「バイトル」を始めとする人材サービス事業と、2019年9月からスタートしたDXサービス「コボット」シリーズを2つの柱として、日本の人材活用の未来をリードするディップ株式会社(以下、dip)。

2019年から社外取締役として、そして2020年から取締役COOとしてdipに参画した志立正嗣さんは、DEI(DE&Iとも)について「dipの本業ど真ん中にくる課題」と語る

フィロソフィーを中核とする人的資本経営のなかで、なぜこれほどDEIを重んじるのか。多様な就業機会の創出を目指すdipのビジョンとは?

フィロソフィー経営の基盤にDEIがあり、人権の尊重がある

志立正嗣(しだち・まさつぐ) 1991年凸版印刷株式会社入社。1998年よりヤフー株式会社にてサービス開発に従事。2012年より同社執行役員に就任し、広告・メディア事業・データ部門の責任者、社長室長、コーポレートグループCIO等の要職を務めた。2017年株式会社IDCフロンティア代表取締役社長に就任。2019年ディップ株式会社社外取締役、2020年同社取締役COOに就任。 撮影/中山実華

──2022年3月に創業25周年を迎えたdipは、フィロソフィー経営を基軸として人的資本経営にも積極的に取り組んでおられます。まずはdipのフィロソフィーについてお聞かせください。

志立正嗣さん(以下、志立):dipの場合、フィロソフィーの構造が企業理念から始まっています。世の中で言うパーパスに近いと思いますが、 「私たちdipは夢(dream)とアイデア(idea)と情熱(passion)で社会を改善する存在となる」 という企業理念は、dipという社名の由来でもあります。全てがここから始まったというのがdipの特徴です。

この企業理念を実現するための姿勢を表すのが、「ユーザーファースト」なサービスを追求する「One to One Satisfaction」というブランドステートメントと、構造的な人手不足を解消する「Labor force solution company」というビジョン。そして全社員の行動規範である「dip way」と、行動哲学「ファウンダーズスピリット」によって、フィロソフィーが構成されています。

2019年3月に策定した「Labor force solution company」について補足すると、ここでのLabor force(労働力)は、人だけでなくロボット・AIといった「デジタルレイバー」を含みます。人と人のマッチングをお手伝いする人材サービスと、定型業務を自動化するDXサービス(SaaS型商品)の提供。この2つの事業領域を両輪で進めれば、人がやらなくてもいい定型業務はデジタルレイバーに任せて、人はもっと幸せな働き方を見つけることができると考えたのです。

「人が全て、人が財産」という信念のもと人材に最大の関心を寄せ、積極的な投資を進めるdip。人的資本経営の中核となすのがフィロソフィーだ。dipの統合報告書2022より。 撮影/中山実華

──「Labor force solution company」というビジョンの実現に向けて、6つのマテリアリティ(重要課題)も策定されました。

志立:今日の取材テーマ(企業を変える DE&I)と関わる部分としては、事業におけるマテリアリティとして次の3つがあります。

1. 多様な就業機会の創出、雇用ミスマッチの解消
2. 人材力・経済生産性の向上、働きがいのある職場づくり
3. DEIの推進、人権の尊重

労働力の課題を解決するためには、まずは採用の段階でミスマッチを減らしていく必要があります。そのためには、雇用者側ができるだけ多様な人材を受け入れ、働く側もいろいろなチャレンジができるような環境でなくてはなりません。

これら、1・2の課題を解決するための大切なポイントとなるのが、3の「DEIの推進、人権の尊重」です。つまり、私たちの事業の基盤がDEIであり、人権の尊重なのです。

「時給を上げよう」「みんなが選べる」をCMで発信

提供/dip

──「バイトル」では2021年11月より時給アップを企業に呼び掛ける「ディップ・インセンティブ・プロジェクト」を開始し、乃木坂46メンバーとタレントのDAIGOさんが出演するCMを放映。2023年10月からは、ジェンダーレスモデルの井手上漠さんが出演するCM「多様性のある職場篇」が始まりました。どちらもCMの歌詞が印象的で、「時給を上げよう」「みんなが選べる」というフレーズが耳に残ります。

志立:ありがとうございます。「時給を上げよう」というのはクライアントファーストでは絶対に出てこないコピーだと思いますが、dipのブランドステートメントは「ユーザーファースト」。ふつう求人側からお金をもらう求人情報サービスの企業としては、どうしても求職者ではなく顧客企業に寄り添いがちです。「時給を上げよう」というメッセージとして打ち出したのは、dipにしかできないことだったと思います。

このプロジェクトによって「バイトル」掲載の平均時給は上昇、他媒体と比べても高水準となっています。しかも嬉しいことに、働く人の待遇向上を目指した「ディップ・インセンティブ・プロジェクト」は顧客企業にも受け入れられました。アンケート調査の結果、69%のクライアントに「好感が持てる」と評価されたのです。

人権、あるいはDEIというと、どこか理屈先行、正義感先行というイメージがありますが、しかしdipの場合は本業ど真ん中で、これをぜひ推進したいと思っています。10月から放映を開始したCM「多様性のある職場篇」は、企業と求職者がともに働きやすい環境、多様な就職機会の創出を目指す「dip DEI プロジェクト」の一環です。

求人側の「うちは若い子じゃないと働けない」「シニア(女性)はこういう仕事は向いていない」「外国人を雇うとトラブルがあるかも」「トランスジェンダーの人にどう対応したらいいのかわからない」といった思い込みが多様な人材活用の阻害要因になるのです。

ここが取り除かれたら、より最適なマッチングができ、人材力が活用できて、社会的にもポジティブだし、私たちの成長の機会にもなるし……「最高じゃないか」と。

とはいえキャンペーンだけでは企業に受け入れられないので、dipの営業が「よりマッチングする人材を採用していくために、もう少し条件を緩和できませんか」と、採用側のメリットを地道に訴える活動も並行して行っています。

就業にまつわる課題をDEI視点で紐解いていく

dipのブランドステートメントである「ユーザーファースト」の概念は、ヤフーで求人情報のプロデューサーをしていた志立さんがdipの代表取締役社長 兼 CEOである冨田英揮に出会い、一緒に「はたらこねっと」と「Yahoo!求人情報」との業務提携を立ち上げる過程でdipに持ち込んだものだ。 撮影/中山実華

──アルバイトに応募する際の申込フォームも、多様性の実現を念頭に変更されたと伺いました。

志立:今までは慣習的に生年月日、住所、学歴などが必須項目になっていましたが、まずは2023年2月から申込フォームの年齢入力を任意にしました。取り組み自体は2022年の5月頃から始めたのですが、システムが年齢のキーでいろいろな項目が繋がっているような仕組みだったので、改修にはそれなりの投資と時間が必要でした。

やはり年齢に関しては、希望のゾーンから外れると面接もしないといったことが、公言はしなくとも実態としてはあるわけです。そこで、まずは営業側のアプローチで求人側に門戸を広げてもらい、しかるのちにシステムを変える。現在は、6割の顧客企業が年齢入力を任意にすることに賛同してくれました。dipが任意化することで、フラグが立つというか「任意でもいいよ」と言っていただける求人の数が圧倒的に増えた。以前は5%未満でしたから、これは大きな変化です。

こうした形で全社一丸となってDEIに取り組むのも、フィロソフィーに基づく人的資本経営が浸透しているから。それがdipというメディアの強みになり、採用力の強化につながってdipの価値が高まるからこそ、お客様にも喜んでいただくことができます。

私たちの本業である「就業」において、DEIは本当にど真ん中にくる課題なので、社会的にインパクトも出せる。CMの「時給を上げよう」「みんなが選べる」というメッセージが広がれば、そこを意識する方も増えていきますよね。そういう固い決意のもとで、DEIに取り組んでいます。

社内外の両輪でDEIを推進。女性活躍を強化したい

経営層、新卒の女性管理職登用は数字が上がってきたが、中間層が目下の課題と話す志立さん。 撮影/中山実華

──dipの社内では、DEI推進に関してどのような取り組みがあるのでしょうか。

志立:私が2020年にdipに参画した際、ライフワークとしてDEI、女性活躍、地方創生に取り組むことを明言しました。dip社員の男女比はほぼ半々で、女性管理職の比率が33.2%。経営ボードの女性比率は55.6%です。55.6%というのは、プライム市場の時価総額上位500社の中ではナンバーワンなんですよ。

ただ、上と下だけ見るとビューティフルなのですが、課題は真ん中。執行役員や本部長など、上位管理職の女性比率が低いのです。

この数年で、新卒採用からの女性管理職への昇進率は50%に増加しましたが、中途採用での管理職の比率は男性が大半を占めており、この点が課題となっています。

もう一つは男性育休の取得です。100%を目指していて、今9割まできたのですが、「おかしいぞ」と思ったことがあって……。男性が育休を取るときの引き継ぎが大変だから、何か制度を作らないといけないという話になったんですね。でも、今まで女性が産休・育休を取っていたときは、そんな提案は何も上がってこなかった。これはもう完全なアンコンシャスバイアスです。

また、LGBTQ+に関して言うと、同性婚や事実婚など、通常の結婚とは異なる婚姻関係でも同じ権利を社内で得られるように、届出制度を作りました。このときに重要なのが、この制度が「アウティング」にならないように管理すること。公表したい方も、公表したくない方も、情報の取捨選択権を守れるオペレーションにするというルールを徹底しています。

社会課題の解き方は一つではない。NPOとの協働をスタート

今のCMでは「多様性のある職場」というメッセージを出していますが、その先にどんな世界を作ったらいいのかということも、MASHING UPの読者の皆さんと一緒に考えながらチャレンジしていきたいし、他社さんとの協働もしていきたいですね。 撮影/中山実華

──そうした制度も、マテリアリティにある「人権の尊重」に関わる問題として捉えていらっしゃるのですね。

志立:おっしゃる通りで、そこは大事にしています。先に申し上げた通り、dipはDEIの推進に本気で取り組んでいます。それこそ事業として私たちが果たすべき役割ですし、実現することで会社が成長し、社会の改善にもなると信じています。

この先にどんな社会を作ったらいいのか、社会を動かすという観点では、協働がすごく大事なポイントになってきます。今まさに進行中なのが「dip-NPO協働プログラム」という、NPO団体との取り組みです。

dipのマテリアリティに関わる問題意識を持っているNPOのアセットと、私たちの人的アセット、メディアとしてのアセットなどを組み合わせ、資金の提供なども行いつつ、一緒に課題解決をしていければと考えています。

私の考えでは、パブリックセクターと、私たちのような営利セクターとの間にある諸々の問題解決をしているのがNPO。彼らのチャレンジに、アセットを持つ企業が協力すれば、お互いが単独ではできないことが成し遂げられるのではないかと。それができれば、社会の課題解決がぐるぐる回り始めるかもしれません。

社会課題の解き方は、一つではない。そこから新しい事業の可能性が生まれるかもしれないし、将来の種まきとして一緒に活動できたら、お互いが新しい視点を得られるでしょう。社会貢献としてのレバレッジが効くという意味でもいいコンセプトだと思いますし、参考にしていただけるようなプロジェクトに育てていきたいですね。

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