映画『タイタニック』製作費は2.86億ドルであり、それは実際のタイタニック号の建造費である750万ドル(映画公開当時のドルに換算すると約1.2億~1.5億ドル)を遥かに超えています。

その結果、興行収入は全世界で21.9億ドルと当時の世界最高興行収入を記録。
第70回アカデミー賞で14部門でノミネートされ、作品賞を含む歴代最多の11部門で受賞しました。

まさに規格外、映画史に燦然と輝くプロジェクトを達成し、名作中の名作とされる『タイタニック』は、その舞台のことを知るともっと面白くなります。ここでは、後編に当たるストーリーの大きなネタバレにならない範囲で、タイタニック号が文字通りに「世界の縮図」であり、そのことが物語上でも大きな意味を持っていたことから、作品を奥深く読み解いていきましょう。

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『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜
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1:最下層から最上位の世界が重なっていた

『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜


『タイタニック』の物語を端的に言い表すのであれば、「身分違いの悲恋」です。ジャックは画家を夢見る貧しい若者で、ローズは制約でがんじがらめになっている上流階級の娘。そんな2人が沈みゆく船で忘れられない恋に落ちる。
そのメインプロットがドラマチックなのは言うまでもありませんが、実際のタイタニック号そのものに極端なまでの「格差(階級)社会」があり、映画でもそのことが明確に描かれています。

たとえば、ローズのいる1等室は豪華絢爛で(当時はまだ無名の)ピカソやモネの絵も持ち込まれている一方、ジャックの3等室は狭い上に相部屋で段重ねのベッドで寝起きしなければいけません。事実、7日間の旅における両者の部屋の値段を日本円に換算すると、1等室が1人につき575万円だったのに対して、3等室は2万円~4万円ほどと、天と地ほどの差があったのだとか。

さらに、船底には過酷な肉体労働をする火夫がいて、わかりやすすぎるほどに最下層から最上位の世界が重なっています。当時の世界、特にイギリスの社会には(今でも残る)激しい階級差の意識があり、それが豪華客船のタイタニック号の中ではさらに凝縮してあらわれているのです。

2:「夢の船」と呼ばれた理由

『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜


そのようなザ・格差社会なタイタニック号ですが、劇中で年老いたローズが「夢の船」と呼んでいたように、1910年代当時の人にとってはアメリカン・ドリームそのもののような存在でもありました。

アメリカ大陸に人々が移住し始めた当初は、イギリス人はそれまでの慣習を持ち込み、特に上流階級に属していた人々は生活の中にも階級差があることを意識していたといいます。
しかし、やがて移民の数が増えて来ると、財産を持たない夢追い人も当然増えてきて、自由や平等を訴える風潮も強くなり、アメリカの社会そのものが変わりつつあったそうです。

イギリスでは階級差が激しくても、アメリカという土地に来れば、出生は関係なく努力で成功を掴むことができる。タイタニック号の1等室にいる人たちはすでに様々な事業で莫大な富を築いていたため、乗客の大多数を占める3等室の移民たちは「いつか自分も」とイギリスからアメリカへの旅の最中で熱い夢を抱いていたに違いありません。世界中を旅していたアメリカ出身のジャックも、その1人でしょう。

3:犠牲者の数にも格差があった

『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜


スミス船長を演じた俳優のバーナード・ヒルは、「タイタニック号は、組織化された社会の象徴でした」、「皆が自分の居場所を知っていました。社会階級の上下があり、さらに言えば、デッキにも上下があった。船が沈んだ時、乗客たちはそこにも搾取の構造があったことに気づいたのです」と語っています。
この言葉通り、タイタニック号の格差は、「客室の等級によって犠牲者の数に差が出る」という残酷な形でも、示されてしまっています

実際に(そもそも数が足りない)小型ボートへの避難誘導は1等船客から始まり、その子どもは母親と残った1人以外は全員が乗り、女性のほとんどはもちろん、男性も乗り込むことができたそうです。その避難が終わった後の二等船客も、女性の多くが乗ることができ、子どもは全員が助かったのだとか。

しかし、3等船客は、誘導されるどころか、なんと閉じ込められたのだそうです。乗組員はゲートに鍵をかけて見張りに立ち、中には鍵をかけて逃げてしまう者もいたといいます。中にはゲートを壊して脱出した者もいましたが、英語が理解できないためにただパニックに陥る者、迷路のように入り組んだ通路で迷ってしまう者もいて、やっとデッキに辿り着いたとしても、すでに小型ボートが降りた後だったりもしたそうです。


そして、1等船客の女性は97%、男性は33%、子どもは1人以外は全員が助かったのに対し、3等船客の女性は46%、男性は16%、少女が45%、少年は27%しか助からなかったのだそうです。これだけの差がありながらも、当時は社会そのものに歴然とした階級社会があったため、大きな問題にならなかった、当たり前のことのようにやり過ごされてしまっていたのです。

4:ローズの制約を象徴するコルセット

『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜


タイタニック号の3等室にいた移民たちは貧乏である反面、何も縛られずに制約を受けない、自由がありました。一方で、上流階級は制約だらけで、挨拶の仕方、お茶の飲み方、タバコの吸い方、座り方など、あらゆる面において90近い数のマナーが定められていたそう。それはタイタニック号での旅の最中でも同じ、いやそれ以上に窮屈なものだったはずです。

その上流階級の制約の象徴と言えるのが、ローズが母親に締められるコルセットでしょう。蜂のようにウエストを絞った女性の上半身は、当時は「黄金の龍」とも呼ばれ、美女の条件でした。
このシーンは、元々はローズのほうが母親のコルセットを締めることになっていたのですが、ジェームズ・キャメロン監督と俳優たちの意見で、反対の方がより象徴的なシーンになるということで、その場で変更したのだとか。コルセットを締める=制約に縛りつけるという意味が、ここでは込められているのです。

莫大な借金を理由に盾に一方的に娘の自由を奪い、「不公平で当たり前。女はね、思い通りには生きられないの」と話す母の心情、その男尊女卑的な価値観は、当時では普通とも言えるものだったのかもしれません(これは、いざ船が沈没するとなると、女性と子どもが優先されることの皮肉にもなっています)。だからこそ、そんな価値観にとらわれない、自由奔放なジャックの行動が、ローズを変えていくのです。

5:自由なジャックからの贈り物

『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜


自由奔放で理想的な男性のようにも見えるジャックですが、同時に未熟でもあります。その象徴と言えるのが、船頭に立った時に「世界は俺の物だ(I'm the king of the world)!」と叫んだこと。
客観的にみれば、乗っているタイタニック号そのものがバリバリの格差社会ですし、まだ世界も夢も何も我が物にはできているはずがありません。しかし、ジャックは「自由」という圧倒的なものをすでに手に入れているのですから、無邪気にもそのことを心から喜んでいるとも言えるでしょう。

だからこそ、ジャックがローズの自殺を止めてから、三度船頭に来て、ジャックが後ろからローズを抱き、ローズが腕を大きく広げて風を感じる、という名シーンが感動的になっています。檻の中に入れられたような生活で絶望していたローズが、ジャックから「自由」の瞬間を与えられ、鳥のように飛ぶ喜びを知ったのですから。

ジャックは「人生は贈り物。だから、それを無駄にするようなことはしない」と言っていました。彼は未熟で無邪気だからこそ、格差なんか全く気にすることなく、あらゆることを諦めていたローズに、自由という贈り物を与えた。身分違いの悲恋は元より、そのことにも大きな感動がある物語になっていたのです。

また、ギャンブルで勝って出発寸前のタイタニック号に乗り込む根なし草のジャック、母から政略結婚を強要される上に婚約者から支配されそうになるローズというキャラクターは極端にも思えますが、前述してきたような当時の移民たち、および上流階級の者たちの普遍的な姿だったのかもしれません。ジャックとローズは架空の人物ですが、実際のタイタニック号に彼らと同じ境遇の若い男女がいなかったとは、誰にも言えないでしょう。だからこそ、多くの乗客の命が理不尽に奪われてしまうという悲劇が、より際立つのです。

6:実在の人物である「不沈のモリー」とは

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後に「不沈のモリー」と呼ばれることになる、ふくよかな女性であるマーガレット・ブラウンは実在の人物です。ローズの母は彼女のことを「成り上がり者」と侮蔑に捉えていましたが、実際にモリーは貧しい男性と結婚していたものの、後に夫の鉱山工学の技術を生かして金と銀を発掘し富裕となったため、上流階級の人々にはとっては除け者の忌々しい「ニューマネー」であったそうです。モリーが憧れていた上流社会に仲間入りできたのは、タイタニック号の生存者としての名声が高まった後のことでした。

そんなモリーは、劇中ではジャックに好意的であり、礼服を貸してあげたり、食事のマナーを耳打ちしたりするなど、影ながら応援をしていました。それは、彼女自身の出自が貧乏であり、自分の姿を重ね合わせていた、夢を手にしてほしいと心から願ったためでもあったのでしょう。彼女こそ、当時の階級社会(それが凝縮されたタイタニック号)の排他的な価値観だけに囚われない、真に「平等」な人物であったと思うのです。

7:『タイタニック』のカップルが生き地獄の結婚生活を送る映画があった?

最後に、『タイタニック』のロマンチックで壮大な悲恋の物語に感動した人にこそオススメしたい、とっても底意地の悪い(褒めています)映画を紹介しましょう。

『タイタニック』「7つ」のポイント解説〜当時の格差社会から読み解く〜


それは『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』。レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが夫婦役で再共演し、しかも前述した不沈のモリー役のキャシー・ベイツも出演しているという、明らかに『タイタニック』を意識したキャスティングになっているのです。

しかし、この『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』に、素敵な恋物語を期待してはいけません。結婚生活が文字通りの生き地獄と化す、ジャンルはホラーと言ったほうが正しいんじゃないかと思うほどの内容なですから。

劇中の夫婦はそれぞれのかつての夢を叶えるためにパリ行きを目指すのですが、そのためには夫が仕事を辞めなければならず、生活のことを考えると全く現実的な選択ではありません。しかし、妻は「私が働くからあなたは好きなことをしていいわよ!」と痛々しい主張をします。この2人の構図が、『タイタニック』の夢を追い求める青年と自由を求める女性という関係だったカップルの「その後」にさえ見えるという……キャスティングをした人は鬼畜か何かでしょうか(褒めています)。

夫婦は2人の子どもに恵まれているはずなのに、その子どもの存在感がほとんどないというのも恐ろしく、あんなにカッコ良かったはずのディカプリオ様が心底つまらない男に見える(つまり演技が上手い)ことにも戦慄します。そして、終盤の言葉の暴力をぶつけ合う夫婦げんかを経た、「翌朝」のシーンは最悪(褒めています)でした。もはや生涯のトラウマになるという方もいるでしょうし、独身の方が観れば結婚を心の底からしたくなくなることでしょう。

2023年7月18日現在、『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』はU-NEXTで見放題なので、ぜひ気軽にこの生き地獄を体験してください(でもカップルでは観ないほうがいいです)。ある意味でタイタニック号に乗り込むより恐ろしいものが、そこにはありますよ

参考図書
タイタニック号99の謎 (二見文庫)
ジェームズ・キャメロンのタイタニック(竹書房)

(文:ヒナタカ)

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