日本では「キング夫人」の呼び名で知られてきた、女子テニス界の名選手ビリー・ジーン・キング。女子テニス最強プレイヤーとして長年にわたって活躍する一方、女子テニス協会の設立メンバーでもあった。
1960年代から活躍を続けたプロテニスプレイヤーであるビリー・ジーン(エマ・ストーン)の闘いの場は、コートだけではなかった。男性上位が当然とされた当時、女子テニスプレイヤーたちの賞金額は男子の八分の一に過ぎず、ビリー・ビーンは納得できなかった。ビリー・ジーンたちの熱戦によって会場は女子の試合でも満席となっており、観客動員力は理由にはならない。全米テニス協会の役員は「生物学的に男のほうが優勢だからだ」と当然のように説明する。男が家庭を守り、社会も守っているので、男の報酬が高いのは当たり前だと協会のお偉い方は考えを改めようとはしなかった。
ビリー・ジーンは行動する。女子テニスのトップ選手たちに呼び掛け、全米テニス協会を脱退。女子テニス協会を新たに立ち上げる。当時のビリー・ジーンは29歳。
時代の波に乗る女子テニス界に、挑戦状を送りつけるひとりの男が現われる。元男子王者のボビー・リッグス(スティーブ・カレル)だった。現役を離れ、55歳となっていたボビーだが、全盛期の脚光を集めていた日々が忘れられない。「男性至上主義のブタvsフェミニスト」という自虐的なキャッチフレーズでテレビ局に売り込み、ついに前代未聞の現役最強女子と元男子王者との異色対決が実現することに。世界中にテレビ中継され、9,000万人がこの「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性差を越えた戦い)」を観戦する。
女性運動が盛り上がった70年代に実際に行なわれたテレビマッチを再現したシンプルなノンフィクションストーリーだが、本作の面白さはコートでは無敵の女王として君臨したビリー・ジーン、アスリートとしての全盛期は過ぎたもののマスコミ向けのリップサービスに磨きがかかるボビー、どちらもプレイベートな闘いを同時に強いられていたという点だ。ビリー・ジーンは後にレズビアンであることをカミングアウトするが、当時は弁護士のラリー・キング(オースティン・ストウェル)と婚姻関係にあった。ラリーはビリー・ジーンのツアー中心の生活に理解を示していた。そんな中、ビリー・ジーンは美容師のマリリン(アンドレア・ライズブロー)と出逢い、お互いに強烈に惹かれ合う。だがコートとは違い、同性との恋愛、しかも不倫愛にビリー・ジーンはなかなか大胆になれない。マリリンへの捨てがたい感情を抑えながら、ビリー・ジーンは世界ツアーでの転戦、女子テニス協会の運営、そしてボビーからの挑戦を受けて立つことになる。
対するボビーはビリー・ジーン人気に便乗しようとするお調子者にしか見えないが、彼には彼の負けられない事情があった。現役を引退し、妻プリシラ(エリザベス・シュー)と息子との生活を守るため、会社員として働くようになったものの、デスクワークはどうも性に合わない。刺激を求めてギャンブルに熱中するあまり、プリシラから離婚を言い渡される。一家崩壊の危機だった。世界中が注目するこの試合に勝つことで、夫として父親としての威厳を取り戻したかった。カメラの前でビリー・ジーンをおちょくり続けるボビーだが、切実な想いで試合に臨んでいた。
本作を撮ったのは、ホームコメディ『リトル・ミス・サンシャイン』(06)をヒットさせた夫婦監督のヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン。女性からの視点、男性からの視点のどちらかだけに偏ることなく、好奇の目で観られていた男女対抗戦をスポーツエンターテイメントとしてまとめ上げている。テニス特訓に励み、70年代のマッチョな女性アスリートに成り切ってみせたエマ・ストーン、『リトル・ミス・サンシャイン』に続いて憎めない変人を演じてみせたスティーブ・カレルの快演が楽しい。デザイナーのテッド役を好演したアラン・カミング、ビリー・ジーンの優しい夫ラリー役のオースティン・ストウェルも印象に残る。
BGMとうまくマッチした名シーンが、本作の中盤に用意されている。お互いに強く惹かれ合うビリー・ジーンとマリリンが2人でドライブする場面だ。ここで流れるのはエルトン・ジョンのヒット曲「ロケットマン」。宇宙飛行士の孤高さを歌った美しい歌だが、ツアーで多忙を極めるロックスターの悲哀も重ね合わせてある。また、エルトン・ジョンは80年代に一度女性と結婚するも4年で離婚、2005年に同性と結婚することになる。つまりロケットマンとは、誰にも悩みを打ち明けることができない孤独な人間のこと。そんなロケットマンのひとりだったビリー・ジーンが、本当の自分を理解する恋人とようやく出逢いを果たす。ヴァレリー&ジョナサンいわく「ちょうど、1973年のヒット曲だから選曲したんだ。
7月7日(土)より公開が始まる瀬々敬久監督の『菊とギロチン』も“女の闘い”をテーマにした意欲的な歴史ドラマだ。女子プロレスにバトンを渡し、現在は興行が途絶えてしまった女相撲だが、江戸時代中期から明治・大正・昭和初期には女相撲の興行が各地で行なわれた。女性ならではの華やかさと観客の想像を上回る力強さを併せ持った女力士たちは、興行先の人々を魅了した。女相撲の歴史を知ると、「土俵は神聖な場であり、女性が土俵に上がると穢れる」という言説は、大相撲が生み出した迷信であることが分かる。日本相撲協会が「女人禁制」に固執しているのは、自分たちの利権を守ろうとしてきた先人たちの頑迷さを盲目的に受け継いでいるに過ぎない。
“テニスの女王”ビリー・ジーンも、土俵に生き甲斐を見出す『菊とギロチン』の主人公・花菊(木竜麻生)も、闘う相手は目の前にいる対戦相手ではない。本当に闘っている相手は、社会の偏見や既得権益の上にあぐらをかく輩たちだ。自由な生き方を認めようとしない排他的な保守勢力に向かって、ビリー・ジーンは強烈なスマッシュを、花菊は逆転の内無双を放っていく。
(文=長野辰次)
『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』
監督/ヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン 脚本/サイモン・ボーフォイ
出演/エマ・ストーン、スティーブ・カレル、アンドレア・ライズブロー、サラ・シルヴァーマン、ビル・プルマン、アラン・カミング、エリザベス・シュー、オースティン・ストウェル、ナタリー・ラモレス
配給/20世紀フォックス映画 7月6日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー
c)2018 Twentieth Century Fox
http://www.foxmovies-jp.com/battleofthesexes/
『菊とギロチン』
監督/瀬々敬久 脚本/相澤虎之助、瀬々敬久
出演/木竜麻生、東出昌大、寛一郎、韓英恵、渋川清彦、山中崇、井浦新、大西信満、嘉門洋子、大西礼芳、山田真歩、嶋田久作、菅田俊、宇野祥平、嶺豪一、篠原篤、川瀬陽太 ナレーション/永瀬正敏
配給/トランスフォーマー 7月7日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開 (c)2018「菊とギロチン」合同製作舎
http://kiku-guillo.com
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