ケータイを開けると、そこは“14歳の国”だった。その国には善悪の区別はなく、むきだしの感情と言葉の暴力がはびこっていた。
かつてシティボーイズ・ショーの作・演出をつとめ、1990年代以降は演劇ユニット「遊園地再生事業」を主宰している宮沢章夫が『14歳の国』を発表したのは1998年。誰もいない教室で教師が生徒の持ち物を検査したという話を新聞で読んだことがきっかけだった。正しいことをしていると思い込む教師側の高邁な精神と、それとは裏腹な生徒たちに隠れてコソコソと検査を行なうという卑屈な態度とに大きなギャップがある。また、90年代はブルセラショップが社会問題となり、97年には酒鬼薔薇事件を起こした犯人が14歳の少年だったことが大きな波紋を呼んだ。大人でもなく子どもでもなく、実体験を伴わない頭でっかちな情報と成長ホルモンとがアンバランスにせめぎあう14歳の心の中へ入っていくことは容易ではない。しかも、相手が集団となれば、ジャングルの中に丸腰で入っていくような緊張感を伴うことになる。
藤井監督が映画用にアレンジした『狂覗』はこんなストーリーだ。戯曲版にあったユーモラスさは、ほぼ消えた形になっている。ある中学校で男性教師が何者かによって暴行され、瀕死の状態になっているところを校長室で見つかる。
森先生の口利きでこの中学校に臨時教員として採用されることが決まった国語教師の谷野(杉山樹志)は、生徒不在時の所持品検査に抵抗を示す。だが、「生徒を貶めるためや罰するためやない。見えない生徒の内部構造をちょこっと覗く程度や」と、かつては熱血教師だった森先生に関西弁で捲し立てられ、簡単に言い含められてしまう。生徒たちのケータイには当然ブロックが掛かっているものの、クラスにひとりはガサツな生徒もおり、ブロックを掛け忘れているケータイが見つかる。そこから、生徒たちの闇サイトの実態が明るみになっていく。さらにこのクラスで起きる問題の中心人物と思われ、芸能人並みの容姿を誇る女子生徒・万田の存在もクローズアップされる。
教室という名の密室で繰り広げられるこのサイコミステリーは、出演者たちが衣装、美術、特殊メイク、音声などのスタッフワークもすべて兼任する形で、わずか5日間で集中して撮り上げられた。5日間のうち4日完徹というハードスケジュールでの撮影だったため、教師役を演じた出演者たちのやりとりはリアルにギスギスして映る。教師たちの心理状態に合わせて、カメラも観客の不安感を煽るように揺れ動く。撮影を兼任した藤井監督は、苦心して本作を撮り上げた動機について以下のようにコメントしている。
「撮影したのは2015年で共謀罪を意識したわけではありませんが、管理社会・監視社会の恐怖というのはほとんどの映画監督にとって共通のテーマだと言っていいと思います。共謀罪が話題になる前から、多くの映像作家たちがこのテーマを扱っており、それは戦前の治安維持法への反抗意識からくるものだと考えられます。原作にある“秘密裡に荷物検査する”というプロットに僕が惹かれたのはそんな理由からです。時事ネタではなく、常にある問題ではないでしょうか。
かつては誰もが経験し、すでに卒業したつもりになっていた“14歳の国”だが、藤井監督は現代社会を箱庭化した世界として再び我々の前に突き出してみせた。SNSの普及や少数派を排斥しようとする現代の不寛容さが加わり、“14歳の国”はますます複雑化している。10代の頃のような柔軟さや無邪気さを失ってしまった大人が、この国に再入国するにはかなりの覚悟を必要とする。
(文=長野辰次)
『狂覗』
原案/宮沢章夫 製作総指揮/山口剛 監督・脚本・撮影・編集/藤井秀剛
出演/杉山樹志、田中大貴、宮下純、坂井貴子、桂弘、望月智弥、種村江津子、納本歩、河野仁美、宇羅げん、小野原舞子
配給/POP 7月22日(土)よりUPLINK渋谷にて公開
(c)POP
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