東京電力福島第1原発事故によって、国が指定した区域外から九州や沖縄に自主避難した人々の間に、現地の教育委員会からの"ある通達"が困惑をもたらしている。
これまでは特例措置として、自主避難した家族の児童については住民票を移動することなく現地の学校への通学が認められてきたが、来年度以降はこの"特例"が認められないというのだ。
法律上では義務教育の場合、転居を伴う転校の際には住民票の移動が必要。各地の教育委員会によって毎年編纂される学齢簿も住民票をベースに作られるため、転校と住民登録は一体のものだ。自主避難の児童については一時的な措置として、現地への住民登録なしでの通学が認められているが、それ以前に自主避難の母子の多くは住民票を移したがらないという。なぜか。
「指定区域外からの自主避難ということで、『避難なんて大げさ』と夫や義父母などの周囲から必ずしも理解があるわけではないんです。避難している多くのママたちは周囲に必死で頼み込んだり、反対を押し切ったりしながら、肩身の狭い思いをして何とかここ(沖縄)で暮らしているのが実情。そんな状態なのに住民票を移したらどうなると思いますか。夫から『そんなにオレと離婚したいのか!』などとなじられたりして、たださえギクシャクしている夫婦仲がさらに険悪になってしまいかねません。教育委員会は、そんな自主避難者たちの事情をまったく分かっていないんです」
実際に、離婚に至ってしまったケースもある。
周囲の猛反対を押し切っての自主疎開に、夫が妻の自分に対する愛情を疑うという感情的なしこりもさることながら、住民票を移せない現実的な事情を抱える母子も存在する。前出の横浜市の主婦もその1人だ。「わたしも夫や姑の反対を押し切って、家出同然に避難したんです。
法律では転居を伴う転校の際には住民票を移動しなければならないと前述したが、もちろん例外もある。DVやストーカー被害などに遭った児童については、当事者と学校、教育委員会などとの話し合いによって住民票を移動しなくても転校が認められるケースもある。自主避難についても、これに準ずると考えてもいいのではないか。
「わたしもそう思っていたんですけど、12月の初旬に教育委員会から手紙が届いて、来年3月末までに住民登録して正式な転校手続きを取るようにと一方的に通告してきたんです。電話で教育委員会に問い合わせても『このままだと4月以降、今の学校に通えなくなりますからね。
こうした自主避難者たちの憤りに対して、教育委員会はどう答えるのか。那覇市教育委員会に話を聞いた。
「指定区域から避難者と区域外の自主避難者は明確に分けて、後者に関して自主避難を継続する場合には正式な転校手続きを踏まえるように、という文部科学省からの通達が11月の終わりにありました。そうしたこともありますし、やはり法律上でも本来転校には住民登録が必要ですので、自主避難の方々に通知させていただいたわけです。
「法律で決まっていることだし、自分たちの都合で避難しているわけだから、たかが住民登録のことで文句を言うのは身勝手だとは分かっているんですけどね......」と東京から沖縄市に疎開中の20代主婦は自嘲するが、それは違う。そもそも、自主避難者たちは物見遊山で九州や沖縄へやって来ているのではない。放射能被害から子どもたちを守るために、周囲との軋轢を引き起こしながらもやむにやまれず南の地に避難しているのだ。
確かに行政側の立場からすれば、実際の居住地と住民票の住所が異なるのは福祉手当の支給などの面で多少の不都合もあるかもしれない。
12月16日、野田佳彦首相は原発事故の「収束」を宣言した。これには多くの人々が違和感を覚えたが、そこには強引にでも事故を収束させたいという政府の思惑が透けて見える。そして、それは「自主避難を続けたければ住民票を移せ」という文科省からの指示にも同じことが言えないだろうか。避難者らが住民票を移さずに自主避難を断念して関東の自宅へ戻るもよし、住民票を移せば外形上は通常の転校と変わらなくなるので避難を継続してもよし。いずれにせよ、自主避難という政府にとって"不都合な事実"が消えてしまう――。そんなことを勘繰ってしまうのは、うがちすぎだろうか。
(文=牧隆文)
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