『ゴールデン☆ベスト 山田邦子
(ビクターエンタテイメント)

 お笑い芸人の出世の歩みは、しばしば戦国武将に例えられる。激しい競争を勝ち抜いて、自分の名前が付いた冠番組を獲得した芸人は「一国一城の主」となり、それが高視聴率をキープして、レギュラー番組が際限なく増えていく波に乗り始めると、「天下を取った」と言われるようになる。

現在では、テレビに出る芸人の頭数も増えて、若手がゼロからスタートして天下を取ることは容易ではなくなってきた。

 1980年代後半から90年代前半のバラエティー業界を振り返ると、そこには何人かのスタープレーヤーがいた。その中でも、女性芸人で唯一、「天下を取った」と言われていた人物がいた。それが、山田邦子である。

 一時期の彼女の勢いにはすさまじいものがあった。89年に『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)が終了した後、そこに出ていた芸人と、携わっていたスタッフの遺伝子は、いくつかの番組に引き継がれた。その1つが、ひょうきんメンバーの紅一点である山田邦子の冠番組『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』だった。

 ここでは、山田の持ちネタである物真似芸やフジテレビ独特のパロディコントなどをベースにしながらも、音楽を使った企画も取り入れて、「ポスト・ひょうきん族」の新しい形を示して人気を博した。KANの「愛は勝つ」、大事MANブラザーズバンドの「それが大事」など、数々のヒット曲を世に送り出して、一世を風靡した。

 『クイズ!年の差なんて』(同)『MOGITATE!バナナ大使』(TBS系)などの人気番組を多数抱え、バラエティーの女王として君臨した山田は、確かにこの時期、天下を取っているという表現にふさわしい状況にあった。事実、彼女は88年から95年まで、NHK『好きなタレント調査』の女性部門で8年連続1位を獲得していた。女性芸人としてこの上ない地位まで上り詰めたのだ。

 ただ、彼女が一度その頂に立ってしまったことの代償は大きかった。不倫騒動などをきっかけにして、90年代半ばから、山田の人気が急落を始めたのだ。レギュラー番組は減り、バラエティーでも居場所を失っていった。週刊誌などでは、手のひらを返したようにバッシング記事が掲載されるようになった。バラエティーの世界でかつてメインMCを務めていた人が、ゲストとして脇役に甘んじている姿は痛々しいものがある。そして当時はまだ、そんな痛々しさを楽しむほどの余裕が世間にはなかった。

 例えば、当時の山田邦子と、現在の森三中ハリセンボン柳原可奈子などを比べた場合、純粋なネタのクオリティや実力で考えれば、どちらもさほど見劣りはしないだろう。だが、当時の山田が厳しいバッシングを受けていた一方で、最近の女性芸人がそのような非難の声にさらされることはほとんどない。

 つまり、時代が変わったのだ。女性芸人をお笑い界でどういうポジションに置いて、それを見る側はどういうふうに受け止めればいいのか。その認識が固まったことで、視聴者は肩ひじ張らず気軽に女性芸人を見ることができるようになった。

 現代から振り返ってみれば、山田は、生まれる時代が悪かったとしか言いようがない。

結果的に「天下を取らされてしまった」ことで、人気がピークを越えると、彼女のタレントイメージは地に落ちた。いろんなものに配慮できるバランス感覚も裏目に出て、あちこちにご機嫌を取る八方美人に見えてしまう。

 栄華を極めた全盛期と、その直後の劇的な凋落。そんな激動の時期を過ぎて、山田は今、タレントとして程よいバランスで活動できるようになった。医学番組の出演をきっかけに乳がんを発見し、手術を経てがんをすべて摘出した。この経験から、がんに関するチャリティー活動にも携わっている。

 テレビバラエティーの世界は、刻一刻と状況が移り変わる戦場のようなものだ。ひとたび機を逸してしまえば、「何でもできる器用な人」が、「何にもできないみじめな人」へとあっという間に落ちていってしまう。大衆に愛され、大衆から見離された悲劇のヒロイン。バラエティー史上空前の栄光と挫折を経験した女性芸人・山田邦子は、お笑い界のマリー・アントワネットだ。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)

【イベント情報】
10月31日(日)
ラリー遠田×岩崎夏海トークライブ
「もしM-1芸人がドラッカーの『マネジメント』を読んだら」
出演:ラリー遠田、岩崎夏海
※前売券はローソンチケット(Lコード:32626)、電話予約、ウェブ予約にて販売。
電話予約:tel.03-3205-1556(Naked Loft)
ウェブ予約:http://www.loft-prj.co.jp/naked/reservation/



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