「私なんて誇れることが何もないし……」と折に触れて謙遜する中村幸恵さん。実は、大企業の経営本部でダイバーシティ推進部長を務めるイメージからは意外ともいえるキャリアなのだ。
初めて勤めたのは保育園。天職だと思ったその職業を手放してから、目の前の仕事に全力で取り組んできた。

中村幸恵(なかむら・さちえ)さん
株式会社ファミリーマート 管理本部 ダイバーシティ推進部長。6年間の保育士経験を経て、証券会社勤務の後、1998年㈱サンクスアンドアソシエイツ(後の㈱サークルKサンクス)に中途入社。IR担当として、投資家・アナリスト取材対応やアニュアルレポート制作、HP管理などに13年間従事。2006年3月IRマネジャー、2011年3月総務部長。

2016年9月の㈱ファミリーマートと経営統合後はCSR・コンプライアンス部を経て、2017年3月より現職。

好きだった保育士を辞め、思い切って留学

中村さんが初めて就職したのは、保育園。保育士として、子どもと接することが本当に楽しく、天職だと思ったという。ところが、狭い世界の人間関係に板挟みになり、視野を広げるべく退職の選択をする。

「大人同士の人間関係によって、子どもにしてあげたいことが曲がってしまう。それに耐えるのが難しかったんです。天職だと思うほど好きな仕事だったので、手放した後はどんなことでもできると思いました」

興味のあった英会話学校へ通い、英語をしっかり身に着けたいとカナダへ留学することに。

「動機は英会話の先生を見て『英語が話せるってかっこいい!』と思ったこと(笑)。それまで海外旅行にも行ったことがなく受け身の人生でしたが、行動を起こすことで自分が変われるのではないかという思いも。行ってみると、ちょっとした差別を経験したり、さまざまな価値観に触れたりして、いかに自分らしさを失わずにその環境になじむかを考えるようになりました」

帰国後は派遣社員として、証券会社に勤めることに。自ら新しい仕事に取り組みながら楽しく働いていたが、1997年の山一證券の解体で、職を失うことになる。

新しいメンバーから信頼を失ったできごと

気づけば、同じ職場への勤務が3年8カ月ほど続いていた。

「せっかく自分で留学という行動を起こしたのに、長い期間同じ場所で安定してしまったので、いい機会だと考えました。当時上場前だったサンクスアンドアソシエイツで上場準備スタッフを募集していて、証券会社では株式公開の仕事をしていたこともあり、飛び込んでみることにしたんです」

一般職として入社した中村さんの経験は即戦力となり、いつの間にか総合職の社員と同じような業務をこなすようになる。

上司からの勧めもあり、2年後に転換制度を受けて総合職に。「同じように仕事を任せてもらえてラッキーだった」と謙遜するが、自ら仕事を取りに行き、相手の期待以上の成果を上げてきたに違いない。

当時の中村さんは「寝る間も惜しんで働く」ほどモーレツ社員だったという。いろいろなことが気になって、やり切らないと気が済まない。そんな性格が成果として現れ、少しずつ昇進をしていった。初めて部長になり少し経った頃、ショックな出来事が起こる。

「部に新しく加わったメンバーから『前任者の時代にやっていた業務におかしなところがある』と報告を受けたんです。ところが、私はそれを受けて前任者に簡単なヒアリングをしただけで、問題ないと判断してしまった。報告をしてくれた担当者は私の判断に納得がいかずに別の管理職に相談したところ、結局それは重大なトラブルにつながるミスであったと判明したんです」

勇気を出して報告してくれたメンバーの信頼に応えきれなかった後悔と共に、当人から「初めて女性の上司のもとで働くので、とても楽しみにしていたのに、がっかりしました」と言われたことでひどく落ち込んだ。前任者を信頼して冷静な判断ができなかった自分を恥じた。

そこからは、部下との直接コミュニケーションの回数を増やし、遠隔地の部下にも積極的に会いに行った。メールや電話も適宜するようにして、信頼を取り戻すよう懸命に努力を重ねる

今は上司と部下ではなくなったが、とてもいい関係になっているという。

「なぜ私が……?」ダイバーシティ推進室の室長に

2017年、働き方改革の後押しもあり、会社にダイバーシティ推進室が設置された。中村さんは、その室長に任命される。

「ライフイベントによる両立経験もないのに、『なぜ私なんだろう?』と正直思いました。何から始めればいいかわからず、頭の中は真っ白! でも、他社に比べてダイバーシティ推進が遅れている当社に足踏みしている時間はない。とにかく前に進もう!と思いました」

社員の声を多く聞き、課題を抽出することから始め、社内でヒアリングを重ねていった。トップとも相談し、まずは女性活躍に焦点を当てることに。

ダイバーシティ推進スタートの年は、女性社員が中心となって様々なボトムアップ活動を起こした。

「中でも『私たちが働き方を変える』をテーマに、女性社員が自部署の生産性を上げ、顧客に価値を提供する新たな働き方を実証実験の形でトライしてもらい、これまで受け身だった女性社員の意識改革を促しました。その成果をアワードの形で表彰したのですが、受賞したチームはその後も自走して、次の課題に取り組んでいます。」

そうした中から、女性社員が提案した「女性の目線を活かした店舗」が昨年2店舗オープンしたという。

「時短勤務で店舗のスーパーバイザーになる女性が登場しました。育児をしながらスーパーバイザーは出来ない、社内のそんな思い込みに風穴が空いた、会社にとっては大きな出来事でした。また、女性の離職率が下がり、女性社員比率がアップしています

施策後のアンケートでは、「男性と同じように働ける人ではロールモデルにならない」という言葉をもらったことも……。

「本当に落ち込むこともあります。でも、開き直って『そんな私だからいい面もあるだろう』と考えられるようになりました。子どもを持たない人の思いもわかる。それが個性だし、ダイバーシティですから」

今も昔も、あきらめずに最後までやりきるという姿勢を貫いてきた。

「現在は、女性活躍をベースにしながら『全員参加』のダイバーシティを推進しています。『ダイバーシティ』はわかりにくく、難しいけれど、会社(またはファミリーマート)の未来のためには絶対に必要なこと。理解者を増やし、根付かせて、今見えている社内の景色を変えていきたい」

中村さんの明るく優しげな笑顔の奥に、強い芯が宿っている。

一問一答、中村さんのお気に入り

Q:朝のルーティーンは?

歯磨きをしながら、つま先の上げ下げ50回。その後にスクワットを10回。40歳の時にバレエを習い始めてからの習慣。

Q:デスクの上には何を置いていますか?

ベトナムで買った手作りのペンケース。ちょっとかわいらしいものをと思ってセレクト。

Q:お気に入りのファッションアイテムは?

ショートカットに引き立つピアスが好き。カナダへ留学した時に、安い美容院でおかしな髪型にされ、仕方なく短くしてからずっとショート。

Q:最近読んだ本と愛読書は?

最近読んだのは『WORK DESIGN:行動経済学でジェンダー格差を克服する』(イリス・ボネット著)。この仕事は勉強をし続けなければならないので、そのために。

愛読書は『パリ オペラ座バレエと街歩き』(加納夢乃著)。バレエは踊るのも観るのも好き。「ただし、踊る方は呆れるほど上手にならない(笑)」

Q:欠かせないスマホアプリは?

友だちとやり取りするLINE。あまのじゃくなところがあるので、昨年スマホデビューしたばかり。

Q:人から受けたアドバイスで印象に残っているものは?

叩けよさらば開かれん

聖書の言葉。部下からの信頼を一度失い、その後取り戻したあとに言われた言葉。名古屋のチームを守ってもらっているときに、話す中で「好きな言葉」と教えてくれた。積極的に行動すればおのずと道が開け、目的を達成できるという意味。

Q:1か月休みがあったら何をしたいですか?

バレエを観て回りたい。パリ、ロンドン、ドイツ、ロシア、モスクワ、サンクトペテルブルクなど。

撮影/柳原久子

自分は自分。どん底の後で世界は広がる/ 三菱UFJ銀行 執行役員 コーポレート・コミュニケーション部長 南里彩子さん

場の雰囲気にあわせて、プレゼンテーションを自由にデザインするには