漫才日本一を決めるお笑いイベント「M-1グランプリ」は、年を追うごとに注目度も高まり、その戦いはますます激しさを増している。参加者が年々増え続けている上に、誰もがM-1を意識して作り込んだ漫才ネタを用意して戦いに臨んでいる。

近年のM-1では、中途半端な技術やキャラクターだけでは、決勝の舞台に上がることすら難しいのである。

 そんななかで、今年の優勝候補と騒がれていたのが、前人未踏の8年連続決勝進出を成し遂げた笑い飯である。彼らは過去に7回決勝に上がりながら、一度も優勝を果たすことができていなかった。いつも優勝にあと一歩のところで手が届かない彼らの悔しさは、想像を絶するものがある。

 そんな彼らは毎年、他の芸人とは別次元の戦いを強いられていた。彼らのライバルは、過去の自分たち自身だったのだ。

過去の笑い飯のネタを見て、審査員や観客は彼らにある程度の期待をしている。その高く設定されたハードルを越えなくては、彼らは栄光をつかめない状況にあったのだ。

 そして今年、笑い飯はついに傑作ネタ「鳥人」を生み出した。鳥の頭に人間の胴体がくっついている「鳥人」という奇妙なキャラクターを使って、ダブルボケの勢いにまかせて観る者を不思議な世界に引きずり込む漫才を演じたのだ。このネタは大爆笑を巻き起こし、大会委員長の島田紳助は彼らのネタに「100点」の点数を与えた。M-1審査員が100点を付けるのは、過去の歴史のなかでも初めてのことだった。

それは、高いハードルを見事に越えてみせた笑い飯に対する紳助なりの最大限の賛辞を示すものだったのだろう。

 そのまま笑い飯が逃げ切るかと思われた圧勝ムードの中で、ただ1組だけ勝負を捨てていない芸人がいた。毎年のように有力視されながら、8年連続予選敗退、9度目のチャンスでようやく決勝の座をつかみ取った、くすぶり続けた本格派漫才師・パンクブーブーである。

 確かに、高く設定されたハードルを見事に跳び越えた笑い飯はすごい。だが、決勝未経験のパンクブーブーの2人から見れば、笑い飯はそれでもまだ恵まれた状況にあったと言える。パンクブーブーは、毎年どんなにネタを練っても、技を磨いても、予選では敗れ続け、敗者復活でも勝ち上がれなかったのだ。

彼らは、ハードルがどこにあるのかすら見えないままに、暗闇に向かって黙々と跳躍を続けていたのだ。

 そんな彼らが、やっとの思いでつかんだ決勝の舞台。1本目には、細部まで磨き抜かれた「隣人クレーム」を題材にしたネタで爆笑を起こし、笑い飯の圧勝ムードに風穴を開けて最終決戦進出を決めた。

 こうなるともう何が起こってもおかしくはない。最終決戦では、陶芸家に弟子入りするという設定のネタを演じて、安定した笑いを獲得。直前のNON STYLEよりも客ウケは大きく、この時点で優勝の行方は実質的にパンクブーブーと笑い飯の2組に絞られることになった。

 ここで、両者の覚悟の差が出た。決勝常連組の笑い飯が2本目に選んだのは、野球とラグビーのネタ。彼らにとっては昔からの持ちネタで、後半には西田幸治がひたすら自分のズボンの中の「チンチンのポジション=チンポジ」を気にするという下ネタ全開の漫才だった。何度も決勝に上がっているせいで、ここ一番で隙を見せてしまったのだ。

 結果発表の直前、パンクブーブーの2人が「チンポジにだけは負けたくない」と語っていたのは、かなり本音も混じっていたに違いない。最終審査では、7名の審査員全員がパンクブーブーを指名。

優勝は彼らの手に輝いた。年々激化する戦いの中で、最後の最後に息切れした笑い飯を抜き去って、くすぶり続けた男たちが見事に栄冠を勝ち取ったのだ。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)


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