特にアラフォー以上のテレビディレクターと話をしていると、不意に「トシちゃんが好き」「トシちゃんと仕事したい」という声を耳にすることがある。

 同世代の筆者からすると、その気持ちはよくわかる。

幼少期に見た『教師びんびん物語』(フジテレビ系)をはじめとした田原主演のドラマは一世を風靡していたし、「ジャングルJungle」等のヒットシングルはチャートの記録以上に世を席巻。取り沙汰された「僕はビッグ」発言も、三浦知良へと受け継がれる“伊達男”のキャラクターをセルフパロディした意味合いが多分にあり、正直、悪いイメージをあまり抱いていない。気取り屋を必要以上に振る舞うことで、逆に気取っていなかったような印象さえあるのだ。

 かつて、彼はどういうポジションにいたか。沢田研二→田原俊彦→木村拓哉という“時代の寵児”の系譜があり、現在にまで至る……と表現するとわかりやすいだろうか。田原俊彦はそういう存在だった。

■「結婚する33歳まで死ぬ気でやる!」

 6月23日に放送された『サワコの朝』(TBS系)に、田原がゲスト出演した。現在の主な活動場所はディナーショー。レギュラーを務める『爆報!THE フライデー』(同)以外の番組で彼を見かけると、レア感というかプレミア感が放出される。

 ゲストの半生を振り返るのが、この番組の常。TBSだけに、まず掘り起こされるのは『3年B組金八先生』、要するに「たのきんトリオ」だ。田原は3人のキャラの違いをこう分析する。



「僕がスイーツな感じで、マッチ近藤真彦)がワイルドな感じで、ヨッちゃん(野村義男)がギター弾く! っていう」

 なんと田原、原宿で野村がジャニー喜多川氏にスカウトされる場面を目撃していたという。

「Jr.のみんなに、ジャニーさんが『スケート行こう!』って連れて行ってくれて、代々木のスケートリンクに。その時にヨッちゃんがスケボーか何かやってたんですよ。ものすごいかわいらしくて、ジャニーさんがその時スカウトしたんですよ」

 そして、マッチとの関係性について。

「(マッチと)シリアスな話、そんなしたことないですねえ。彼はその後、レース始めましたけど『早く免許取って、こんな車買いたーい!』とか」

 アイドル時代の自身についてはどうか?

「自分の置かれている立場は恵まれてたし、田原俊彦がやらなきゃいけない使命感っていうのがいつしか芽生えて『最低10年は死ぬ気でやるぞ!』っていうのがなんとなくありましたね。10年は死ぬ気でやって、33歳で結婚するぞ! っていうのが」

■独立と同じタイミングだった“ビッグ発言”

 予定通り、田原は33歳で元モデルの女性と結婚。そして94年2月、長女の出産会見において「何事(結婚も出産も)も隠密にやりたかったけど、僕ぐらいビッグになっちゃうとそうはいきません」と発言して世間のひんしゅくを買い、干されることとなる。

 当時、この会見はかなり話題になった。ビートたけしが「ビッグになったって言われても、こっちは『トシちゃんで~す』って言ってた頃を覚えてる」と東京スポーツ紙上でネタにしていたほどだ。

 この“ビッグ発言”については、ワイドショーが会見の映像に悪意ある編集を施し「天狗になった田原」を印象付けるよう情報操作を行ったものであると、2011年10月21日放送の『爆報!THE フライデー』が検証している。

「ここだけ切り取られるとね(笑)。

ここに至るまでの経緯というのがありまして、僕、写真週刊誌からすごくターゲットにされたんですよ。女の子とデートすれば撮られて、ひどい目に遭ったんです(笑)。で、マスコミに『NO!』って感じになってしまった僕がいたんですね。戦うじゃないんですけど、そんな構図になってしまって」

「長女が生まれて、さすがに僕も生活ができないんですよ。マンションも病院も周りに迷惑がかかっちゃうし、『これは表に出なきゃダメだな』って。で、自分の中で精いっぱいジョーク交えてやってるつもりなんだけど、(マスコミは)『よし、来たな』『やっつけたろう!』と思ったんじゃないですか」

 会見の前年より田原はジャニーズ事務所からの独立を画策しており、94年3月、ついに念願の個人事務所を設立。求心力が低下する頃合いと“ビッグ発言”のタイミングは見事にかぶっており、マスコミからの攻撃対象になりやすい時期にあった。パワーバランスとしても、障壁なくはしごを外すことのできるタレントに田原はなっていたのだ。

「人のせいにするんじゃなくて、僕がそういう行動を取って、そういう場面を作ってしまったんで、それは後付けだと思うんですよね。あの時に僕に力があれば、全然そんなの吹き飛ばせたと思うし。そんなに、みんなが思うほど干されたっていう気持ちはなくて、『干されたのは俺に力がないからでしょ?』っていう」

「(コンサートの)会場も小さくなるし、お客さんが離れたなっていうのもリアルにわかったし」

 司会の阿川佐和子から引き出される形で、田原はジャニーズ事務所からの独立についても触れている。

田原「何しろ、あの時の僕は自由が欲しかったんですよ。
自由! 何よりも『ほっといて。もう、いいから』っていう(笑)。だから、ある意味ねえ、スッキリしたっていうか安心した僕もいましたよ」

阿川「逆に仕事が減ったことで?」

田原「そうですね」

阿川「例えば、転職しようかなっていう気持ちは……?」

田原「まったくないですね! ないなあ」

阿川「どうして?」

田原「だって、田原俊彦ですから」

 露出が減っても、なんだかんだやっぱり田原俊彦。見かけさえすれば、変わらずプレミア感があるのはさすがだ。彼は、現状についてこう述べている。

「楽しいですよ、今は」

(文=寺西ジャジューカ)

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