5月17日、ダウンタウン松本人志が結婚したことを発表した。相手は一般人女性だとされていたが、のちに元お天気キャスターの伊原凛さんだと判明した。

彼女は現在妊娠中だという。

 私は一お笑いファンとして、この結婚を心から祝福したいと思う。なぜなら、このことによって、松本人志をめぐるお笑い界の閉塞的な状況に大きな変化が起こる可能性があるからだ。

 松本人志という芸人は、2つの顔を持っている。1つは、独創的な発想で上質のお笑い芸を見せる「笑いのカリスマ」としての松本。もう1つは、テレビでおなじみの単なる人気お笑いタレント、「みんなの松ちゃん」としての松本だ。松本に強い思い入れのある人は、このいずれか、あるいは両方の側面から松本の活動を追いかけてきた。

 ただ、「笑いのカリスマ」としての松本に期待をかけてきた人々にとって、ここ10年あまりの彼がたどった道のりは、あまり満足のいくものではなかっただろう。

 松本は、1997年に『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)を劇的な形で降板し、テレビで定期的にコントを披露する場を失ってしまった。その後も、映像ソフト『VISUALBUM』、動画ポータルサイト「第2日本テレビ」で公開した新作コント『ザッサー(Zassa)』、映画『大日本人』など、テレビ以外の場で創作活動は行われていたものの、テレビの中で松本がお笑い要素の強い企画に真剣に取り組む姿はほとんど見られなくなってしまった。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)でも、ここ最近はダウンタウン2人でのフリートークもほとんど行われていない。

 ただ、そんな状況の中でも、松本が90年代半ばに『ごっつ』や『ガキの使い』で上げたハードルは、その後も下がることがなかった。

キャリアを重ねて、松本は笑いの権威になり、さらにはタブーになっていった。今どき、一般の視聴者なら「この前の『すべらない話』で、松ちゃんの話はすべってたよね」ぐらいのことは普通に言っている。だが、テレビの中では、こういった松本に対する批判めいたことは一切言ってはいけないような妙な空気がある。

 それは単に、ベテランだからみんなが気をつかっている、というレベルの話ではない。たけし、さんま、タモリが置かれている状況と比較すればそれは明らかだ。松本に対しては、たとえ冗談交じりであっても、一切の批判が許されないような状況ができあがってしまっている。いわば、近年の松本は、「笑いのカリスマ」という称号にずっと守られてきたのだ。カリスマだから何も言わせない、何も聞いてはいけない、批判するやつはセンスがないやつ、という風潮。ダウンタウンの吉本興業内での政治的な立場も強まるにつれて、松本の話題はますます強固なタブーとなっていた。

 この不自然で息苦しい状況がいつ破られるのかと思っていたのだが、意外なところからきっかけが訪れた。それが、今回の「結婚」だった。結婚したことによって、松本をめぐる状況には変化が訪れる。

いくら本人が意識しなくても、周りがそれを意識せざるを得ないからだ。今までの松本は、無邪気に女遊びや風俗の話をしても良かったのだが、そういうことも今後はやりづらくなるだろう。ただ孤高の天才を気取り、周りもそれを見守っていればよかった「幼年期」は終わり、松本はようやく芸人としての第二の人生に入ることになる。

 これからの松本は、今までの活動を長い前フリとして、次々に「オチ」を作っていくことになるだろう。何しろ、フリが利いているから、これからは何をやってもいい。子育ての苦労を楽しげにしゃべる松本、子供の運動会でカメラを回す松本、嫁の愚痴で笑いを取る松本......。何を想像しても、今まで見せなかった一面ばかりが見えてきて楽しくて仕方ないではないか。そこにあるのは、「笑いのカリスマ」という重荷を下ろした、自然体の「みんなの松ちゃん」の姿だ。実際のところ、松本ファンの多くも、内心ではこれを望んでいたのではないか、という気がしてならない。カリスマとしての賞味期限が切れかかっていた頃に、結婚でちょうどいい区切りが訪れた。そんなひねくれた思いを込めて、松本には心から祝福の言葉を贈りたい。
(お笑い評論家/ラリー遠田)



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