●ル・マン24時間、初制覇への道程【トヨタ自動車  小島正清氏】トヨタの小島氏は自動車技術会モータースポーツ部門委員会の現委員長でもある。

いうまでもなく、2018年のル・マン24時間レースで初めての総合優勝を獲得したトヨタのLMP1-H車両での挑戦を、技術的な視点とくに内燃機関と電動モーター+蓄電システムをメインに振り返る講演。

小島氏は2017~18年、日本側で動力システム開発を進める、いわゆる東富士研究所側でリーダーを務められていた。

このトヨタのル・マン&WEC(世界耐久選手権)への挑戦については、エンジニアリング面も含めて様々に語られ記事にされているので、ここではその講演内容を簡単に追い、私が「へぇー」と気になったポイントを紹介するだけにとどめよう。

まず概容として、近年のル・マン24時間/WECの最速カテゴリーLMP1は内燃機関と電動駆動(減速時エネルギー回生を含む)の両方を備える-Hカテゴリー(アウディポルシェもワークス参戦、ともに撤退)と、内燃機関だけの-Lカテゴリーの2種が混走している。

そして内燃機関については、2014年から「燃料流量」の上限を定める技術規則となった。つまり回転上昇とともにこの流量上限に達するとそこから上は一定時間の中で燃焼に使う燃料の量を一定に保たなければならない(複数の流量センサーで検証される方式)。ということは、エンジン回転速度=一定時間の中での燃焼回数が増加しても燃料を送り込む量は一定、つまり1回の燃焼に使える燃料の量は、回転上昇と反比例して減ってゆく。

これで理屈の上では「燃焼圧力×回数」で表される「出力」が一定に押さえられる。その一方で、1回の燃焼に吸い込まれる空気量に対して燃料は減るので、混合気は回転上昇につれて「薄く」なってゆく。つまり回転が上がるほどに「リーンバーン」、そして空燃比が変動する燃やし方になる。これが「燃料流量規制」のエンジンの基本原則である。

そして内燃機関の基本原理として、(一般的な空燃比の範囲では)燃やす燃料に対して空気の比率を増やすほど、熱効率、つまり燃料が持つエネルギー(熱量)をどれだけ力として引き出せたか、は向上する。とはいえ一般車のガソリン・エンジンは排ガス規制への対応のため、すなわち排ガス中の規制物質を処理する三元触媒を働かせるため、空気中の酸素分子と、燃料を形づくる炭素と水素の分子の数がちょうどバランスする「理論空燃比」を保って燃焼させる必要がある。

最近はそのバランスを思い切り「リーン」にし、燃焼そのものを変えてNOx(窒素酸化物)の生成を抑える条件を整える「予混合圧縮着火(HCCI)」に傾注する研究者、開発者が多いけれど、それはまた別次元の話題。

こうした技術規定の変更に合わせて、今回のル・マン挑戦を始めた段階では競技用エンジンとして実績があった自然吸気3.4L(燃料流量規制が始まった2014年、3.7Lに拡大)のV8を、2016年からターボ過給・2.4LのV6・直噴に変えた。負荷と回転速度に応じて吸入空気量をどうするかが出力コントロールの鍵になるから、過給が必須。空燃比が変化し、理論空燃比よりも大幅に薄い(空気量が2~3倍)状態まで確実な燃焼を作るためには直噴、という論理的な選択である。

そして、このエンジンのフルパワーを使って加速している状態での熱効率は、最終的に44%まで達したという。これは「さすが」と言うしかない。

こうした具体的な数値が語られるのも、学術講演ならでは。よく引き合いに出される現行プリウスのエンジンの熱効率は40%で、市販車のガソリン・エンジンとしては最高レベル、とされるが、これは特定の回転速度と負荷(最大ではない)の組み合わせ、あるゾーンに限って、という数字であって、全負荷加速状態では、まして軽負荷域ではこの数値にははるかに届かないはずである。自然吸気の、吸気バルブ遅閉じミラーサイクル(「アトキンソン・サイクル」は同じような熱力学サイクルの総称)なのだから、熱効率が高い領域、俗に言う「目玉」は中負荷の特定域に集中しているはずなのだ。そもそも比較の対象にすべきではないのだが、それにしても「44%」は熱回収をしないかぎり、ガソリン・エンジンとしては超えるのが難しいレベルである。逆におもしろい比較としては、プリウス20年の歴史でエンジンの最大熱効率の改善は3%、これに対してトヨタLMP1エンジンは5年間で5%上がっている。

ちなみに出力のほうは、燃料流量規制が始まった当初はそれまでとほぼ同レベルを維持する規制値だったが、2016年に規制値が絞られ、約30psダウン。

しかし2017、18年と開発を続けて、燃料流量削減分を取り戻せそう、というところまでパワーアップもしているという。とはいえ性能差が顕著なほど、競争力の抑制に動くのは今日の潮流。ル・マン24時間&WECでも、とくにLMP1-Hがトヨタだけになった2018年はプライベートチームが走らせるLMP1-LとのEoT(テクノロジー比較における性能調整)が毎戦強化されていった。例えば燃料流量上限を絞られたことで長い直線加速の後半で電気動力が切れ、内燃機関の出力だけで最高速に到達するところでは、LMP1-L勢に追い抜かれる状況も起きていたのである。

それはともかく、この「燃料流量規制」、それが導いた熱効率追求方向の開発について小島氏は「エンジン技術者としてはドラスティックな変化、価値ある変化」と語る。

LMP1-Hの電気動力システムのほうは、ル・マン24時間のコース13.626kmを1周、300km/hに達するフルブレーキング5回+αの中でモーターを発電機に使って運動エネルギーを吸収・発電する(回生)。

そのエネルギーを蓄えて、コーナーからの脱出加速でモーターの駆動力を上乗せする。 1周で駆動に放出できるエネルギー量は技術規則で2、4、6、8MJのどれかが選べ、もちろんこれを増やすとエンジンの出力は絞られる設定となっている。

トヨタLMP1-Hは前2輪を駆動・回生するモーターに加えて、エンジンとトランスミッションの間に組み込まれたモーターが後2輪も駆動・回生を行う。当初はル・マン1周の回生・放出エネルギー量6MJを選択し、減速時に発電した電力を速やかに電荷として蓄え、加速時には一気に放出できる蓄電装置としてキャパシタを採用していた。しかし2016年にエンジンの変更と合わせて動力システム全体を見直し、回生・放出エネルギー量を最大の8MJに、蓄電装置も社内開発のリチウムイオン電池に変更した。

この背景には、それまで減速回生で蓄えたエネルギーを次の加速で使い、その合計量で規定されていたのが、1周の電力使用量全体だけの規定になった、すなわちどこで蓄えて、どこで放出するか、柔軟かつち密にコントロールするようになったこともあったはずだ。

こうなるとエネルギー密度が高い化学電池のほうが適している。

1回のロングブレーキの中で発電されるエネルギー量は1500~1800kWに達する。それを受け入れる蓄電装置の改良も急速に進んだ。それを示す一例として重量あたりエネルギー(電力)密度は当初のキャパシタが20kWh/kgレベル(これでもキャパシタとしては非常に高い)、リチウムイオン電池に変えて60→70kwh/kgと向上してきたという。こうなると最近話題の固体リチウムイオン電池のレベルかと思うが、詳細は非公開。もちろんその電力を何秒かの中で一気に放出するパワー密度も、電池としては極限のレベルが求められる。

1周3分20秒ほどの中でこれだけの電力の「出入り」が5回以上。それが24時間続く。この充放電繰り返しに対する耐久性も当初はル・マン1レースぎりぎりだったというが、今はWECを1シーズン、1万km走れるほど、とのこと。この強烈な蓄電装置は、キャパシタもリチウムイオン電池も、今後、ロードカーに展開されてしかるべき技術である。

さらに2016年(ターボチャージャーのコンプレッサーからインタークーラーに圧縮空気を送る部分の金属パイプが脱落、ゴール目前でリタイア)、2017年(マシントラブルとアクシデント)と、大魚を逸したことに対して、徹底的な問題点解析を行った。製品開発の中では定石になっているFMEA(Failure Mode and Effects Analysis:故障発生プロセスとその影響の解析)を適用。2018年に向けて解析した項目は3190、それを反映した設計変更は72カ所。これは「設計品質」に関わるもので、「製造品質」も協力メーカー(車両に貼られたステッカーでも分かるようにデンソー、アイシンに始まり機械加工専門企業などなど多岐にわたる)の現場までを追いかける「サプライチェーン」の追跡、工程調査まで入り込んで、QC(品質管理)工程表、工程のFMEA、製造品質チェックシートまで整理して、徹底的なカイゼンを行っていった。

一方で、実戦の中で何が起こりうるかのケーススタディ、それぞれの事象に置ける対応策の分析・構築も、FMEAを応用して実施。現場に立つエンジニア、メカニックたちはそれに基づくトラブルシューティングの演習を行って実戦に臨んだ。だから、ル・マン24時間レースの中でマイナートラブルが発生した状況でも、車両から送られてくるテレメトリー(遠隔送信)・データなどを組み合わせて、「どこで何が起きているか」を特定、それにどう対応するかも、事前に検討・準備したチャートに沿ってすぐに段取りができる状況。

「ピットに来ている重役の方々は『大丈夫か?』と聞いてくるんですが、その時には奥(のエンジニア・ルーム)ですでに状況把握、そして対応はすでに終わっている、という状況でした」と、日独2拠点をベースに戦うトヨタWECチームの一方の指揮官でもあった小島氏は振り返り、講演を締めくくったのだった。

(両角 岳彦)