●「感謝を込めて」14年ぶり&ラスト写真集発売を決意
「エロテロリスト」と呼ばれ、M字開脚ポーズで絶大な人気を博したインリン・オブ・ジョイトイが、14年ぶりにしてラストとなる写真集『インリン・オブ・ジョイトイ写真集 すべて今の時ゎ最後の時~最終話』(講談社)を30日に発売した。大胆なM字開脚も披露。
現在47歳、3児の母であるインリンの“大人のエロス”あふれる一冊となっている。インリンにインタビューし、14年ぶりにしてラストの写真集を出そうと決めた思いや、グラビアで貫いてきたモットー、母になってからの変化、今後の活動について話を聞いた。

2008年に結婚し、2010年に第1子出産後に母国・台湾に帰ったインリン。2009年に写真集を出して以降、日本のグラビア界から遠ざかり、台湾でも芸能活動はしてこなかったという。

「写真集を出すときは毎回すごくこだわりがあり、いろんなことを考えて作品に取り組んできたので、やり尽くした感があったんです。なので、もう写真集を出すことはないなとずっと思っていました」

だがこの14年間、ブログやYouTubeに「写真集をやってほしい」というファンからのメッセージが届いたという。
さらに、昨年末、ユニット「インリン」の作詞作曲担当で、「M字開脚」「エロリスト」を生み出し、いくつもの写真集を共に創り上げた写真家から「久しぶりに写真集をやらないか」と提案され、ファンへの感謝の気持ちも込めて最後の写真集を出すことを決意した。

「14年前に出したとき『これが最後です』というメッセージもなかったですし、自分の中でもそのときは最後という気持ちはなかったので、今回最後という形で写真集を出せたらいいなと。何十年とグラビアをやってきましたが、その集大成として、皆さんへの感謝を込めた写真集を作りたいと思いました」

そして、「悔いのないように残したい」とすべてを出し尽くす覚悟で制作に挑んだ。

「14年も年齢を重ねているので、どんな写真になるのか想像がつきせんでしたが、とにかく今現在、自分が出せる実力というか、私の人生そのものを表せたらいいなという気持ちで臨みました。これで最後なんだと思いながら、感謝の気持ちを込めて」

写真集は14年ぶりだが、グラビア撮影はその間も継続。それでもM字開脚を披露するのは4~5年ぶりとかなり久々で、少し苦戦したという。


「子供がいるので普段はぺったんこの靴かスニーカーを履いていて、久しぶりにピンヒールを履いた上にM字開脚をするというのは、バランスがなかなかとれなくて苦労しました。昔はすんなりできていたのに『あれ!?』って。慣れるまで時間がかかりました」

今回でM字開脚は見納め。水着やランジェリー姿でのグラビアも卒業する。

「私の中では水着やランジェリーなどを着て写真を撮るのがグラビアで、少なくとも水着や下着のグラビアは今後ないと思います」

被写体としての写真集はラストだが、今後裏方として参加したいという思いがあるそうだ。

「グラビアも写真集も好きなので、次はプロデュースなど裏方として作品に携われたらいいなと。
今回、ロケ地のコーディネートも自分でやって、いろんなところを頑張って探したのですが、それもすごく楽しかったので、これまでとは違う形で作品を作りたいという思いがあります」

貫いてきたポリシー「縛られようが常に攻撃的な目線を」


これまでの写真集で、攻撃的な強い女性像を表現してきたインリン。今回も強いイメージをキープしようと撮影に臨んだものの、撮った写真を見て優しさがにじみ出ていると感じたという。

「写真の中ではエロテロリストでいなきゃいけないという気持ちがずっとあり、今回もその気持ちで臨みましたが、どうやら穏やかな写真集に。M字開脚など過激なものもあり、もちろん攻撃的ではあるのですが、なんか少し弱いなと(笑)。優しい表情や目つきになっている自分に驚きました。子供も生まれ、主婦として母として生活していて、それがこの写真集の中で雰囲気として出ているのかなと。これが私の人生です! という感じです」

そもそも、“エロテロリスト”という強い女性像はどのようにして作り上げたのだろうか。


「もともと普通の学生だったので、自分がそういう表現をできるのか最初は自信がありませんでしたが、誰にも媚びない自立した強い女性というコンセプトがあったので、撮影中は強い目線を意識したり、自ら開脚をしたり、攻撃的な雰囲気を作って世に出てきました」

バラエティでは、グラビアのイメージとは異なる、ほんわかとしたインリンの素顔が明らかになり、そのギャップも魅力に。

「バラエティで話すとボロが出てしまうので、最初はバラエティはNGにしたいと思っていたのですが、視聴者の声や周りのスタッフさんのアドバイスを聞いて、『素でもいいのかな』と思うようになり、バラエティにも出るようになりました」

素の自分とは異なるが、写真集やグラビアでは求められる攻撃的な強い女性像を貫いてきたインリン。

「当時は癒やし系が流行っていて、井川遥さんなどが活躍されていましたが、そこに攻撃系の私が出て、新鮮に感じてもらえたのかなと思います。撮影も廃墟や倉庫などあまりきれいではない場所が多くて。ほかのグラビアアイドルを見て、ハワイなど青空の下でさわやかなグラビアもいいなと憧れましたが、インリン・オブ・ジョイトイとして出るならやっぱり攻撃系だよね、エロテロリストだよね、と。自分はこれしかないと思い、それを全面的に出していました」

強い女性を演じにくいシチュエーションであっても、ブレずに貫いてきたという。


「ムチを持っているときは強い女性がしっくりくるのですが、なぜか縄で縛られて撮影することもあって、そういうときはどんな表情をしたらいいのか困りましたが、縛られようが何をされようがかっこよくいたいと思い、『私は強いんだ!』という攻撃的な目線を常にしていました。当時はあまり深く考えていませんでしたが、そこはすごくこだわっていたポリシーだったと思います」

全盛期の思い出を尋ねると、写真を見ているだけではわからない驚きの撮影秘話を明かしてくれた。

「中国の天安門などで水着になる撮影は大変でした。観光客や警備員がいて、捕まったら日本に帰れないかもしれないという切羽詰まった感じの撮影が多く、脱ぎやすいコートをいつも着ていて、誰もいないと思った瞬間にパッと脱いで、サッとポーズして何事もないようなセクシーな顔をして、2、3枚撮ったらコートを着て、また観光客の振りをして(笑)。すごく大変でしたが、貴重な経験をさせていただいたなと思います」

強い女性を演じ続け心も強く! 母になってからの変化も語る 

写真の中で強い女性像を演じ続けたことで、自分自身の心も少し強くなったという。

「もともとは人前に出るのが苦手で、できれば後ろのほうに隠れていたいタイプなのですが、グラビアの撮影中はどんなときも堂々とかっこよくいないといけない。
そういう経験をしてきたので、気持ち的に自信がつき、人前で話すことも少しずつ恥ずかしさがなくなっていきました」

また、グラビアの影響で私服も露出が増えるという変化も。

「厳しい家庭だったので露出の多い服は着られなくて、自分としても露出の多い服に恥ずかしさがありました。でも、グラビアで生地の少ない衣装をたくさん着させてもらったことで露出が気にならなくなり、私服も露出が増えていきました。一時期ちょっと麻痺していた気がします(笑)」

今回の写真集で母としての優しさもにじみ出たと話していたインリンに、母親になってからの変化も聞いてみた。

「それまでは自分中心に生きていましたが、子供ができると子供中心の生活に。子供はコントロールできないので、最初の頃はすごく戸惑い大変でしたが、この13年間で子供たちからいろいろなことを学ばせてもらっているなと感じています」

そして、子育てしている中で、人によって性格はさまざまだと改めて感じ、どんな人でも受け入れられるようになったという。

「以前は『この人、嫌だな』と思ったら、顔には出さなくても心の中で苦手意識がありましたが、最近はそういうことがなくなり、人を悪く思わないようになりました。『そういう人なんだな』『この人にはこの人のやり方があるんだな』と、人の気持ちを尊重できるようになり、人間をもっと好きになれた気がします」

最後に今後の活動について尋ねると、やはり裏方としてグラビアや写真集に携わることを目標に。「被写体としての写真集は今回が最後になりますが、別の形で、プロデューサーやコーディネーターとしてまたグラビアや写真集の世界で頑張れたらいいなと思います」と笑顔で語っていた。

■インリン
1976年2月15日生まれ、台湾台北市出身。1995年にデビュー。過激な衣装や、大胆なM字開脚ポーズで人気を博し、数々の写真集が大ヒット。2004年からプロレス団体「ハッスル」でも活躍し、「インリン様」として人気に。現在、台北市在住。

(C)ハリプ/講談社