豊作と言われる2016年の日本映画界だが、その豊作をもたらした土壌について考えると複雑な感情を抱かずにはいられない。興収80億円を越える大ヒットとなった『シン・ゴジラ』、邦画の歴代興収2位となる200億円を越え、さらに記録更新中の『君の名は。
シリーズ第1作『ゴジラ』(54)に登場した怪獣ゴジラは核兵器に対する恐怖のメタファーとして描かれたが、庵野秀明総監督がリブートした『シン・ゴジラ』はメルトダウン化して制御不能状態に陥った核エネルギーの化身として首都圏を蹂躙した。日本が誇る科学力・技術力によってゴジラを凍結させることには成功するが、ゴジラ=廃炉化が決まった原発もしくは核廃棄物を完全に処理できないままドラマは終わりを迎える。生き残った矢口(長谷川博己)らに残された課題は相当に大きい。『君の名は。』は新海誠監督の定番である男女のすれ違いファンタジーだが、東京で暮らしている高校生・瀧(声:神木隆之介)は夢の中で体が入れ替わっていた女子高生・三葉(声:上白石萌音)が暮らしている町がすでに天災によって消滅していたことを知る。もしもタイムトリップが可能ならば、5年前に起きたあの大震災に対して自分は何かできたのだろうか。『君の名は。』がファンタジーとして感動的であればあるほど、震災に対して何もできなかった自分の無力さを思い知らされる。被災地に対して、多くの人が感じた“後ろめたさ”や“無力感”が産み落としたあまりにも哀しいファンタジーに感じられた。
苦労人・片渕素直監督にとって初めてのヒット作となった『この世界の片隅に』は2010年から企画が動き始めた作品だが、能年玲奈あらため“のん”演じる主人公のすずが体験する太平洋戦争を東日本大震災と重ねて観る人も少なくないだろう。広島で生まれ育ったすずは日本がなぜ戦争をしているのかを深く考えることなく、嫁ぎ先の呉での家事に追われることになる。
震災から5年が経過した2016年を代表する作品がアニメーションや特撮であったのは、日本人の心情にアニメや特撮という表現媒体が憑代(よりしろ)としてフィットしやすいことも要因ではないだろうか。先述した3作品の他にも震災がモチーフとなった映画が2016年は目立った。佐藤信介監督の和製ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』の序盤、パニック状態に陥った東京が壊滅していく過程はどこかデジャブ感を思わせるリアルさがあった。今のようなシステマチックな社会は、いつ破綻してもおかしくないという皮膚感覚に訴えかけてくる不気味さがあった。
西川美和監督の『永い言い訳』も震災がきっかけで生まれた作品に数えられる。『永い言い訳』の発端となるのは自然災害ではなく、スキーバスの転落事故だが、不慮の出来事によって大切な人に「さようなら」を伝えることができなかった後悔の念が作品のモチーフとなっている。妻(深津絵里)とは冷えきった夫婦関係にあった作家(本木雅弘)だが、事故で亡くなった妻への罪の意識から同じ事故の被害者遺族(竹原ピストル)の子どもたちの面倒を看ることになる。西川監督の師匠にあたる是枝裕和監督の『そして父になる』(13)や『海街dairy』(15)と同じく、血縁にこだわらない新しい家族像・人との繋がりを提示した作品として印象に残る。
岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』も3.11が生み出した作品のひとつだ。日本社会の息苦しさを嫌ってLAに移住し、『ヴァンパイア』(12)などの英語劇を撮っていた岩井監督だが、故郷の仙台が被災したことから帰国。
『君の名は。』をメガヒットに導いた東宝の川村元気プロデューサーが手掛けた『怒り』も“いま”という時代の空気感を濃厚に感じさせた。吉田修一の同名小説を渡辺謙、妻夫木聡、広瀬すずといったオールスターキャストで映画化したものだが、作品で描かれる“怒り”は単に凶悪犯に向けられたものではなく、怒りという感情を爆発させることができない人々の内面にフォーカスを絞ってみせた。沖縄の基地問題、性的マイノリティーに対する偏見など、誰に対して怒りをぶつければいいのか分からない現代人のやるせなさを代弁した作品だった。ひとつの作品で実質3本分の映画を撮影した李相日監督のタフさも特筆したい。
この5年間は“クラウドファンディング”が日本でも浸透しはじめた期間でもあった。
(文=長野辰次)
『この世界の片隅に』
原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ
出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外
配給/東京テアトル テアトル新宿ほか全国順次公開中
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
http://konosekai.jp
『太陽の蓋』
監督/佐藤太 脚本/長谷川隆 音楽/ミッキー吉野
出演/北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦、菅田俊、井之上隆志、宮地雅子、葉葉葉、阿南健治、伊吹剛 配給/太秦
(c)「太陽の蓋」プロジェクト/Tachibana Tamiyoshi
http://taiyounofuta.com
『クズとブスとゲス』
監督・脚本/奥田庸介 出演/奥田庸介、板橋駿谷、岩田恵里、大西能彰、カトウシンスケ、芦川誠 配給/アムモ98
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