PCの周辺機器というと、黒やグレーの男性的なデザインが頭に浮かぶ。しかしLogitech(日本法人ロジクール)でコーポレート/ブランドサイトのグローバル責任者を務める秋吉梨枝さんが愛用するのは、自分の名前が入ったローズカラーのマウス。
女性を中心とする開発チームが手掛けたという、ジェンダーフリーなデザインの「Aurora Collection」や、あらゆる世代に向けて開発された最軽量のゲーミングヘッドセットなど、多様性を感じさせる製品を続々と世に送り出しているLogitech。その背景にあるDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の実践について、秋吉さんに話を聞いた。
ユーザーの多様化が生み出した新たなデザイン
2年ほど前、日本チームが予算を達成したときに会社から贈られた名前入りのマウス。 撮影:キム・アルムマウスやキーボードといった周辺機器は、PCを使う人にとっては手足のような存在だ。シンプル&クールなデザインもいいけれど、そこに自分らしさや楽しさを感じることができたら、ユーザーのモチベーションはもっと上がるかもしれない。「そんな機会をすべての人に贈りたい」という熱意を開発チームから日々感じている、と秋吉さんは語る。
「ゲーミングマウスも、以前はゲーマーの方がメインターゲットで、黒やグラファイトを基調とするデザインが主流でした。しかし現在は、ユーザーは縦にも横にも広がり、コーディングやeスポーツに親しむ層がどんどん増えています。私たちも多様なデバイスを、多様な人々に届けていく必要がある。こうした動きは以前からありましたが、ここ数年で製品のラインナップが育ってきました」(秋吉さん、以下同)
ボトムアップで始まったニューロダイバーシティの取り組み
多様なデバイスを多様な人々に届けていこう、という会社の姿勢が、ここ数年製品のラインナップに反映されている、と話す秋吉さん。 撮影:キム・アルムNPO「Girls Who Code」を後援するなど、未来の女性プログラマーをサポートする活動にも力を入れるLogitech。異なる考え方、スキル、アイディアを持つ人々が集まることがイノベーションをもたらすという信念は、ボトムアップで始まったというニューロダイバーシティの取り組みにも表れている。
ニューロダイバーシティ(Neurodiversity、神経多様性)は、脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこうとする考え方だ。
「LogitechではADHDやASD、失読症など、こうした脳の特性を“スーパーパワー”と捉える風土があります。彼らも自ら社内グループを作り、自分たちの得意・不得意や、特性を生かした新たなアイディアを提案し、日々感じていることなどについて積極的に発信を行っています」
こうした取り組みがHR主導ではなく自発的に生まれ、発信から1か月ほどで「よし、やろう」と実行に移されていく。そのスピード感はLogitechらしい部分かもしれない、と秋吉さんは話す。
チームの多様性が増すほどWebサイトは堅牢になる
秋吉さんが率いるのは、世界各国にルーツを持つ70人のチーム。異なる考え方、スキル、アイディアを持つ人々が集まることがイノベーションをもたらす、という社の信念を体現する。 撮影:キム・アルム前回のインタビューでは、「グローバルのWebサイト責任者に」というオファーを産休中に受け、悩みながらもチームメンバーと信頼関係を築くまでの軌跡を語ってくれた秋吉さん。あれから2年、メンバーの国籍はさらに多様化し、現在は世界52カ国に向け、世界各地から採用された社員がリモートで働いている。
「私のチームは70人ほどですが、最も人数が多いのはインドで、2番目がUS。香港、ヨーロッパにも拠点があり、ヨーロッパの中心人物はポーランドにいます。この人は元・庭師というバックグラウンドのせいか、計画性がすごい。種を植えて、育てて……みたいなオペレーションの達人なんですよ」
「この人と働きたい」と思ったら、世界中どこからでも採用するのが秋吉さんのモットーだ。Webサイトは100人いれば100通りの使い方があるため、「多様な価値観があればあるほど堅牢になっていく」という。
「人は住む場所によって感性も仕事のやり方も違うので、様々な地域の人がいた方がバランスがいいのです。
DE&Iよりも“個々の尊重”を意識する
チームがうまく機能するために、「健全性」を重視していると語る秋吉さん。 撮影:キム・アルムマイクロマネジメントは一切しない、と話す秋吉さんだが、多様性のあるチームを率いる上で、大切にしていることが一つある。
「それはチームの健全性。チームがどれだけ健全に、自立的に仕事ができているかを重視しています」
なぜ健全性が必要なのかというと、問題が起きたときに自分が責任をとるためだ、と秋吉さん。不健全なチームはトラブルを隠そうとするから、リカバリーがどんどん遅れてしまう。心理的安全性が保たれた健全なチームであれば、失敗したときも犯人捜しをしたり、過剰に落ち込んだりすることなく、すぐに次の行動に移ることができる。
「私のチームは勤務時間も決めていないし、急用で抜けるときも詳細な連絡は不要。一番楽な連絡手段で、簡潔に状況を教えてくれるだけで十分です。だって、突然お子さんが熱を出してケアが必要なのに、会社や私にまで気を遣うなんて本末転倒でしょう? 『いらないよ』って言っているのに報告をくれる人もいるから、あえてレスもしないことにしています」
チームメンバーを信頼し、一人ひとりが「自分はこうしたい」と発信できる環境と、のびのび仕事ができる自由を確保する——。「DE&Iよりも、まずは“個々の尊重”を意識する」という秋吉さんの言葉に、多様性と向き合うチームマネジメントのヒントを見つけた気がした。