「リア充(リアルが充実している)」という言葉が使われ始めたのはいつ頃だったろう。

 おそらく、ネットの中で力を持ち始めた大型掲示板あたりが最初だと思うが、「自身はリア充ではない」と自認している人が、「リア充爆発しろ!」などと書き込みをするようになって、徐々に広まっていったのではないかと思われる。



 つまり、非リア充側が、リア充側を敵視する時の力が、大きな原動力となったのだろう。

 ここで考えてみたいのだが、“非リア充”という言葉には、二つの意味が内在している。一つは文字通り「今のリアルが充実していない」こと、そしてもう一つは「リアル以上に非リアル(妄想の世界)が充実している」ことだ。

 dTVで配信されている、栗山千明主演ドラマ『婚外恋愛に似たもの』第3話のメインキャストである売れっ子経営コンサルタント・隅谷雅(平井理央)は、完全に後者である。

 大物資産家の父のもとに生まれ、勉強も仕事も一番だった。見た目も申し分のない美人で、「この人がリア充じゃなかったら、いったい誰がリア充なんだ?」と思われるほどだろう。しかし、彼女はバリバリと仕事をこなす一方で、近づいてくる男に興味も示さず、ただひたすらに推しである「スノーホワイト」のチカちゃん増子敦貴)を「自分の夫」と思い込み、日々応援に明け暮れているのだ。まさに“推しとの非リアルが現実を凌駕している状態”だろう。

 もちろん、男性ヲタ界隈でも、好きな女性アイドルを「俺の嫁」と呼んではばからず、家に帰れば彼女のポスターを見たり音楽を聴いたりして過ごす人は少なくない(本来の夫婦は、部屋に妻の写真を過剰に貼ったり彼女の歌を聴いたりはしないだろうが)。しかし、雅のように、リアリストな面と夢見がちな面を、自分の中で共存させている例は、さすがに珍しいだろう。

 今回、もう一点象徴的だったのは、いわゆるエリート(=仕事ができる)のドルヲタの存在である。

 アイドルの現場では、とにかく湯水のようにお金を落としていく人、通称“財閥ヲタ”が存在する。
CDやグッズを買い占め、特典会では何回もループ(繰り返し並ぶこと)をし、地方での公演があれば、どこまででも追いかけていく。確かに、もともと家が裕福な人もいると思うが、話を聞いてみると、やはり会社である程度の役職についていたり、高収入であったりする人が多いのも実情だ。

 雅や財閥ヲタのように、何もかも恵まれている人がアイドルにハマるのには、どのような背景があるのだろうか。私はそこに、“お金では買えない存在に、お金をかければ近づくことができる”という心理が働いているように思う。

 そもそも、財閥ヲタは金持ちである。そして、今の日本において、お金で買えないものはほぼないだろう。そんな中で、“アイドル”と“彼(彼女)の心”は、お金ではとうてい手に入るものではないのだ。

 人間は欲深いとよく言われるが、まさにその通り。一通りのものが手に入れられる環境に置かれると、次に欲しくなるのは、“それでも手に入らないもの”なのだろう。アイドルにハマる財閥ヲタは、それを象徴した存在だと言える。

 雅は、それほどチカちゃんにハマっていながら、そのことを周囲にはひた隠しに隠している。個人でコンサルを営む彼女にとっては、世間の評判は大きくビジネスに影響するからだ。


 そんなある日、雅がドルヲタであることを公表する怪文書が、取引先の会社に次々と送られてくる。契約中止の連絡が相次ぎ、途方に暮れた雅であったが、美佐代(栗山千明)の助言により、その出どころを突き止めようとする。以前勤めていた会社に入り込み、犯人と思われる人を問い詰めてみると、今回の事件を指示したのはなんと、会長である、雅の父だった。

 いわゆる“親バレ”である。

 正確にリサーチしたわけではないが、ドルヲタの多くは、自身の趣味を親には隠しているケースが多い。実家で同居していれば、親に怪しまれ、カミングアウトすることもあるかもしれないが、離れて暮らしていれば、親バレするメリットはほぼ何一つない。

 雅のように、アイドルと“脳内結婚”し、現実で家庭を持つことにまったく興味を示さなければ、親としては子供の将来が心配でならないだろう。もちろん、親世代からすれば、ドルヲタというものが理解しにくい存在だということもある。私自身のことを考えてみても、テレビでドルヲタのドキュメンタリーなどが流れると、実家の親から電話があり「あんなふうにだけはならないように」と釘を刺されるのである。

 日本には昔から「知らぬが仏」ということわざがある。親に余計な心配をかけず、また、親から余計な干渉を受けずに済むのであれば、自分の趣味などというのは隠しておいたほうが幸せなのかもしれない。

 それはもちろん、リアルな世界での恋人やパートナー、ドラマの中で“息子バレ”をしてしまった昌子(江口のりこ)のように、多くの家族に知られてしまうことは、ドルヲタとして最も避けるべき危機のひとつなのである。


 そして、もう一つ、隠しておいた方がいい理由がある。人間にとって、楽しみというのは、密かであれば密かであるだけ、なんとも言えない甘美な魅力を放つものなのだ。仕事先にも、親にも、パートナーにも言えない。そんな“背徳感”を楽しむのもまた、アイドルの魅力であると思うのだ。

 次回、雅は、ドルヲタであることを世間に公表し、苦境に追い詰めた張本人である父親と対峙することになる。アイドルへの思いとプライドをかけて、父親とどのような対決をすることになるのだろう。多くのドルヲタが抱える問題のひとつの結論が出されるかもしれない。

(文=プレヤード)

■ドラマ『婚外恋愛に似たもの』
dTVにて毎週金曜日配信

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