決勝の舞台で中山が披露したのは、時報の音に合わせて共感を誘う一言を次々に繰り出す、一種の「あるあるネタ」だった。あるあるネタは、お笑いのジャンルとしてはひとつの定番である。例えば、『エンタの神様』(日本テレビ)を見れば、最低1組くらいはこの手のネタをやっている芸人が見つかる。また、あるあるネタの中でも最も有名なものとしては、かつて一世を風靡したテツandトモの「なんでだろう」が挙げられる。
だが、あるあるネタに対するプロの目は厳しい。
ひとつは、見せ方を工夫したということ。単純に一言ネタを羅列するのではなく、その一言を聞いた側の反応を先取りして見せてから、あとから問題の一言を明かす、という形の構成にした。こうすることによって、見る側が期待感を煽られながらオチを待つことが可能になった。
もうひとつは、個々のネタの質を限りなく高めたということ。そもそも、中山功太という芸人の最大の持ち味は、世の中に対する皮肉っぽい目線である。彼のネタ作りの根底には、世間をあざ笑うシニカルな批評眼が潜んでいる。「悟り開いた」と調子に乗るクラスメイトや、「じゃじゃーん」と大げさにプレゼントを差し出す友人を、心の底ではさめた目で眺めている。受け手側の意地悪な視点から切り取られた「あるあるネタ」は、彼にしかできないオンリーワンの芸風である。
ただ、あるあるネタで笑いを取るには、共感を誘うことが不可欠だ。
中山功太は、「あるあるネタ」というすっかり枯れたと思われていた井戸の底をさらに掘り進み、豊かな水脈を自力で探し当てた。意地悪な目線に観客を巻き込み、共犯関係を作って笑わせる。簡単に真似できそうでなかなかできない、皮肉屋芸人・中山功太の名人芸だった。
(お笑い評論家/ラリー遠田)
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