「悩み続けるしかないんだと思います。親の思い込みや決めつけは、子どもにとってつらいんです。
井上真央主演の社会派ミステリー『明日の約束』(フジテレビ系)の最終話。視聴率の低迷から途中打ち切りにならないかと心配された井上真央の復帰作でしたが、なんとか全10話を完走しました。前回までに誰が吉岡圭吾を自殺に追い詰めたのかという謎解きは済ませていたので、最終回はスクールカウンセラー日向先生を演じた井上真央の、主演女優として圧巻演技が炸裂した50分間となったのでした。
いつもはドラマのエンディングを飾っていた東方神起が歌う主題歌「Reboot」が流れる中、胸騒ぎのラストエピソードが幕を開けます。愛する息子・圭吾(遠藤健慎)を自殺で失った最凶毒親・吉岡真紀子(仲間由紀恵)との戦いも最終ラウンドです。小嶋記者(青柳翔)から預かった圭吾の肉声が残された音声データを、日向先生は真紀子の家へと届けに行きます。これまで日向先生のことを拒絶していた真紀子ですが、この日はどうも様子が違います。日向先生が圭吾の仏壇に「線香をあげたい」とお願いすると、あっさり「どうぞ」と許可したのでした。
自殺を考えている人は、無意識のうちにSOSを発していると言われています。日向先生が圭吾の遺影に向かって手を合わせると、近くに真紀子が書いた遺書らしきものがあることに気づきます。圭吾の肉声が唯一残されている大切な音声データは、水槽の中に投げ込まれていました。真紀子が後追い自殺を考えていることを、日向先生は察知します。
死んであの世にいる圭吾に、自殺の原因は本当に自分なのかどうかを確かめたいと口走る真紀子。短大を卒業後、親から言われるがままにお見合い結婚し、23歳のときに産んだ圭吾だけが真紀子の生き甲斐でした。真紀子は自分が理想の母親になることで、圭吾に幸せな人生を歩ませようと誓ったのです。自分自身にとっても、そして圭吾にとっても絶対的なユートピアとなる理想の家庭を築き上げることに尽力した真紀子でした。でも、大人にとっての完成されたユートピアは、未来のある子どもにとっては自由のないディストピアとなってしまうのです。
最愛の息子を失い、高校を訴える裁判も取り止めになり、生きる気力を失った真紀子に向かって、日向先生は圭吾から自殺前夜に告白されたことをようやく打ち明けます。「あなたのせいで圭吾が!」と真紀子は詰め寄りますが、そんな真紀子の怒りと憎しみを敢えて日向先生は受け止めるのでした。
「それで真紀子さんが生きようと思うのなら、それでもかまいません。あのとき、答え方が違っていたら何かが変わっていたかもしれません。私は心の苦しみを汲み取ってあげられなかった。ごめんさない」
日向先生が胸の内をさらけ出したことで、真紀子は圭吾が死んで苦しんでいるのは自分ひとりではなかったことに気づきます。
■これが見納め、毒親・尚子の鬼顔スマッシュ!
女子プロレスラーの豊田真奈美選手は、11月に行われた引退試合で前代未聞となる54人掛けのラストファイトを披露しましたが、最終話の日向先生/井上真央もそれに近いものを感じさせました。真紀子との息詰まるバトルの後は、もっとも身近で、いちばん扱いにくい実の母親・尚子(手塚理美)との決着戦です。
圭吾の自殺騒ぎに日向の婚約解消といろいろありましたが、この夜は尚子と日向は一緒にコタツに入って、珍しくまったりモードです。「どこか温泉でも行かない?」と尚子は機嫌よさげです。せっかくの母娘の団欒タイムでしたが、日向は意を決して「家を出ていく」と尚子に告げるのでした。
「何よ、それ。ママに相談もなしで。ねぇピッピ、聞いた? また日向が変なこと言うのよ~」
例によって日向が自己主張すると、尚子は文鳥のピッピちゃんに呼び掛け、家庭内議会での多数派であることを誇示するのでした。そして3カ月間ハラハラドキドキしどおしだった、背面からの振り向きざまの鬼顔スマッシュを決めます。
「本気で言ってんの、あんた? 日向はそんなにママのことが嫌いなの?」
毒とドスの効いた尚子の高圧的な台詞に対し、日向は一度まぶたを閉じ、ためをつくってから乾坤一擲となる言霊を口から吐き出します。
「嫌いじゃないよ。
毒親の恐ろしさは、本人が「自分は毒親」と気づいていないことです。日向は涙をボロボロとこぼしながら、尚子の押しつけがましい愛情に子どもの頃から苦しんできたことを訴えます。それでも尚子はまだ自分の非を認めようとはしません。
「あんたなんか二度と顔も見たくない! やっぱりママのことが嫌いなんでしょ。ちゃんと嫌いって言ってから、出ていきなさいよッ」
日向はこのとき、ずっと研ぎ澄ましてきた優しいナイフで尚子に斬り掛かります。
「言わない。自分を産んでくれた人のことを嫌いになることは、自分を嫌いになることと同じことだから」
■日向先生がテレビ界に残したものとは?
2人の毒親とのデスマッチを終えた日向先生は、高校に残される生徒や教師たちに終業式の場でラストメッセージを贈ります。井上真央は主演映画『八日目の蝉』(11)や『白ゆき姫殺人事件』(14)に代表されるように、“受け”の芝居が抜群にうまい女優です。『明日の約束』でも手塚理美や仲間由紀恵のテンション高めな演技に対し、抑えた芝居でずっと応え続けました。演技キャリアのない若手俳優たちとの共演シーンでは、相手のまっすぐな演技を引き出してみせました。でも視聴率は低迷したまま。そんな中でブレずに腐らずに自分の芝居を貫き、そして最後の最後に女優としての底力を発揮してみせます。
「私がいちばん許せないのは、吉岡圭吾くんです。亡くなった人を否定的に話すのはよくないと思います。でも、私は今を生きている人に言いたいのです。自殺という行為を、つらい現実から逃げるための手段と思ってほしくないんです。吉岡くんにも生きて逃げる勇気を持ってほしかった。生きることから逃げさえしければ、人はやり直せるから。幸せが約束された明日ではなくても、それでも明日も生きていることが大切だと信じてください」
ノーサイドの時間です。これまで日向先生を窮地に追い込んできた小嶋記者や仮面ティーチャー・霧島先生(及川光博)は日向先生の名スピーチを褒め讃えて学校を去っていきます。日向先生から別れを告げられた年下の恋人・本庄(工藤阿須加)は「今の仕事を辞めて、医大を再受験する」とのことです。16歳のひとりの少年が自殺を遂げたという悲しい事実は変わりませんが、日向先生と共にこの事件に関わった人たちは、ほんの少しですが成長を遂げ、生きていくことの重みを背負う覚悟ができたのではないでしょうか。
最後に関西テレビが制作した『明日の約束』の功罪について考えたいと思います。
オリジナルストーリーであることを謳っている『明日の約束』ですが、2016年に出版されたノンフィクション『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』(福田ますみ著、新潮社刊)が企画のベースになっていることは明らかです。もちろん、『モンスターマザー』には日向先生のようなスクールカウンセラーは登場しませんし、『明日の約束』はフィクションドラマとして独自の展開をしています。実際に05年に起きた高校生自殺事件の傷跡が当事者たちには、まだ残る『モンスターマザー』を原作本としてクレジットすると諸々問題があったのでしょうが、関西テレビと新潮社側とでうまくコミュニケーションできていれば、双方にとって効果的な宣伝もできたように思います。例えば、原作として明記するのではなく、「原案」や「企画協力」にするとか。『モンスターマザー』で書かれている毒親のリアルな凄まじさや性善説に基づいた学校教育の危うさは、もっと知られるべきでしょう。日本のテレビ界に社会派ドラマを定着させるための課題も残した番組だったと言えそうです。
10月の番組スタートからずっと苦虫を噛み潰したような表情だった日向先生でしたが、最終回では毒親との和解を果たしたバスケ部マネジャーの増田(山口まゆ)や真紀子の娘・英美里(竹内愛紗)の元気そうな近況を知り、ようやく明るい笑顔を見せてくれました。自分のことよりも、子どもたちの幸せを喜ぶ日向先生が、とても神々しく思えた瞬間でした。
(文=長野辰次)