今年デビュー40周年を迎えた小泉今日子。記念のホールツアーも大盛況で幕を閉じ、この秋、憧れの存在という作家・向田邦子の代表作『阿修羅のごとく』の舞台に挑戦する。

ますます精力的な活動を見せる彼女に、向田作品の魅力や、近年演者としての顔に加え、プロデューサーとしても積極的に取り組む舞台について、そして50代を迎えた日々の思いなどを聞いた。

【写真】大人の女のカッコよさとキュートさがあふれる小泉今日子

■憧れの向田邦子が書いた作品に初挑戦

 『時間ですよ』(1971)、『寺内貫太郎一家』(1974)など数々の話題ドラマを生み出した、昭和を代表する脚本家・向田邦子。いまなお多くのクリエイターに影響を与える彼女の代表作である『阿修羅のごとく』は、1979年にドラマが放送された当時、和田勉の斬新な演出と、加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュンの共演で視聴者に鮮烈な印象を残した名作だ。今回の上演では、向田のセリフはほぼそのままに、シーンと登場人物を大幅にカット。“4姉妹(を演じる女優)のバトル”に焦点を当て、倉持裕の脚色、木野花の演出、キャストに小泉、小林聡美、安藤玉恵、夏帆と人気と実力を兼ね備えた豪華かつパワフルなメンバーが顔をそろえた。

――小泉さんは、以前から向田邦子さんのファンだそうですが、今回のオファーにはやはり特別な思いをお持ちになりましたか?

小泉:向田邦子さんの作品は子どもの頃から大好きで、すごく思い出があるんですけども、実際には入れ替わりくらいな感じで会えなかったんですよね(編集部注:向田邦子は飛行機事故にて1981年死去。小泉は1982年にデビューした)。デビューしてすぐに(『寺内貫太郎一家』など多くの作品で向田邦子とタッグを組んだ演出家の)久世光彦さんに出会えているんです。だから、同じ時期にいても箸にも棒にも引っかからなかったかもしれないですけど、会えそうな可能性もあったので悔しくて。久世さんが手掛けられた(ドラマの)『向田邦子シリーズ』には何回か出させてもらっているんですけど、それは向田さんのエッセイを基に別の方が書いた脚本で。今回初めて向田邦子が書いたものを演じるっていうことがかなうので、うれしかったです。

――『阿修羅のごとく』は、パート1はNHKで3話しか放送されていないにも関わらず、伝説の作品として今も多くの方の心に残る作品です。
その魅力はどこにあると思われますか?


小泉:私も家族で観てました。録画とかもできなかったのに、当時のドラマって細かいところまで覚えていて、自分でもびっくりしますね。当時のドラマの主流ってホームドラマで、もっとこう、いい話や人情味的なお話が多かったと思うんです。そんな中で、この作品はすごくリアリティーのあるお話だった感じがします。うちが3姉妹なので、姉妹の話っていうことにも共感していたんだと思います。

それと、当時いしだあゆみさんってすごくキレイな人のイメージだったんですけど、この作品ではメガネをかけて全然色気のない役をやっていたり、宇崎竜童さんがダウン・タウン・ブギウギ・バンドで不良のイメージだったのに、実直な探偵役をやったり、子ども心にも配役がすごく面白く感じたことを覚えています。音楽もどこかの民族音楽を使っているんですけど、すごくかっこいいんですよね。

――小泉さんの恩師である久世さんは、向田さんとたくさんの作品を手掛けられていますが、久世さんに向田さんについてお聞きになったりはされたんですか?

小泉:そういう話はあんまりしたことはないんです。私のようなものが目上の先輩方に“どんな人でした?”と聞くのは気持ちが悪くてできなくて。誰かに聞くというよりは、自分で本を読んだり、想像を膨らませたりしている感じです。久世さんが向田さんのことをお書きになった『触れもせで―向田邦子との二十年』という本を、“あぁ、こういう人だったんだな、かっこいい人だな”“本当に一回くらいお茶くらい飲んでみたかったな”って思いながら読んだり、黒柳徹子さんのエッセイの中に出てくる向田さんのお話とか、いろんなところから拾い集めて想像するのがすごく楽しくて。

久世さんには、『触れもせで』が出版された時に、私はまだ若かったんですけど、本の帯に載せる文章を頼まれたんです。
その帯文を読んだ久世さんから「おまえのこと、バカだバカだと思ってたけど、文章はうまいな」って言われて(笑)。その後、読売新聞での書評のお話を頂いた時には久世さんが間に入ってくれたり、いいところを見つけたら、ちゃんと伸ばそうとしてくれる人でしたね。

■実際は3姉妹の末っ子 長女・綱子役が「一番分かんない(笑)」

――今回演じられる長女・綱子役は、『花嫁人形は眠らない』『メロディ』などでご共演経験のある加藤治子さんが演じられていました。

小泉:加藤治子さんとはたくさん共演させていただいて、本当に大好きな憧れの先輩なんです。いつもこう、誰に対しても平等なジャッジをしてくれる方で、ほんとに色っぽくて、迫力があって、かっこよくて…。意識しても絶対にそこにはたどり着けないと思うので、今回はほかの3人も持っているものが違う3人が演じるから、たぶんバランスは(ドラマとは)全然変わるんだろうなって思います。

――姉妹を演じられる女優さんは皆さん共演経験のある、気心知れた方ばかりですね。

小泉:(次女・巻子役)聡美さんとは年齢的に同級生なんですね。17歳くらいのときに初めて会って、それからドラマも舞台も映画もたくさん共演していて。まったく人間のタイプが違うんですけど、だからこそ、そこにいてくれるとすごくうれしいというか、安心できる方です。一緒にお芝居をしていても、阿吽(あうん)の呼吸みたいなことができるので、また一緒にお仕事できることがうれしいですね。

(三女・滝子役)安藤さんとは『あまちゃん』や『毎日かあさん』で共演しているんですけど、すごくいい女優ですよねー。
こういう人がいるとカンパニー全体が締まるというか、安心できる実力と懐の深さみたいなものを感じる方なので、胸を借りてじゃないですけど、引っ張ってもらいたいと思うくらい信頼しています。

(四女・咲子役)夏帆さんは『監獄のお姫さま』で“姫”だったんですけど、すごくかわいらしいのに、どこかひょうひょうと男の子みたいなところがある方なんです。演じられる末っ子の咲子は、この姉妹の関係性ではすごく冷めていたり、現代的なところもあって、ぴったりだなって思いました。

――個性が異なる4姉妹となりますが、小泉さんがシンパシーを感じるのはどのキャラクターでしょうか?

小泉:私は実際には3人姉妹の末っ子なので、咲子の気持ちがよく分かるっていうか。この姉妹の中での関係性でいうと一番近いかなと思います。でも、きっと向田さんも自分や妹たちをミックスして4分割して1人ずつのキャラクターにして書いているので、もちろん私にもそれぞれの何かを持っている部分はあるとは思うんですけど、行動としては一番咲子が理解しやすい。逆に(演じる)長女が一番分かんない(笑)。

小泉家の3姉妹は、『阿修羅のごとく』の3姉妹でいうと、この(次女・巻子、三女・滝子、四女・咲子)3人って感じで、ここ(長女・綱子)がいないと思っていたんです。でもよく考えたら、うちの母親が綱子的存在なんですよね。一番問題児なんですよ、いまだに。“あぁ、うちにももう一人いたわ”“確かにそういうところは綱子っぽいところあるわ”って思ったので、母を参考に演じたいと思います(笑)。

■今年56歳 体力や気力の衰えは感じず

――今年はデビュー40周年を迎えられ、2~3月には全国をライブで回られました。


小泉:ライブに関しては、演出家もおかず、グッズから何から1から10まで全部自分の意志で組み立てました。去年の秋から、それこそ“打合せ死”にするんじゃないかってくらい打ち合わせを重ねて。でも、それをどうしても頑張りたかったのは、今回のライブは過去を一緒に懐かしむみたいな時間に絶対なっちゃいけないと思ったんです。“今、私ここにいるよ~。皆さんどこにいる?”っていう感じに、関係性をアップデートしたかったんですよね。“あのころのキョンキョン”って、お互いきつくない?みたいに感じたので(笑)。結果、私もですけど、見に来て下さった皆さんも、青春回帰みたいな時間になって、“なんかわかんないけど涙出ちゃった”みたいな人がすごく多くて、“一回ここで浄化して、またみんなで前に進もう!”みたいな、いい時間になりました。

――今回の『阿修羅のごとく』では、キャリア40年のうちの後半20年精力的に取り組まれた舞台での小泉さんを生で観られる機会となります。舞台の面白さはどんなところに感じられますか?

小泉:楽しいとか全然まだ分かってない感じですね。苦手なんですよね、お芝居が。上手じゃないし。でも、30代のころから、絶対に年に一本は自分に課すって決めて、そのうち何かつかめるだろうみたいな感じで続けてきました。


最近は作るほうもやっているんですが、作る側で言うと、圧倒的に人の持っているエネルギーが見えるのがライブとか舞台で。私は子どもの頃とか演劇とか全然見たことがなかったんですけど、岩松了さんの『水の戯れ』を初めて観に行った時に“きゃー!”って思ったんですよ。“なんかすごいことが行われている!”って…。人のエネルギーって、歌だとパワーみたいに感じていたのが、演劇だともっと繊細な人の光やエネルギーが見える。“こんなふうに見えるんだ!”っていう衝撃を、もっともっとたくさんの人に観てほしい、知ってほしいという思いがあるんです。

自分が出る時も、そうであってほしいなって思うんですけど。“(『ミネオラ・ツインズ』で共演した)大原櫻子さんすげーなー!”みたいな、そういうのを共演者に見えたりするのがすごく楽しいですね。自分もがんばりまーす!みたいな(笑)。

――56歳を迎えられて、普段の生活では変化はありますか?

小泉:それが体力や気力の衰えを感じてないんです。老眼、白髪とかは全然あるんですけど、みんなが大変そうな感じをまだ感じたことがなくて。

精神的には落ち着きたいって気持ちもあるから、昔ほど夜遊びとかしてませんし…。遊びとか人間関係って断ち切るの大変じゃないですか。
でもちょうどコロナの時期に重なったので最近は飲みにもあんまり行ってないですね。

太りやすくなったとか、痩せにくくなったとかはあるけど、ガクンみたいなものは感じたことないです。集中力がないとかはもともとの病として持っていたから、あんまり変わってない(笑)。あんまり期待してないんじゃないですかね、自分に。締切とかあってもすぐさぼったりしちゃうし…。年を取ってきて、特に誰も優しくしてくれないし、自分で自分を優しくしてもいいんじゃないかなって(笑)。

――最後に、今回の作品に絡めて、小泉さんの中に“阿修羅”を感じることはありますか?

小泉:いや、全員の中にいるんでしょ、そんなの(笑)。私はあんまり抑えずに、中国の変面でしたっけ、あんな感じに怒ったり、笑ったり、隠そうとはしないんです。仕事の面では隠さない方が平和だなって思いますし。言いたいことは言って、それで気がすむからもう笑ったりしてますね。

質問された意味での阿修羅が私にあったとしても、それは見た人だけの秘密かな。怖いでしょうね、きっと(笑)。恐ろしかったでしょうね、ごめんなさいね(笑)。

(取材・文:編集部 写真:高野広美)

 舞台『阿修羅のごとく』は、東京・シアタートラムにて9月9日~10月2日上演(9月14日18時公演にて生配信あり)。兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールにて10月8日~10日上演。

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