歪んだ家庭で育ったれん(佐藤寛子)は、棄てられたネオンを拾ってきては
修理するロマンチストの紅次郎(竹中直人)に次第に惹かれていく。
(c)2010「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」製作委員会

 プニプニとした幼虫が美しくも妖しい成虫へと脱皮していく様に見とれてしまうような魅力が、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』にはある。

中学・高校で生徒会長を務め、清純派グラビアアイドルとして活躍した佐藤寛子が"元生徒会長""清純派"という殻を脱ぎ捨て、大人の女優へと艶やかに"変態"してく姿を、『花と蛇』(03)、『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07)の石井隆監督がカメラで舐め回すようにじっくりと撮り上げている。芸能界はもちろん、現実社会でもいつまでも清純派、優等生のままではいられない。泥水をすする覚悟と社会悪に対する免疫を身に付けていかないと、自分の思うようには生きていけない。そんな汚物だらけのドブ川のほとりで佐藤寛子演じる石井ワールドのニューヒロイン・れんは蛹から孵化し、広い空へ羽ばたいていくチャンスをうかがっている。

 『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』は、小劇場出身の余貴美子が名美役を大熱演した前作『ヌードの夜』(93)から7年後という設定だ。"何でも代行屋"の紅次郎、こと村木(竹中直人)は名美に一度は騙されながらも名美の悲惨な境遇に同情して、男の純情を捧げた過去を持つ。だが、もう名美はこの世にはいない。心の中に大きな空洞を抱えたまま生きながらえてきた紅次郎の前に、可憐な少女の面影を残すれん(佐藤寛子)が現れる。れんの依頼は「父の遺灰を散骨した際に、大事な形見のロレックスも落としてしまった。捜してほしい」というもの。富士の樹海から腕時計を探し出せという無茶な案件だったが、紅次郎は運命の悪戯か腕時計を見つけ出してしまう。紅次郎をすっかり信頼したれんは、再び仕事を依頼する。

かつて自分が世話になった女性"たえ"が今どうしているのか調べてほしいと。樹海捜査に比べれば楽な仕事かと思いきや、夜のネオン街を尋ね歩いても、なかなか"たえ"の消息はつかめない。ようやく紅次郎は彼女の手掛かりを得るが、それは人間の心の闇へとつながる地獄の扉の鍵だったのだ。

 佐藤寛子が体当たりの演技でれん役に取り組んでいるが、れんの家族がまたすごい。石井監督の代表作である『死んでもいい』(92)に出演し、大女優としての底力を発揮してみせた大竹しのぶが母・あゆみ、『フリーズ・ミー』(00)で男たちを次々と血祭りにした井上晴美が姉・桃役を演じている。あゆみ、桃、れんの3人で古びたバーを営み、客の中からうまくカモになりそうな高齢者を見つけるとこっそりと保険金を掛けた後に、富士の樹海まで連れ出して自殺に見せかけて処理していたのだ。人間を食って生きる、現代の"鬼女"たち。この恐ろしい事実に気付いた紅次郎は、「れんは、いやいや人殺しを手伝わされているに違いない」と信じ込む。そして、雨に濡れた子犬のように潤んだ瞳を向けるれんに対し「これが最後の人殺しだからね」とお人好しぶりを発揮し、のこのこと富士の樹海へと付いて行ってしまう。

バーに来たお客を、まるで食虫植物のように
捕食して生きる鬼母・あゆみ(大竹しのぶ)
と姉・桃(井上晴美)。れんは2人に逆らえない。

 佐藤寛子が1カ月の特訓で修得したセクシーなポールダンスや豊満なバストを披露してのローションプレイ&ヘアヌードで前半から中盤を引っぱり、富士の樹海の奥にある洞窟"ドゥオーモ"でのクライマックスへと突入する。

地獄の血の池に白いハスの花が咲くがごとく、石井ワールド全開である。死体置き場となっている巨大洞窟=人間の心の闇なのだ。深い闇の中で母あゆみと姉の桃は金への執着心を剥き出しにし、れんは家族の呪縛から解放され、そして紅次郎は生来の"性善説の男"へと純化していく。

 セットではなく、実在する山奥の石切り場で撮影された"ドゥオーモ"シーンが圧巻だ。ここから先はネタバレを含むが、石井作品はネタばれしても、魅力が目減りすることがないと確信している。スタンガンを振り回し、凶行に走るれんの姿は紅次郎の知っているれんではなく、紅次郎が見つけ出すことのできなかった幻の女"たえ"だったのだ。れんは鬼のような母親と姉と一緒に生活するため、否応なくもうひとつの顔である"たえ"を二重人格さながらに使い分けていたのである。そして観客は、さらにそこにもうひとつの顔を見る。清純派のイメージを振り切るかのように暴走する佐藤寛子の素顔を。"ドゥオーモ"の重い暗闇の中で、清純派グラビアアイドルだった佐藤寛子は映画女優・佐藤寛子へと"変態"していく。

 グラビアアイドルが本格的な女優へと転身するのは至難の業だ。大手芸能事務所所属のアイドルならまずグラビアで顔と名前を広めてから、テレビタレントや女優として売り出していくという手法が使われるが、一介のアイドルたちにはグラビアから女優へのルートはつながっていない。

読書家でもある佐藤寛子は新潮社の文芸誌「波」で読書日記を07年~09年にわたって連載していたが、その中で一時期は自己啓発本を読みあさっていたと記している。プロ意識の強い彼女は、グラビアの仕事に対して否定的な発言は一切していないが、それでも本来は女優志望で芸能界入りしたものの、自分の目指す道になかなか進めない状況を突き破りたい想いが強かったはずだ。そして女優を徹底的に追い込むハードな演出で知られる石井監督作のヒロインという大きなチャンスを、彼女は見逃すことなくがっちりとつかんでみせた。

 『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』は、グラビアアイドル時代にテレビのバラエティー番組に出ていても、どこか所在なさげに微笑んでいた佐藤寛子に"女優魂"が宿ったメモリアルな1作だ。まさに石井監督は佐藤寛子からグラビアアイドル時代のイメージを惜しみなく奪い去った。
(文=長野辰次)


『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』
監督・脚本/石井隆 出演/竹中直人、佐藤寛子、東風万智子、井上晴美、宍戸錠、大竹しのぶ、 配給/クロックワークス R15+ 10月2日(土)より銀座シネパトス、シネマート新宿ほか全国ロードショー
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