あれから10年 田母神俊雄が語る「田母神論文事件とは何だったのか?」

 その渡部先生も昨年お亡くなりになって寂しい限りですが、私は自衛隊退官後渡部先生と2冊の共著を出版する光栄に恵まれました。また渡部先生が『ドイツ参謀本部』の復刻版を出版されるということで、復刻版に添え書きを依頼されました。私が最初に出会った渡部先生の本でしたので大変嬉しく思いました。さらに私が航空幕僚長を更迭されたときに「田母神さん、20年、30年たった時に田母神論文を境に日本の歴史認識が変わったと言われる時代が必ず来ますから、力を落とさずに頑張って下さい」と励まして頂きました。渡部先生の言葉は私にとっては勲章のようなものです。渡部先生が私のアパ論文の審査委員長でしたので、論文の内容がおかしいとかいう一部の批判はありましたが、私は全く動じることはありませんでした。


■聴いてた音楽? 演歌ぐらいかな。あと軍歌

――ある意味での「保守の歴史観」は渡部昇一の本がきっかけだったのでしょうか。


田母神 まあ、そうでしょうね。他に読んでいたのは、関嘉彦さんの著作。民社党の理論的支柱のような方で、都立大の先生をされていた。『社会主義と自由』だったかな、読みましたね。あとはカーネギーです。『道は開ける』『人を動かす』。いずれも名著ですが、これも幹部学校で紹介されて読みました。


――田母神さんは元々理系で、福島県立安積高校でも理系クラスだったんですよね。


田母神 そうです。高校に入ったのが昭和39年、東京五輪の年。日本が高度成長に入ろうとしていた頃で、身近なところでいうと家電の業界が華やかに見えたんですね。それで技術者になりたいと漠然と思っていたんです。ところが親戚に自衛官がいたこともあってか、父が「お前は防衛大学校に行け」と。それに反抗することもなく、まあ自衛官の道に入ったわけです。


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「あれから10年 田母神俊雄が語る「田母神論文事件とは何だったのか?」」の みんなの反応 20
  • 匿名さん 通報

    戦後、日本だけが悪いというプロパガンダが横行している。それでは、アジア、アフリカの全域を植民地にしていた西欧諸国は正義なのか。違うでしょう。

    15
  • 匿名さん 通報

    確か幹部学校の教授だったか学校長の経歴があったんじゃなかったけ?論文を読んだけど書き方が小学生の作文レベル。学問として研究してたとは思えないレベル。それで賞をもらってもねぇ。この人が受賞ありきの話。

    13
  • 匿名さん 通報

    論文が正しければ辞任などしなかっただろう

    11
  • 匿名さん 通報

    敵を知るために、刑務所では朝日新聞を購読した方がよかったのでは

    11
  • 匿名さん 通報

    田母神さんもアパホテルも大好き、私たちを生まれながらに”戦犯の子孫”とほざく近隣3カ国は大嫌い

    10
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