現在公開中の映画『F1(R)/エフワン』。最下位チームに雇われたベテランドライバーが、若きチームメイトと衝突しながら勝利を目指す熱いドラマと、圧倒的迫力の映像、そして電撃来日も話題となったブラッド・ピットのかっこよさが大きな話題を呼んでいる。

しかし、F1の世界を長年見続けてきた“ガチ”のF1ファンは、この映画をどう見たのか。 今回は、F1ファン同士がつながれるファンサイト「みんなでFトモ」を立ち上げ、“日本一、役に立つF1ファン”を目指して日々情報を発信している鈴木淳史さんに話を聞いた。ガチファンならではの視点は驚きの連続!(聞き手=映画好きが集まるネット生番組「共感シアター」ディレクター・稲生D)※本文に映画のネタバレを含みます。ご了承の上、お読みください。

【写真】イケメンすぎる! 映画『F1(R)/エフワン』に登場するドライバーたち

■本物のドライバーやチーム代表が絶妙に登場

稲生D:製作総指揮を務めたルイス・ハミルトンはじめ、現役の選手やスタッフが多数登場しますね。

鈴木:ドライバーはセリフのあった人は少ないですが、フェルスタッペンが「汚いぞ」と無線で言ったり、イギリスGPのオープニングセレモニーでドライバーたちが並んでいたり。レース後のインタビューでは、アロンソがソニー(ブラッド・ピット)の背後から「やったな!」といった感じのジェスチャーを見せていました。セリフこそなかったものの、ブラピと直接共演していましたね。実際のF1でも、あの場ではドライバー同士が「さっきはごめんね」とか「ナイス!」とやり取りすることが多く、「最年長、よくやったな!」という意味だったのかもしれません。

稲生D:チーム代表もいい味を出してましたね。

ギュンター・シュタイナーというハースの元代表の人がいて、気性が激しいことで有名なんですが、2戦目のハンガリーGPでソニーがほかの車にぶつけまくっていた時に、ピットウォールから2~3回怒った顔でにらんでいたのが面白かったです。最後APXがポイントを取って喜んでるとき、「シュタイナー怒ってるんだろうなあ」と思って(笑)。


トップチームのフェラーリ代表フレデリック・バスールとマクラーレン代表ザク・ブラウン、そしてハビエル・バルデム演じるAPX代表ルーベンが記者会見を行うシーンでは、両代表とも「(APXは)全然下の方にいるから気にならない」とセリフを言っていましたね。

また、最後のアブダビでソニーが勝った後に、さりげなくF1のCEOステファノ・ドメニカリがルーベンに「おめでとう」みたいに声をかける役を担当していました。そしてメルセデスのチーム代表トト・ヴォルフも現れて、ジョシュア(ダムソン・イドリス)に「うちに来たい時は連絡してね」と話しかけていて、あれもなんだか言いそうだなと。実際10年以上前にハミルトンがマクラーレンからメルセデスに移籍したのがなぜそのタイミング?という時だったので、それをオマージュしているのかな。とてもいい配役でした。

アブダビのレースではケビン・マグヌッセン(ハース所属)というドライバーが登場するのですが、少々やんちゃで知られ、よくクラッシュの当事者になったり巻き込まれたりする人で、その彼が最後のレースでソニーに突進していく役だったのがF1ファン的には面白かったですね。

また、アブダビの表彰台でソニーと祝杯をかけ合っていた2人は、2位がフェラーリのシャルル・ルクレール、3位がメルセデスのジョージ・ラッセルという本物のドライバーです。2人ともイケメンだから選ばれたのかな(笑)。もちろん2、3位に来てもおかしくないチームですが。そういえば、ダンスパーティーでジョシュアがかっこいいドライバーを紹介してって言われたときに名前が出たのも、めっちゃかっこいいカルロス・サインツ(昨年までフェラーリ、現ウィリアムズ所属)でした。

稲生D:F1ドライバーってみんなかっこいいですよね。

■鈴鹿はもう少し描いてほしかった!

稲生D:鈴木さんが愛する鈴鹿サーキットも今回ちらっと映っていました。


鈴木:ほんの一瞬で、ちょっと残念でしたね。ジョシュアがけがをしてからの3戦、オランダ、日本、メキシコがダイジェスト的に1~2分ほどで流されただけだったので。

実は鈴鹿のコース一周シーンの撮影に僕も居合わせまして、スタンドを映すということで、みんなで必死に手を振ったりしたんです。でも映画ではグランドスタンドのほんの一部が一瞬映っただけでした。もう少し鈴鹿を見たかったですね。

ちなみに今回登場した9レース中、僕は5レースを現地観戦したことがあります。出てきた順に言うとハンガリー、イタリア、鈴鹿、ベルギー、アブダビ。特に2023年のハンガリーとベルギーは映画を撮影中の時期でした。

稲生D:ハンガリーの時はちょうどハリウッド俳優のストライキ中で、スタントが代わりに撮っていたようですね。

鈴木:そうだと思います。俳優が運転するには危険すぎる壁際ギリギリを2台並走で走って撮ったりしていたので。その間、僕は客席で150㎝ある日本国旗を広げていたんですよ。
ハンガリーGPで映ってないかなと思って必死で観てたんですが、旗っぽいのが一瞬小さく映っていたような…、速すぎて分からなかったです(笑)。

稲生D:映画が配信されたらすぐ確認してください(笑)。ベルギーでの撮影はどうでした?

ベルギーは雨だったので、撮影マシンはあまり走っていませんでした。ただ、ブラピがチームのみんなを引き連れて坂をランニングするシーンがあって、それをジョシュアがスタンドから見ていた場所がベルギーのスタンドで、そこで観戦していました。

■細かすぎて気づかない『F1(R)/エフワン』の話

稲生D:その他、細かい気づきはありましたか?

鈴木:いろいろありました。まずハミルトンの愛犬ロスコーには、F1ファンは結構気づいていましたね。確かイギリスGPでドアップで映って、「あれ、そうなんじゃない?」と思ったら、エンドクレジットにちゃんと名前も出てきてクスっとしました。F1ファンにはおなじみの存在で、専用インスタグラムもあって、フォロワーは100万人以上います(※7月15日時点で127.7万人)。

あと、有名なカメラマン・熱田護さんも、イギリスGPでソニーが歩いているシーンにさりげなく映っています。Xでも「ハリウッドデビューですね」と祝福する声が上がっていました。

それから2回目に観て気付いたんですが、最終戦アブダビGPは、スタート時は2023年のマシンで、ゴールする頃には2024年のマシンになってました。

稲生D:細かすぎる! すごい!

鈴木:なんだか違和感があって。
例えば2023年のフェラーリは黒が多いカラーリングです。スタートした時はそれですが、ラスト3周のバトルをしている時は、新スポンサーの「hp」の青いロゴが入っている2024年のマシンでした。

バトル中にも後ろから迫ってくる時は2024年のフェラーリなのに、抜いた瞬間、オンボード映像では2023年のマシンになっていたり(笑)。

稲生D:なるほど~。2023年に撮り終えるはずがストライキでできなくなり、結局2024年も滞同したという話もあるので、おそらくその影響ですね。

鈴木:角田裕毅選手(レッドブル所属)のマシンも、スタートは2023年アブダビの特殊カラーリングで白と紺っぽいマシンなんですが、最後再スタートする時は前年の青いマシンに変わってました。

稲生D:映画ファンは絶対気づかない(笑)。

鈴木:もうひとつ本当に細かく見ちゃう悪い癖なんですが、ソニーがオーディションで1分30秒を狙うタイムアタックシーン。なぜか温まるのに時間がかかる白のハードタイヤを使ってるんですよ。普通そういう時は赤いソフトタイヤだよなとか。でもテスト用の特殊タイヤだからこれでいいのか、とか。細かすぎますね(苦笑)。


稲生D:すごすぎます(笑)。

■ソニーはF1(R)を走れない!?

稲生D:前編でお話いただいたソニーのハチャメチャな作戦もですが、これはあり得ないという点は他にもありましたか?

鈴木: まず、F1に出るには「スーパーライセンス」というものが必要なんです。下位カテゴリ―のF2でタイトルを獲ったり、ポイントが累積40点になったらもらえたりする、いわば“免許”です。で、どう考えてもソニー、持ってないよなという(笑)。

昔はなかったんですが、フェルスタッペンが17歳でデビューして以降、安全面の懸念から約10年前にルールができました。一応特例みたいなものもあるんで、ファンタジーとして見てましたけど。

稲生D:そういえばAPXオーナーのオフィスの後ろにマクラーレンが飾ってあったじゃないですか。27番。あれもセナの90年のマシンですよね。

鈴木:あのAPXの建物は、実際のマクラーレンのファクトリーを借りて撮影してますね。周囲の池みたいなのが特徴なので、すぐ分かりました。マクラーレンホンダも大映しになっていて、なんでAPXなのにマクラーレンホンダが映ってるのかは謎でしたけど(笑)。


これはあり得ないだろうという話でもう1個。クライマックスアブダビのレースでは、予選に出ていなかったソニーがいきなり決勝に出るんですが、あれ、ルールでダメなんです。

稲生D:まさかの!

鈴木:予選を走らないと決勝は出場できないルールがあるんです。予選を走った人がけがや体調不良で出られなくなっても、代役を立てることはできません。欠場になります。映画でソニーが急きょレースに出場することになり、チームを買おうとしている投資家が、何だって!?と驚くのは、ザ・映画だなという展開ですね。しかも、グリッドに並ぶまでに周回するはずなのに、ソニーが突然スマホで「俺はここにいるぞ」とやるのも、実際はちょっと無理がある(笑)。

稲生D:そこは映画っぽさですね。

鈴木:あとファンとしては、予選にも少し触れてほしかったですね。

稲生D:たしかに予選については何もなかったですね。

鈴木:F1ドライバーとしての評価は予選で決まるところがあるんです。決勝レースは運や作戦の要素も絡むんですが、予選は純粋な速さを競うので。同じマシーンに乗っているチームメイトと比べて予選が速いと、評価が上がるんです。逆に予選で負けちゃうと、いくらレースでいい成績でも評価が上がらなかったりする。

確か3戦目のイタリアGPで予選結果が一瞬映り、ジョシュアが予選10位だったと思うんです。そしてソニーが15位だった。弱小チームが予選10位に入るって、結構なドラマなんです。予選は全部で20台からノックアウト形式でやります。タイムアタックでまず15台に絞って、さらに5台落ちて、残った10人で最終アタックをやる仕組みで、そこにもドラマがあります。最下位のチームが予選10位に入っていたら、多分もっと大騒ぎしてますね。

稲生D:なるほど(笑)。

鈴木:最後まで観て、ブラピとジョシュアはどっちが速いのかがよく分からなかったので、予選で常にジョシュアの方が速い早いみたいな演出があったら、最後ジョシュアを勝たせようとするというストーリーもなるほど、となったかなと思いました。

■現実でも起きた映画『F1(R)/エフワン』

稲生D:話は尽きないですが、最後に鈴木さんにとっての本作の激アツポイントを教えていただけますか?

鈴木:クライマックスのアブダビGPのラスト3周はレースとしてもドラマとしても熱いですよね。レッドフラッグが出て、それがクリアになってからの3周。あのシーンは、実はハミルトンが同じようなシチュエーションで経験した悪夢のオマージュかなと思ったりもしました。

2021年のF1最終戦アブダビGPで、最後の何周かでクラッシュしたドライバーがいて、その影響でハミルトンはセーフティカー中に新しいタイヤをつけたフェルスタッペンに最終ラップで抜かれて、チャンピオンを失ってしまったんです。本当はあれ赤旗でも良かったんじゃないの?とハミルトンは思っていたのかなぁとか、そういう意味で入れたシーンなのかなと思いました。F1ファンとしても思うことがある場面でした。

また、ドライバーがゾーンに入るという話も本当にあって、映画では「空を飛ぶ」という表現だったんですが、車載カメラの映像が空を飛んでいるようでしたね。最後1ラップは短縮したりせず、しっかりアブダビのコースをゴールに向かっているのが分かりましたので感動しました。最後3周の白熱シーンは、F1を知らない人でも楽しめるんじゃないかと思います。

映画を観る前は、ブラピの超絶テクニックでストレートで何台もごぼう抜き、みたいな映画になるのかと思っていたら、全然違いました。ラスト3周で、予選結果が悪かったから新品タイヤがまだ残っていて交換できるというのも、本当にあった話なのでリアリティがありましたし。

実際のF1って、ありえなそうなことが本当に起きるんです。例えば今月初めには、昨年最下位チームがイギリスGPで表彰台に上がるということが起きました。キック・ザウバーというチームで、ドライバーはニコ・ヒュルケンベルグ。彼はデビューから238戦表彰台なしという不名誉な記録を持っていたんですけど、イギリスGPでは最後尾からのスタートで、力強い走りとさまざまな運も味方に付けて、ついに初めての表彰台(3位)に上がりました。Xでも「まるで映画」「いや映画より凄い」「仕込みじゃないの?」なんて声まであがりました(笑)。ですから、あながちAPXチームのようなことはあり得なくはないんです。

僕の周りの人たちも高評価ですし、これを機に全然F1を知らなかった友達がドライバーってかっこいい人ばっかりじゃんって興味が出たとか。字幕を監修しているのも中野信治さんという元F1ドライバーの方で普段は解説もしている人だし、この映画を観てレース中継を見てみたくなったという人もいらっしゃる。そうやって、ファンのすそ野がどんどん広がっていって、もっともっと日本でのF1人気が高まっていくといいなと願っています。

>>前編も配信中!

 映画『F1(R)/エフワン』は公開中。

【鈴木淳史】
F1ファンコミュニティ「みんなでFトモ」管理人。ファン交流会イベントの開催や現地観戦情報の発信を中心に、“日本一、役に立つF1ファン”を目指して活動中。著書に鈴鹿サーキット公認「2025年鈴鹿GP 観戦ガイド」

【稲生D】
映画好きが集まるインターネット映画ファンコミュニティ「共感シアター」のディレクター兼MC。映画の同時再生番組や毎週の映画情報番組などを中心に、“好きな映画をさらに楽しむ”というコンセプトのもと活動中。

(構成:編集部)

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