数々の名作を世に送り出してきたスタジオジブリの「今」を捉えたドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』のDVD&ブルーレイが5月21日に発売される。本作で約1年間、宮崎駿監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーに密着しカメラを回したのが砂田麻美監督だ。
「当時は夢の中に出てくるほどジブリ一色だった」と振り返った彼女に現在の心境や、今後について聞いた。

【関連】宮崎駿監督作品フォトギャラリー『カリオストロの城』から最新作『風立ちぬ』まで

 映画公開から約半年、2012年秋の撮影開始からは約1年半の歳月が経過した現在、率直に砂田監督にスタジオジブリへの思いを聞いてみると、しばしの沈黙のあと、思いもよらない一言が返ってきた。「早く忘れたいですね」。

 ドキッとする発言。その真意を聞いてみると「決してネガティブな意味ではないのです」と笑顔をみせる砂田監督。続けて「ただ、あまりにも強烈な体験で、製作の期間中は、私生活のこととかは一切考えず、毎日ジブリのことだけでした。その状況は(昨年11月16日の映画『夢と狂気の王国』)公開後も続いて、なかなか抜け出せなかったんです。でもこのDVD発売で一区切りつけられたら、次のものを迎えられるかなと思って……」と胸の内を明かした。

 砂田監督の口から出た「次のものを迎えられる」という言葉。『夢と狂気の王国』公開時には「まだ先のことは考えられない」と語っていたが、今年は小説を書く構想が進んでいるという。「まだざっくりとした感じですが、わたしは女性という性別自体にすごく興味を持っているんです。女性は、男の人が『自分は男性なんだな』って性別を意識することよりはるかに深く、社会において自分の性別を意識する機会が多いはずです。
そんなことを小説に書きたいと思っています」。

 砂田監督自身が、こうした考えをより強く意識するようになったのは、ジブリで過ごした時間が大きく影響していると言う。「スタジオジブリってすごく多くの女性が働いているんですね。でも宮崎さん、高畑さん、鈴木さんといった強くて大きな存在がいて、女性たちは非常に健全な形で彼らを支えている。とても平和的にその関係が成り立っている会社だなって思ったんです。けれど、それって今の社会では珍しいことなんじゃないかなって。以前は具体的な差別にどうやって立ち向かうかということが女性にとっての課題だったと思うのですが、今の社会では直接的な嫌がらせや差別は表面化されないので、より問題が複雑化して見えにくいんですよね」。 新たなテーマへの強い意識を実感したこと以外にも、ジブリに通い続けた1年間は砂田監督にある変化をもたらす。「これまで生きてきた中で、世の中の動きに一番敏感になった時期でした」。宮崎監督はテレビもインターネットも見ないと言う。「宮崎さんは、常に自分の目で見たものを通じて、世の中の動きに耳を澄ましている。例えば『屋上から見えるアパートに止まっている自転車の数がどんどん増えているのは何を意味しているのかわかるか?』と質問される。
そういったことから、今なにが起きているかを考え、察知するんです。直接的な媒体に触れることはなくても、世の中の動きには敏感になりました」。

 「こうした宮崎監督の考えは映画『風立ちぬ』にも反映されている」と砂田監督は語る。「『風立ちぬ』という映画は、宮崎監督にとって、ずっと前から作りたくて満を持して作った作品ではなく、世の中の不穏な足音をキャッチし、何か見えないものによって作らされているんだろうなって感じがしました。もし『夢と狂気の王国』に携わらなかったら、普通に(宮崎監督は)飛行機が好きだったから、思う存分飛行機の出てくる映画を作ったのかなとか、最後の作品だから子ども以外の人が見る映画を作ったのかなという考えで終わってしまっていたかもしれません」。

 「早く忘れたい」と思う一方で、砂田監督に多くの影響を与えた映画『夢と狂気の王国』。映画の中で「縁」と「運」というフレーズが登場するが「最初はジブリ作品が出る際の広告インタビューという企画だったのですが、その後、監督のお話もいただいたんです。スタジオジブリにを撮影させてもらい、映画になった。それがまたDVDとして残るなんて、圧倒的な贈りものという感じです」と感謝の意を述べると「この作品は、いつかフィクションを創るためにクリアしなければいけない重要な課題だった。だからこそ、すごく困難だったのだと思います。でも今後のためにも絶対的に必要なプロセスだった気がします」と本作との深い「縁」を語った。(取材・文・写真:才谷りょう)

 『夢と狂気の王国』DVD&ブルーレイは、5月21日発売。
編集部おすすめ