自分の居場所がどこにもない、誰からも必要とされていない。現代人にとって、とても切実な問題だ。
アニメ『アルプスの少女ハイジ』は高畑勲、宮崎駿らがスイス・ドイツをロケハンして回った日本初の意欲的なテレビアニメだった。その甲斐あって、アルプスの雄大な山並みやアルムの村の暮らしぶりなどが見事にアニメーション化され、日本だけでなく世界中の人々を魅了する作品となっている。高畑勲、宮崎駿が大自然と人間とが共生する理想郷(後のスタジオジブリ作品に共通するテーマ)として描き出したアルプスの山小屋での生活が、今回の実写映画ではスクリーンにそのまま映し出される。肌着姿で野原を走り回るハイジ、屋根裏部屋の干し草のベッド、子ヤギのユキちゃんたちをペーターと一緒に放牧するシーン、とろけるチーズを乗せた美味しそうなパン、ソリに乗っての雪山の大滑降……。アニメ版でもおなじみの名場面を、上映時間111分の中にぎゅっと凝縮された形で楽しむことができる。
原作ではキリスト教色が強かったが、アニメ版と同様に今回の実写映画も宗教色は薄め。幼い頃に両親を失ったハイジ(アヌーク・シュテフェン)は、叔母デーテ(アンナ・シンツ)に連れられて、アルプスの山奥で暮らすアルムおんじ(ブルーノ・ガンツ)のもとを訪れる。
じを優しくハグする。小さな理解者を得て、アルムおんじはようやく心を開くことができた。祖父と孫娘との2人っきりの小さな家族が誕生した瞬間だった。
ハイジの成長談である本作を語る上で重要な存在となるのは、隣国ドイツの大都市フランクフルトで暮らす深窓の令嬢クララ(イザベル・オットマン)だ。大豪邸で暮らしている金髪の美少女クララだが、アルプスで野生児のように育つハイジと違って、足が不自由なために外出することができずにいる。
「なんでハイジだけ願いが叶うの? 私だって病気なのに!」
ずっと一緒にいようねと約束を交わした親友ハイジだけが幸せになることが、クララには許せない。教育係のロッテンマイヤー(カタリーナ・シュットラー)に監視された屋敷の中の生活しか知らないクララには、広い外の世界を知っているハイジが羨ましくて仕方なかった。富裕層の子どもとして生まれたクララと下流層に属するハイジという階級の異なる女の子同士の友情と確執が、本作に深い陰影を与えている。また、クララとハイジとのひと筋縄ではないガーリーな関係に、田舎育ちの純朴な少年ペーター(クイリン・アグリッピ)も振り回されることになる。
原作者ヨハンナ・シュピリが原作小説『ハイジの修業時代と遍歴時代』『ハイジは習ったことを使うことができる』を発表したのは1880年、1881年。
重松清原作、浅野忠信主演『幼な子われらに生まれ』もまた、居場所さがしの物語となっている。商社に勤める信(浅野忠信)と奈苗(田中麗奈)はバツイチ同士で再婚し、奈苗の連れ子である薫(南沙良)と恵理子(新井美羽)との4人で平穏に暮らしていた。ところが、奈苗が妊娠したことが分かり、家族の風景が一変する。生まれてくるのは信と奈苗の間にできた初めての子だが、娘たちが落ち着きを失っていく。特に小学校高学年の薫は、ことあるごとに信に噛み付くか無視するようになる。信にとって血の繋がった子どもが生まれてくることで、血の繋がらない自分たちの座るイスは失われるに違いないと恐れているのだ。
商社をリストラされ、出向先の倉庫で働き始めた信がそれでも文句を言わずに頑張っているのは、すべて家族を養うため。信はいい父親になろうとベストを尽くしてきた。
本作を撮った三島有紀子監督は、NHK時代に『トップランナー』『NHKスペシャル』などのドキュメンタリー番組のディレクターを務めた経歴の持ち主。重松清の原作小説をベテラン脚本家の荒井晴彦がシナリオ化した本作ながら、三島監督は大胆にもドキュメンタリータッチの作品として、順撮りでの一発撮りに挑んでみせた。荒井晴彦の書いたシナリオにはないアドリブでの台詞も少なからず含まれているものの、家庭崩壊の危機というテーマと演出スタイル、子役も含めた俳優たちのポテンシャルがうまく噛み合ったスリリングなドラマに仕上がっている。パッチワークのような、信たちの継ぎ接ぎ家族は無事に再生できるのかそれも失敗に終わるのか、最後まで目が離せない。
家族というと自分が生まれたときから当たり前のように存在するものだと思いがちだが、『ハイジ アルプスの物語』や『幼な子われらに生まれ』を観ていると、家族とは完成形として与えられるものではなく、様々な葛藤を経て築き上げていくものであり、また人間の成長や変化に応じて流動的に変わっていくものであることが分かる。どうやら、そのとき生きている人間の数だけ、いろんな形の家族像がこの世界には存在するらしい。
(文=長野辰次)
『ハイジ アルプスの物語』
原作/ヨハンナ・シュピリ 監督/アラン・グスポーナー
出演/アヌーク・シュテフェン、ブルーノ・ガンツ、イザベル・オットマン
日本語吹替え版/花澤香奈、茶風林、早見沙織
配給/キノフィルムズ 8月26日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(c)2015 Zodiac Pictures Ltd / Claussen+Putz Filmproduktion GmbH / Studiocanal Film GmbH
http://heidimovie.jp
『幼な子われらに生まれ』
原作/重松清 脚本/荒井晴彦 監督/三島有紀子
出演/浅野忠信、田中麗奈、南沙良、鎌田らい樹、新井美羽、水澤紳吾、池田成志、宮藤官九郎、寺島しのぶ
配給/ファントム・フィルム 8月26日(土)よりテアトル新宿、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
(c)2016「幼な子われらに生まれ」製作委員会
http://osanago-movie.com