「若松さんが亡くなり、青春が終わったと感じた」白石和彌監督が語る若松孝二から受け継いだ遺産

■無名時代のビートたけしも出演していた!?

──「若松プロ」のあった原宿セントラルアパートに集まる顔ぶれがすごい。大和屋竺(大西信満)、足立正生(山本浩司)、沖島勲(岡部尚)、小水一男=ガイラ(毎熊克哉)、秋山道男(タモト清嵐)、荒井晴彦(藤原季節)……。ちなみにガイラさんは、北野武監督とは新宿のフーテン仲間だったそうですね。

白石 今回の映画では描いていませんが、ガイラさんとたけしさんは新宿の同じジャズ喫茶でバイトしていて、めぐみさんとも懇意にしていたそうです。めぐみさんは『新宿マッド』(70)のエキストラとしてたけしさんに声を掛け、出演しているみたいなんです。確かめようと何度か見直したんですが、まだ見つけることができずにいます(苦笑)。たけしさんは友情を忘れない方で、20年後にガイラさんが監督した『ほしをつぐもの』(90)にも出演しています。

──撮影が終わって夜の新宿へ繰り出せば、大島渚(高岡蒼佑)や赤塚不二夫(音尾琢真)たちと酒を呑み交わし、創作について熱く議論しあう日々。めぐみさんが助監督をつとめたのは3年足らずですが、とても刺激的で濃厚な時間を過ごしたようですね。

白石 あの時代の1日に受ける刺激は、現代の数倍はあったんじゃないかと思います。憧れるし、とても面白い日々だったと思いますが、体力の消耗もすごかったでしょう。当時の若松さんはピンク映画とはいえ、年間に7~8本ほど監督し、プロデュース作も2~3本あった。めちゃめちゃな生活ですよ。さらに夜は大島渚監督が率いる「創造社」のスタッフたちから議論を吹っかけられていた。さらに「若松プロ」でも、助監督たちは隙あらば若松さんの足元をすくおうと狙っていた。「若松プロ」は決して仲良しサークルではありませんでしたから。当時の新宿は文化の最先端で、1968年には新宿騒乱やフォークゲリラも勃発しています。予算の都合で充分に描くことはできませんでしたが、そういった夜の街がはらんでいる猥雑さみたいなものも映画の中に取り込みたいなと思っていました。

──刺激的な毎日を過ごす中で、主人公めぐみは優秀な助監督へと成長していくも、初めて監督に挑戦したデビュー作が思うような出来ではなく、挫折を味わうことにもなる。

白石 挫折感はすごかったと思います。でも、彼女はまだ22~23歳だったわけですから、もう少し続けていれば違った見方もできるようになったと思うんです。僕もそうなんですが、めぐみさんにとっては初めての社会が「若松プロ」だった。後輩に脚本の書き方などを教えることがあるんですが、ト書きや台詞の書き方といった技術を教えることはできても、「じゃあ何を描くのか」という部分は教えることができないわけです。根っこの部分は自分で見つけるしかない。劇中で若松さんが「お前がぶっ殺したい相手は誰だ!?」とめぐみに向かって怒鳴っていますが、あの台詞は僕も言われたものなんです。ぶっ殺したい相手、つまりお前は何を描きたいんだということ。それはいつの時代でも変わらないものだと思います。ただひとつ僕から言えることは、失敗しても映画をつくり続けることで、それは段々と見つけることができるものなんです。僕もそこに至るまでに、かなりの時間を要しました。めぐみさんは、そこに行き着くことができなかった。それが残念です。

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