である。


■労働者の悲惨な生活に目をつけ組織化

 当時労働者は2つに分れていた。店員と現場に働く「倉人」である。店員は小僧から番頭まであり、何れも子飼いの郎党で労働問題には知識が暗い。工場の管理と販売に当っていたが古いしきたりをその儘続けていたに過ぎない。現場労働者の悲惨な生活に眼をつけて組織化を始めたのが、総同盟の小泉七造君であった。東京から入って機械の据付けなどをやり乍ら同志を獲得し、大正10年12月14日、愛趣園の境内で結成式を挙げた。この時は約300名が集った。慌てた会社が御用団体を作って対抗した。然し翌年2月迄には会員が加入し、気勢は頓に上った。


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