「これは僕なりの教育です。今の時代、教師の立場は無力です。
井上真央がスクールカウンセラーを演じる社会派ミステリー『明日の約束』(フジテレビ系)の第9話。最終回直前ということで、日向先生(井上真央)を雁字搦めにしていた問題の数々がいっきに真相解明へと向かっていきます。実質的な最終回といえるほど、盛りだくさんな内容でした。視聴率がずっと低迷していたために打ち切りになることも想定していたのかなと勘ぐってしまう、怒濤のミステリー解決編となったのです。
まず『明日の約束』の最大の謎は、誰が吉岡圭吾(遠藤健慎)を自殺へと追い込んだのかということ。心優しい圭吾がクラスで無視されるようになったきっかけを演出したのはクラス担任の霧島先生(及川光博)であることを知り、日向先生は驚愕します。日向先生には親切だった霧島先生ですが、実は恐ろしい悪の仮面ティーチャーだったのです。しかも自分では手を下さず、思わせぶりな発言で生徒たちを誘導し、あたかも圭吾をチクリ魔のように仕立てたのでした。子どもたちを思うがままに遠隔操作し、霧島先生はほくそ笑んでいたのです。
問題のある生徒もしくはその兆候のある生徒への戒めだったと、仮面ティーチャーは告白します。
霧島先生は以前いた高校で女子生徒から告白されたことがあると語っていましたが、どうやらその女子生徒は霧島先生から拒絶されたことを逆恨みし、性的暴行を受けたとでっちあげたようです。その噂を圭吾の母・真紀子(仲間由紀恵)は耳にしており、「同じ問題を繰り返さないでくださいね」と霧島先生にクギを刺したのでした。真紀子のケアレス・ウィスパーが、愛する我が子を悲劇へと追い込んでいたとは……。
真紀子以外の保護者からも散々に振り回されてきた過去がフラッシュバックしたらしく、霧島先生は整った顔を苦しそうに歪めます。今、いちばんカウンセリングが必要なのは霧島先生でしょう。仮面ティーチャーは、保護者からのクレームに反論しにくい学校教育の犠牲者のひとりでもあったのです。
■千尋の谷にチワワを突き落とす日向先生
前回、真紀子と刺し違える覚悟で家を飛び出してきた圭吾の妹・英美里(竹内愛紗)ですが、父親(近江谷太朗)のお金でホテル生活を送り、落ち着いた様子です。英美里は児童相談所に保護されることを望んでいましたが、家を出るには両親への聞き取り調査など時間が掛かることを日向先生は伝えます。でも、家族から一定の距離を置くことで、自殺を考えていたときのような情緒不安定さはなくなったようです。英美里のことを心配していたバスケ部マネジャーの増田(山口まゆ)も、第1話で流血騒ぎを起こしたネグレクト母ともう一度きちんと向き合うつもりだと日向先生に告げます。子どもたちの前向きな姿が、日向先生の背中を押すのでした。
自宅に戻った日向先生は、母親・尚子(手塚理美)から小学生の頃に強制的に書かされていた交換日記「明日の約束」を開きます。
「12歳になったとき、日記の返事を書くのをやめた。母はそのことを責めたけど、私は頑なに無視し続けた。これ以上できない約束を増やしたくなかったから」
日向先生の心の声によって、『明日の約束』という番組タイトルは“できない約束はしない”という反語的な意味が込められたものだったことが明かされます。そんなとき、日向先生のスマホが鳴ります。第7話のラストで日向先生を殴り飛ばし、髪を鷲掴みにした本庄(工藤阿須加)からでした。「久しぶりに食事でもと思って」「もう二度とあんなことしない」と愛情に飢えたチワワのように擦り寄ってくる本庄に対し、日向先生はきっぱりと言い渡します。
「カズ、私たちはもう会わないほうがいいと思う。カズのせいじゃない、私の問題なの。3年も付き合ってたのに、私はカズと結婚したり家族になることをイメージしていなかった。私は今まで目をそらし続けてきたんだと思う。
クリスマスを直前に控え、千尋の谷へと突き落とされたチワワ、いや本庄でした。でも、本庄の表情はどこか清々しさも感じさせます。恋人だった日向が長年抱えていた問題の核心部分を突き止めたことがうれしいのです。溜め込んでいた感情を爆発させ、つい暴力を振るった本庄ですが、根はいいヤツです。勝手な臆測ですが、職場の後輩(草刈麻有)あたりと仲良くなるんじゃないでしょうか。
日向先生の勤める高校はいじめが横行する悪の巣窟として世間からのバッシングに遭っていましたが、人気女性タレントが不倫した挙げ句に殺人を犯した事件が話題となり、マスコミもネット民もあっさりと興味の鉾先を変えてしまいました。嵐は過ぎ去ったようです。日向先生は英美里から頼まれて、小嶋記者(青柳翔)のいる「週刊ワイド」編集部へと向かいます。圭吾の母・真紀子が息子の部屋を盗聴していた音声データを預かるためでした。
日向先生の前ではいつもメガネをして、タバコをくゆらせている小嶋記者ですが、どうやらこれは伊達メガネのようです。カウンセラーである日向先生に自分の内面を読まれないようWARUぶってみせている小嶋記者ですが、圭吾が自殺した原因は、母親である真紀子ひとりの責任ではないことに気づいている数少ない人間でした。高校を退学になる寸前だったバスケ部・長谷部(金子大地)の窮地を救ったのも、小嶋記者の取材力のお陰でした。日向先生と小嶋記者はもっと違う形で出逢っていれば、仲良くなっていたのかもしれません。
■向き合うのではなく、横に並ぶという気づき
警察の捜査網をかいくぐり、逃亡生活を送っていた香澄(佐久間由衣)が久しぶりに日向先生の前に現れました。最後に霧島先生を襲うつもりだったけど、もうやめたと日向先生に告げます。圭吾が亡くなってから、ずっとこの問題に向き合ってきた2人は、話しているうちにある事実に気づきます。圭吾を死に追い詰めた真犯人を探し出しても意味のないことだと。結局、犯人探しは誰かひとりに責任を負わせ、自分は無罪であると思い込みたいエゴでしかないのだと。自分には関係がない。家庭の問題には口が出せない。
「うまく言えないけど、誰のせいで吉岡くんが死んだのかという考え方は間違ってた気がする。私のやるべきことは犯人探しじゃない」
それが、日向先生が3カ月間かけて導き出した答えでした。警察に自首するという香澄に付き添った日向先生は、校長先生(羽場裕一)に霧島先生が裏で暗躍していた事実を報告し、そのことを裏付けるパソコン上の記録も提出します。自分がやった悪事の数々を細かく記録していた霧島先生の几帳面な性格が災いした格好です。日向先生は圭吾から自殺前夜に告白されていたことも校長に打ち明け、退職願を出すのでした。一緒に退職するはめになった霧島先生は怒りを通り越して、日向先生の手際のよさを褒めたたえます。
自宅に戻った日向先生は、母親である尚子に対し正面から向き合うのではなく、キッチンで横に並んで一緒に夕食の準備を始めます。「ひなちゃん、昔からシチューが好きだったわよね」という母親の言葉に、この日の日向は笑顔で応えることができたのでした。
せっかく第8話で6.0%まで回復した視聴率ですが(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、第9話は5.1%とまた下降してしまいました。でも、日向先生のやるべきことが犯人探しではなかったように、『明日の約束』が求めていたものも視聴率ではなかったのではないでしょうか。
第9話のラスト、愛する息子・圭吾が自殺した部屋で、圭吾と同じようにロープを手にして佇む真紀子。息子が味わった孤独感と苦しみを真紀子も体験しようとします。最終回、さらに地獄の底へ堕ちていこうとする宿敵・真紀子を、日向先生は果たして救うことができるのでしょうか?
(文=長野辰次)