筆者が人事の視点からAIの導入拡大と労働人口の激減を目の当たりにして、感じていることがあります。それは「属人性」の価値です。
一般的にはネガティブな感情と共に受け取られる場合が多いこのワード。「(避けてきたはずの)属人性なんて何を言っているのだ」と思った方もいらっしゃるでしょう。

プロフィールを読んでいただくとお分かりいただける通り、筆者はいわゆる「人材の道ウン十年」というキャリアではありません。ただ、これまでに経営者に学んだ経験や、上場、起業、主婦など、さまざまな経験が独特の視点を育んでくれました。

筆者は日々多くの方々の履歴書や職務経歴書を拝見する仕事をしております。そんな筆者が見てもヘンテコな経歴であり、決して優秀ではないけれどさまざまな立場に居たからこそ見える視点から、本連載では属人化について紹介します。

人材不足がますます深刻化する国、日本

先日、ランチに行列ができる有名な中華料理店が閉店しているのを見かけました。理由は人員確保が困難なためだそうです。パーソル総合研究所と中央大学の試算によると、2030年に日本社会では644万人の人手が不足するそうです(労働市場の未来推計 2030)。今まで当たり前に存在したサービスが受けられない生活。6年後、読者の皆さまはおいくつですか。どのような生活や社会になっているか、想像できますか。


不足する労働力を補うために政府も民間企業もさまざまな手立てを打っていますが、人手不足の問題はいまだその解決の兆しを見せていません。「人材募集をしても応募がない」という問題も切実で、実に6割以上もの企業が同様の問題を感じています(厚生労働省 我が国を取り巻く人手不足等の現状)。

もちろん、人材採用をサポートするエージェントや採用広告の企業も手をこまねいているだけでなく、AIなどの最新技術をサービスに搭載するなどして、採用支援を行っています。
就職・転職におけるテクノロジーと価値観の変化

こうした人材不足の状況を踏まえ、人材業界では就職、転職、採用に関わるサービスにさまざまなテクノロジーを採用しています。以下、事例を交えていくつかの例を紹介します。

リクルートはAIマッチングを強化しています。
転職を希望する求職者が職務経歴を入力すると、仕事内容や必要な能力・経験や希望条件を企業側の求人要件と照合し自動でマッチングする機能により、効率化と精度アップが図られています。

ビズリーチはAIやChatGPTを活用して、職務経歴書を自動作成してくれるサービスを開始しました。経験や希望を正しく言語化すると良い職とのマッチ度合いが向上するのですが、このサービスでは、ユーザーが言語化できる以上のクオリティでアレンジをAIが行うことで職務経歴書がより精巧に作成されます。しかも最短30秒ほどで職務経歴書を作成でき、利用した人は企業からの面談案内が4割増えたというデータもあるそうです。

自身の経験や希望(感性やニュアンス)を言語化するのは一定の鍛錬と能力が必要です。そのため、特に若手の求職者にとっては、テクノロジーのサポートによる的確な表現によって、マッチング精度が向上して仕事に出会う機会が増えるのは素晴らしいことです。


その一方で、志向や価値観の変化も起きています。新卒の就職活動において、Base Me(旧:エシカル就活)というサービスを昨年知りました。筆者はこのサービスの視点の新しさや意義の深さに感銘を受けました。

これまで、会社名や待遇、キャリアパスなどにフォーカスした新卒の就職活動が長らく盛んでしたが、今の学生の中には「社会課題解決」という軸で就職先企業を選ぶ人がいるようです。企業側からしても、価値観や果たしたい未来が一致しているので離職率が低く、出会う学生の質が向上しているという体感があるそうです。当該企業によると、新卒学生約50万人のうち、1割ほどにこのようなニーズがあるとのこと。


余談ですが、大谷翔平選手をはじめ今の20代には本当に優秀な方が多いという実感があります。筆者が関わる機会の多いスタートアップ界では、2014年前後に社会人になった年齢層の起業家が多く、その理由を探ったところ「東日本大震災時に学生だった」ことが分かりました。

当時、学生として自分も他者を助けたいと痛切に感じたことをきっかけに起業したり社会課題への貢献意義を持ったりした人が多く、その先輩たちの背中を見て「自分も!」と後に続いた学生が多かったのです。あの未曾有(みぞう)の大災害は本当に辛いことでしたが、そのような出来事をきっかけに社会に貢献しようと自ら行動する人が増えたことには、少しだけ救われるような気持ちになります。
国の成長にはイノベーションが必要

1989年の世界の時価総額ランキングではTOP50に日本の企業が32社入っていましたが、2024年は1社(トヨタ)のみです。日本の「失われた30年」の要因は複合的ですが、日本の産業界でイノベーション(革新)が起きていないことが理由の一つに挙げられます。


イノベーションを促進する施策はたくさんありますが、「資本」と「人材」を流動化させることは起爆剤の一つだと筆者は考えます。

「資本」に関して、政府による支援やわれわれのようなベンチャー投資ファンド(VC)などはその活動を通じて資本を流動化させ、新興企業の勃興を加速させています。それにより日本から世界で稼げる企業を生み出すなど、日本の産業活性を促そうとしているのです。

一方で、「人材」の流動化はどうでしょうか。実は日本の新卒一括採用文化は世界から見るとまれで、優秀な学生ほど大手企業に就職するのが日本の特徴です。そして大企業における激しい出世競争の中でチャレンジや失敗がしづらくなり、社員も組織も固まってしまう事態が起きがちです。日本には優秀な新卒が多く存在するのに、会社に入ってから個の活躍にブレーキがかかる状態が起こるのです。
人生100年時代、学びの期間はもっと長くて良い

現代人は人生が長くなりました。人生100年時代ともいわれます。一般的に、学ぶことが任務の生徒・学生時代は人生の前半20年ほど。日本の経済を支えるために70歳ぐらいまで皆が働くと仮定すると、社会人期間は学生期間の実に2.5倍の長さがあります。社会人になってから最初の20年間ぐらいは学生と同じようにさまざまな経験を積んで学び、自分の生きる場所を模索する期間にしても決して遅くないのではないでしょうか。

また、一つの組織で長きにわたり活躍し続けることも困難になってきています。かつては一社の中でゼネラリストとして多様な経験をし、事業成長と個の成長をリンクさせられる人もいました。しかし現代は成長企業が少なくなり、事業やポジションが減り、一つの組織内だけではキャリアの柔軟性が得にくい環境となりました。そして何より、新卒の時の価値観や想いを貫くには50年は長すぎます。時代の変化もどんどん速くなっており、個の活躍の仕方は変化して当然なのです。

転職を通して個々のチャレンジや失敗、学び、経験を適材適所に回していくことは、社会におけるイノベーションや経済・文化の成長をもたらすはずです。もちろんむやみな転職はお勧めしませんが、筆者は転職文化が未成熟な日本において良い転職を生み出す仕事をしているからこそ、読者の皆様にお伝えできることがあると信じています。

ここまで説明してきたような背景から、転職を通して人材を流動させ、適材適所で力を発揮することの重要性が浮き彫りになっていると感じます。そのためのテクノロジーも価値観も発達している中で、筆者が大切だと伝えたい「属人性」とは、テクノロジーや仕組み、マニュアル化では取りこぼしてしまうような「固有の能力」を指します。一体どのようなことなのでしょうか。以下に具体例を示します。
まさかの人材が活躍する

筆者がバイオベンチャーに勤務していた際、人材の活躍に意外な驚きがありました。その企業は、東大や京大出身の優秀な研究者が多い組織でした。事業側のマネジメント層にも高学歴で有名メーカー出身の営業部長など経験のあるベテランが中途入社するのですが、活躍できぬまま数カ月で辞めてしまう事態が起きていました。

筆者の入社当初30人ほどだったこの企業はそれから2年で120人ほどに急成長するのですが、その立役者は学歴で言えば非有名大学出身者。しかも門外漢であるはずのアパレル業界出身のメンバー達でした。あっという間に売上を伸ばし、事業に大貢献したのです。

ここで学んだのは
・優秀の定義は組織によって違い、履歴書や職務経歴書で一般的に優秀と言われる人が必ずしもそうとは限らない
・非認知的なマッチングも必要
ということでした。

「ものを売る喜び」が原動力であったアパレル経験者。彼らはバイオに精通した理系でもなければ、一般的に優秀とされている大学を出ているわけでもありませんでした。法人企画営業として難しいバイオ食品素材を扱っていましたが、自分達の使命に対して自分に「無いものを足し」「あるものを高める」ことでコミットしました。

ここでいう「無いもの」とは理系の知識です。「あるもの」とはコミュニケーション力と、物を売る喜びを叶えるためにさまざまな状況に柔軟に対応し、失敗を恐れず、決めつけることなく相手が心から欲しいと思うまで伴走し行動を起こし続ける能力でした。

このような意外な能力マッチングを、テクノロジーが発掘し人間に提案することができるでしょうか。このような活躍をテクノロジーでどうやって予測するのでしょうか。残念ながら、現在のところ最適な解答は存在しません。パターン化した判断基準ではこのマッチングは予測できません。

だからこそ、テクノロジーの力を活用して出会いを最大限創出し、最終的に人間が五感(ときに第六感)も活用して見極め、マッチングしていくしかないのです。私たちが生きる中で味わう喜びや苦しみ、時に傷つくような生の経験を通して磨かれる、人間だからこそ持ち合わせる固有の能力や感覚、これこそが筆者の伝えたい「属人性」であり、採用成功・転職成功を導くものだと考えています。

佐藤 友美 さとう ともみ 神戸女学院大学卒業後、リクルート創業者の江副浩正氏が創業したスペースデザインに入社し薫陶を受ける。その後バイオベンチャーにてマザーズ上場、アパレルブランドの立ち上げを経て出産を機に約10年間専業主婦。娘の小中受験を経験し、18年リクルートHDでエグゼクティブヘッドハンターに。HRへキャリアを転じ、22年WiLへ参画して100%子会社のTBAでHRディレクター。投資先スタートアップ企業の人材支援を担う。 この著者の記事一覧はこちら