あれから10年 田母神俊雄が語る「田母神論文事件とは何だったのか?」

田母神 何を騒いでいるんだ、バカだなって思って見てました。夏休みに帰省すると、普通の大学に入った高校の友達と会いますよね。すると、たった3ヶ月大学に行っただけで、やれマルクスがどうしたとか言うやつがいるわけです。私はちょっとカチンときて、「なんだお前、因数分解もできなかったのに、よくそんなことがわかるな」って言ってやりましたよ。


――なんでカチンときたんでしょうね。


田母神 かぶれてる感じがいやだった。私は昔から、左の共産主義的考えに毒されることはなかったから余計に。うちの父はいつも「共産党はバカだ」って言っていた。なんでかと言うと、実家の近くに町議会議員にいつも立候補する共産党の人がいたんですよ。選挙に出ると必ず落ちるんだけど、必ず出る。いつだったか聞いたんです、父に。「あの人は、なんで落ちるのがわかっているのに選挙に出続けるんだ」と。その答えが「共産党はバカだから」。これは、私の原体験といえば、原体験なのかもしれませんね。


■防大4年のときに「三島事件」を体験した

――防衛大学校時代では、1970年に起きた「三島事件」。作家・三島由紀夫が憲法改正のために自衛隊の決起を呼びかけ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した事件ですが、この時は……。


田母神 防衛大学校4年の時ですね。


――軍隊ごっこみたいに言う人も当時いたと思うんですが、田母神さんご自身はどんな風に見ていましたか?


田母神 三島由紀夫という作家は、非常に感性が鋭くて、ものがよく見えている。だから、三島の言動は面白いなと思って見てはいましたけどね。その感は、私が年をとるにつれて深まっている気がします。日本が今みたいな状態になって、結局外国から言われっぱなしで、ちゃんと反論もできない「腑抜け腰抜け国家」になるってことを、昭和45年の段階で三島由紀夫は見通していたのではないかと思うんです。彼がやったことは決して許されるものではありません。しかし、自分の命をかけて、国家や国民に対して警鐘を鳴らしたという意味では、立派な人だったんだと思います。彼は決して自分のために決起したのではないのです。自分のためであれば自決などせずに生きのびようとするはずです。


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「あれから10年 田母神俊雄が語る「田母神論文事件とは何だったのか?」」の みんなの反応 20
  • 匿名さん 通報

    戦後、日本だけが悪いというプロパガンダが横行している。それでは、アジア、アフリカの全域を植民地にしていた西欧諸国は正義なのか。違うでしょう。

    15
  • 匿名さん 通報

    確か幹部学校の教授だったか学校長の経歴があったんじゃなかったけ?論文を読んだけど書き方が小学生の作文レベル。学問として研究してたとは思えないレベル。それで賞をもらってもねぇ。この人が受賞ありきの話。

    13
  • 匿名さん 通報

    論文が正しければ辞任などしなかっただろう

    11
  • 匿名さん 通報

    敵を知るために、刑務所では朝日新聞を購読した方がよかったのでは

    11
  • 匿名さん 通報

    田母神さんもアパホテルも大好き、私たちを生まれながらに”戦犯の子孫”とほざく近隣3カ国は大嫌い

    10
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