「今回はボクにとって通過儀礼となる作品なんです」。日本が世界に誇る"奇才"井口昇はそう言った。
――1974~75年にフジテレビ系で放映されたピー・プロダクション製作の特撮ドラマ『電人ザボーガー』の劇場版リメイク。『新世紀エヴァンゲリオン』の大月俊倫プロデューサーからのオファーだそうですね。
井口昇監督(以下、井口) そうです。
――『ウルトラマン』シリーズの円谷プロに比べ、ピープロ作品は見るからにB級感が漂っているのが幼心にも感じられました。
井口 そうですね。ボク、駄菓子屋の息子なんです。店で『仮面ライダー』とかの特撮ヒーローのブロマイドを売ってたんですが、駄菓子屋の中でもピープロのキャラクターは"駄菓子屋感"が漂ってました(笑)。そのことから、いっそう親近感が湧いたんです。
――『片腕マシンガール』が世界的に大ヒットして、その次の『ロボゲイシャ』も井口監督らしいイマジネーションが炸裂した独創性の高い作品。正直、ここらへんでファン層の拡大を狙った企画に挑む時期かなと思っていたんです。今年、『富江 アンリミテッド』『電人ザボーガー』とリメイクものが続いたのはやや意外でした。
井口 今年はたまたまリメイク作品が2本続いた形になりました。もちろん、『富江』も原作や過去のシリーズが大好きでした。自分の好きな題材を撮らせてもらえて、すごく幸せでした。監督という仕事を選んだ人間の歩む道は、それぞれだと思うんですが、ボクとしては将来的には"人間ドラマ"を撮りたいと考えているんです。特撮も大好きだけど、同じように日本映画も観て育ってきたんです。
――"通過儀礼"ですか。これまでの井口ワールドの集大成と思っていいんでしょうか?
井口 そうですね。ボクも42歳になり、今年の春に結婚して、家庭を持ちました。40歳まで生きたら、やっぱり20代の頃に思い描いていた夢とは異なる壁にもぶち当たるんです。挫折感も覚えるし、自分の限界も見えてくると思うんです。多分、オリジナル版の『ザボーガー』を観ていた世代は、みんなそうなんじゃないかな。
――いつになく、井口監督の話しぶりも熱いですね!
井口 自分にとっては分岐点になる作品だと感じてます。42歳、男の厄年。思うところがやっぱりありますよ。オリジナル版の『ザボーガー』が作られていた時代は、まだ何かを信じることができた。自分の中の正義を信じて、熱くなることができた時代だったと思うんです。
■ミスボーグは、男の子にとってのセクスアリス
――井口監督の表情も、今日はキリッとされてますもんね。井口版『ザボーガー』ですが、悪の組織シグマの手先のミスボーグ(山崎真実)が輝いていますね。見事なほどの"悪の華"っぷり。笑顔でムチを打つシーンなどの山崎真実の表情は今まで見せたことのない新しい顔でしょうね。
井口 ありがとうございます。山崎さんとは一度、WEBで一緒に仕事をしたことがあり、そのときに「動物的勘の持ち主だなぁ」と思ったんです。山口雄大監督の短編映画『魁!みっちゃん』(09)に主演して、ジャッキー・チェンばりのアクションを披露してたんです。そのギラギラ感がすごく良かった。今回のアクション監督のカラサワ イサオさんは『魁!みっちゃん』も手掛けていて、「山崎真実はすごい。
――オリジナル版のミスボーグを演じたのは藤山律子さん。『愛の戦士レインボーマン』(72~73)で演じていた「死ね死ね団」の悪の秘書オルガに比べ、昔の宇宙人みたいな衣装がキツいなぁ~と子供心に感じてたんですが、井口版のミスボーグは現代風にそれなりにアレンジを加えてありますね。
井口 本当は昔のままのコスチュームも考えたんですが、当時のままだとただのお笑いになってしまう。モジモジくんみたいになってしまうんで、ちょっとだけ現代風にしています。でも、70年代のB級感は残したかったので、あのツノだけは外せませんでした。ツノを付けたままで大マジメに芝居をしてくれる女優をずいぶん探しましたが、なかなか決まらなかった。それで「山崎さんはどうだろう」と直感的に思い付いて、頼んだら、すごくうまく行きましたね。本人はコスチュームを最初に着たときはゲラゲラ笑ってましたけど、でもあのコスチュームが様になるのは彼女の力。すごいと思います。あと、今回、裏テーマがありまして、劇場に親子で観にきた子供たちをドキッとさせたいんです。
――『ルパン三世』の峰不二子っぽく、男の子たちにヰタ・セクスアリス体験をさせようと?
井口 そうです(笑)。ミスボーグがムチ責めに遭うシーンで、子供たちにドキッとして欲しいなぁと。劇場で映画を観る"後ろめたさ"を感じてほしいんです。最近の映画って、なかなかそういう後ろめたさがないなぁと思うんです。ボクが子供の頃に親と一緒に映画を観にいって、突然のキスシーンやヌードシーンに気まずさを感じた体験を、今の子供たちにも味じあわせてあげたいなぁと思うんですよ。映画で感じる気まずさって、とても大切なものが含まれているとボクは考えているんです。
■井口監督の恋愛観、女性観を投影したセリフ
――青年期の大門豊(古原靖久)とミスボーグが禁断の愛に陥り、その後、ミスボーグから「あなたに話さなくちゃいけないことがあるの」と言われるシーンは大人の男もドキッとしますよ。
井口 人生はいろんなことがあるんだよってことを描きたかったんです(笑)。大門って純粋な男。正義のため、父親(竹中直人)の復讐のためだけに生きてきた男。そんな男が、使命以外のことを知ったらどーなるのか。もし、オリジナル版の大門が現代社会に生きていたら、どーなるのか、と考えたんです。多分、組織やら会社に疎まれ、つまはじきになって、うつ病になっちゃうんじゃないかと思うんです。
――あぁ、正義一直線だと、現代社会では"空気の読めないヤツ"になっちゃう。
井口 そうです。大門が考える正義以外にも、企業にとっての正義とか、いろんな正義があることに大門は直面する。そこで大門に様々な体験をさせ、人間として成長していくドラマにしたかったんです。AVや舞台や映画など、ボクがこれまでにいろんな現場で経験してきたことが反映されていると思います。
――第1部の終盤でのミスボーグ「女はすべてを壊さないと愛を実感できないのよ」、大門「そんなの分かりたくないよ」というやりとりはシビアな男女の会話ですね。井口監督の恋愛観、女性観が集約されているように感じます。
井口 あのシーンに言及してくれる人、あんまりいないんで、うれしいです! "大門は童貞である"というのがボクの解釈なんです。それで自分が童貞だったときに言われて困ったセリフって何だっけなぁと思いながら考えたシーンなんです。今回の『ザボーガー』に出てくる女性はほとんどサイボーグばっかりなんですけど、女たちはみんな、男に向かって過酷なことを要求するんです。
――自分の信念を貫くのか、愛を選ぶのか、大門の悩みは男全員にとって"究極の選択"ですね。
井口 そうなんです、そうなんです(苦笑)。人生って、しがらみなんです。仕事を取るのか、彼女を選ぶのか。さらに大門が信じる正義にも、いろんな種類の正義が存在することが見えてくる。大門はいろんなものの板挟みになっていくんです。
――脚本を書いているときは、ご自身の結婚話が進んでいた頃なんでしょうか?
井口 もう付き合い始めてましたけど、まだ具体的な結婚話はしてなかったかな。でも、この作品を撮りながらも感じたことだし、最近もよく思うのが"責任"という言葉ですね。やっぱり、ひとりの女性と一緒に生きていく上で、人としての任務というか責任が生じると思うんです。恋人を自分の家族にするというのは、やっぱりそれはボクの責任だと思うし。大門なら正義をまっとうするという使命があるし。そういうことは、脚本を書きながらも撮影中もずっと考えていましたね。
――最後に井口ワールドは今後どうなるのか教えてください。マニアックな道を極めるのか、メジャー路線へとシフトチェンジしていくのか?
井口 オファーがあれば何でも撮りたいというのが、ボクのスタンスなんです。自分としては先ほど話したみたいに、人間ドラマを撮りたいんです。ドラマの演出をするのはすごく好きだし、役者さんと芝居を模索しながら作れるものがやりたいですね。今、考えているのは思春期の少年少女を主人公にしたもの。特撮なしで考えています。それに、おじいさんやおばあさんが観ても「面白い」と思ってもらえる作品を撮りたい。高齢化社会と言われているけど、意外とおじいちゃん・おばあちゃんが楽しめる作品は少ないんじゃないかと思うんです。社会問題をテーマに、笑ったり泣いたりできる娯楽作品を撮っていきたいですね。「スシタイフーン」レーベルで作った新作ゾンビもの『ゾンビアス』(2012年2月公開予定)も、もうすぐ完成します。幅広く作品を撮っていきたいなと思っています。意外とまっとうなことを考えているんですよ(笑)。『片腕マシンガール』や『ロボゲイシャ』を撮っているんで、どうしても非常識でアナーキーな人間だと思われがちですけど、そんなことはないんです。信号はちゃんと青になってから渡りますし、ゴミが落ちていたら拾いますよ。常識がないと、逆にハチャメチャな作品は撮れないんです。そのことは声を大にして言いたいですね(笑)。
(取材・文=長野辰次)
『電人ザボーガー』
監督・脚本/井口昇 特殊造型・キャラクターデザイン/西村喜廣 アクション監督/カラサワ イサオ VFXスーパーバイザー/鹿角剛司 出演/板尾創路、古原靖久、山崎真実、宮下雄也(RUN&GUN)、佐津川愛美、木下ほうか、渡辺裕之、竹中直人、柄本明
配給/キングレコード、ティ・ジョイ 10月15日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー公開 <<a href="http://www.zaborgar.com"target="_blank">http://www.zaborgar.com>
●いぐち・のぼる
1969年東京都生まれ。8ミリ作品『わびしゃび』(88)がイメージフォーラムフェスティバルで審査員賞を受賞。平野勝之監督らのもとで撮影現場を経験する一方、松尾スズキが主宰する劇団「大人計画」の舞台でも役者として活躍。主な監督作に『クルシメさん』(98)、『恋する幼虫』(03)、楳図かずおの人気コミックを映画化した『猫目小僧』(05)、『まだらの少女』(05)、谷崎潤一郎の文芸作品を映画化した『卍(まんじ)』(06)、永井豪原作コミックをスプラッター化した『おいら女蛮』(06)、北米で爆発的セールスを記録した『片腕マシンガール』(07)、井口流過激なガールズムービー『ロボゲイシャ』(09)、伊藤潤二の原作イメージに近い『富江 アンリミテッド』(11)などがある。TVシリーズ『栞と紙魚子の怪奇事件簿』(日本テレビ)、『ケータイ刑事 銭形命』(BS-TBS)、『古代少女ドグちゃん』(毎日放送)などのチーフディレクターも務めた。自伝的エッセイ集『恋の腹痛、見ちゃイヤ!イヤ』(太田出版)は古書店で見つけたら、ぜひ手に入れたい名著。
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