関西出身ではない人が漫才ネタを作る場合には、ひとつの大きな壁がある。それは、ツッコミの嘘臭さをどのように克服するか、ということだ。

 いわゆる「ボケとツッコミ」は、関西の文化である。関西人の日常会話では、相手のボケに対してツッコミを返すのが自然であり、その関係性は疑うまでもない。だから、関西芸人は、ボケとツッコミの関係性を軸にしてそのまま漫才を組み立てていけばいいのだ。

 だが、非関西芸人の場合にはそうはいかない。関西出身ではない人間にとって、「ツッコミ」とは基本的に白々しく、嘘臭いものだ。関西弁の「なんでやねん」は自然だが、標準語の「なんでだよ」「おかしいだろ」はかなり非日常的な言い回しである。非関西圏では、笑いは「ボケ」で完結される。ボケて笑って、それでおしまい。ツッコミを待つようなボケもなく、ボケにぴったり合うようなツッコミもない。

 だから、非関西芸人が漫才を演じるにあたっては、ツッコミの位置づけをきちんと考えなくてはいけない。本来必要のないもの、不自然なものをあえて入れるのだから、そこには何らかの工夫が必要になるのだ。

 そんな中で、若手の注目株であるハライチの2人は、「ツッコミをしない」という道を選んだ。

彼らは、ツッコミの存在意義を根底から問い直した末に、漫才の中からツッコミを排除することにしたのだ。それによって、彼らは「ノリボケ漫才」と言われる新しい漫才の型を編み出した。

 彼らの漫才では、岩井勇気が短いフレーズで相方の澤部佑にネタを振り続ける。澤部は、岩井の妙なフリに対しても一切ツッコミを返さず、延々とそれに乗っかり続けるのである。

 ツッコミを排除したことで、彼らの漫才には独特の魅力が生まれた。ひとつは、従来のオーソドックスな形の漫才よりも笑いどころが大幅に増えた、ということだ。「フリ→ボケ→ツッコミ」という三段階で考えた場合、ハライチのノリボケ漫才とは、最終段階であるツッコミを排除して、ボケのためのフリを極限まで短くそぎ落とした形、ということになる。

 その結果、彼らの漫才では、ほとんど全ての時間が「ボケ」のみで構成されることになる。実際、澤部が演じる「ノリボケ」は、ひとつひとつがかなり長い。いわば、「点」ではなく「面」の笑いになっているのだ。そのため、ネタの間ずっと笑いが持続するのである。

 もうひとつの利点は、ツッコミ役の澤部がツッコミを放棄して延々と乗っかることで、受け手の興味をどこまでも引っ張ることができる、ということだ。

ノリツッコミとは、いったん乗っかって後からつっこむ、という技法であることは誰でも知っている。だから、ツッコミ役の人間が一度フリに乗っかると、見る側はツッコミを期待する状態になる。

 だが、澤部はなかなかつっこまない。乗っているうちに岩井から新たなフリが来て、次のノリボケが作動してしまう。ノリツッコミの「ノリ」の時間をキープすることで、緊張感を保ち、見る者の興味を維持することができるのだ。

 ただ、ツッコミを排除することには欠点もある。それは、ネタが一方向だけに展開されてしまうせいで、単調になる危険性がある、ということだ。だが、ハライチの場合には、澤部の演技にアドリブっぽさを持たせて、ネタの構成にも工夫を凝らすことで、単調になるのを防ごうとしているのがうかがえる。

 12月20日に行われたM-1の決勝でも、ハライチの活躍は光っていた。「鳥人」のネタで衝撃を与えた笑い飯の直後という最悪の出番ながらも、澤部が開口一番「CM挟んで良かったですね!」と空気を切り替えてネタに入ったのも見事だった。結成4年とは思えない安定感を持って、普段通りのペースでネタをやり通すことができたのだ。

 彼らはまだ23歳。

物心ついたときにはすでにM-1が行われていたという新世代の漫才師である。そんな彼らは、良い意味で漫才の伝統に縛られず、M-1のルールと時代の空気に合った新しい漫才の型を編み出すことができた。彼らの「ノリボケ漫才」とは、漫才の枠の中で「笑える時間」を極限まで引き延ばすという発想から生まれたお笑い史上空前の発明品なのだ。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)



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