視聴率26%を記録した『吉展ちゃん事件』ほか、伝説の実録犯罪ドラマ6本が初パッケージ化!!
拡大する(全1枚)

 2時間ドラマといえば、フォーマット化され、サスペンス性には程遠い世界という印象を持つ世代には、相当の衝撃があるに違いない。テレビ朝日で40年にわたって放映された老舗2時間ドラマ枠「土曜ワイド劇場」で1979年にオンエアされた『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』は、実録犯罪ドラマの先駆的な作品だった。泉谷しげるが俳優として大ブレイクするきっかけとなった『吉展ちゃん事件』をはじめとする2時間ドラマの傑作の数々をセレクトした「実録・昭和の事件」シリーズが、DVD BOXとして初めてパッケージ化された。どの作品も事件当事者の目線から描かれた内容で、「よくテレビで、しかもゴールデンタイムに放映できたなぁ」と思うほどの毒々しさが感じられる。

 ベストフィールド社から今年9月にリリースされた「実録・昭和の事件」シリーズに収録された作品は、2時間ドラマの黎明期といえる1978年から83年にかけて放映された作品6本。演技派俳優・大地康雄が“電波系殺人鬼”川俣軍司を怪演した『深川通り魔殺人事件』、大楠道代の妖艶さが目に焼き付く『滋賀銀行九億円横領事件 女の決算』、沖縄返還問題の裏事情を暴いた『密約 外務省機密漏洩事件』、大麻不法所持で逮捕されるなどトラブル続きだった萩原健一が死刑囚を演じた『宣告』、アカデミックハラスメントを題材に三國連太郎と三浦リカが共演した『ザ・スキャンダル 女子大生と老教授、謎の四日間』と見応えたっぷりな作品ばかり。今回は初放映時に視聴率26%と、それまでの「土曜ワイド劇場」で最高視聴率を記録した『吉展ちゃん事件』をイチ推し作品として紹介したい。

 東京五輪を翌年に控えた63年に“吉展ちゃん事件”は起きた。時計ブローカーだった小原保(当時32歳)は東京都台東区の公園で見かけた4歳の男の子・吉展ちゃんを連れ去り、吉展ちゃんが眠っている間に絞殺。借金に追われていた小原は吉展ちゃん宅に「金を受け取ったら子どもを返す」と電話を掛け、身代金50万円を要求。警察の捜査網をくぐり抜けた小原は50万円を持ち去ることに成功する。事件発生から2年後となる65年になって小原は別件逮捕され、吉展ちゃんは白骨化した姿で発見された。

 警察とマスコミが報道協定を結んだ初めての誘拐事件であり、公開捜査になってからは脅迫電話を掛けた犯人の肉声がテレビやラジオで流されるなど、日本中を震撼させた凶悪犯罪だった。だが事件発生直後の警察は、小原が電話で要求した身代金が50万円と少額だったために悪戯だろうと思い込んでいた。さらに警察は小原に渡す現金の紙幣ナンバーを控えず、受け渡し現場に到着するのにも遅れて、50万円を手にした小原をみすみす逃してしまった。その上、電話の声を「40~50代の男性」と推定し、30代だった小原を容疑者リストから外してしまう。ドラマでは数々の失態を重ねた捜査本部の不手際を厳しく指摘している。短絡的な凶行に及んだ犯人側だけでなく、警察側の問題点を批判する姿勢は今のテレビドラマにはないものだろう。

 東宝出身の恩地日出夫監督が撮った『吉展ちゃん事件』が“伝説の2時間ドラマ”と呼ばれるようになったのは、やはり犯人・小原役を演じた泉谷しげるの熱演によるところが大きい。フォークシンガーとして人気のあった泉谷だが、75年に吉田拓郎、井上陽水、小室等と共に設立した「フォーライフ・レコード」を吉田拓郎らと口論の末に77年に離脱。当時の泉谷はミュージシャンとしては、厳しい状況に追い込まれていた。そんなときにオファーされたのが、多くの俳優たちが断った誘拐殺人犯・小原役だった。

 泉谷にとって本格的なドラマ出演は初めてだったが、ふてぶてしさとナイーヴさが混在した表情はプロの俳優にはないものだった。小原と同様に泉谷も子どもの頃から脚に障害があり、片足を引き摺って歩く姿はとてもリアルで生々しい。10歳年上の内縁の妻を演じた市原悦子を「おばさん」と呼んで甘える仕草も印象に残る。五輪景気には無縁のまま、社会からドロップアウトしてしまった男の哀しみが画面の中の泉谷からは漂っている。

 本作が大きな話題を集めたことから、泉谷は工藤栄一監督の『野獣刑事』(82)でも犯人役を熱演し、個性派俳優としての評価を高めていく。2007年に泉谷をインタビューした際、「犯罪者役ばっかやってた頃に死んでたら、伝説の男になってたよな」(月刊サイゾー08年3月号)と振り返るほど、本人としても入魂の演技だった。また、小原とは同年生まれで、原作者であるノンフィクション作家・本田靖春とは中学・高校時代の同級生だった恩地監督は徹底的に事件現場でのロケ撮影にこだわり、殺害シーンは実際の犯行現場で撮影を行なっている。「あんたには人の心があるのか」と泉谷が恩地監督に喰って掛かると、「そういう君にはあるのか?」と返されたという逸話も残されている。映画界を離れ、実録犯罪ドラマに賭ける恩地監督の執念も強烈だった。

 人気脚本家の向田邦子さんがノンクレジットながら『吉展ちゃん事件』に大きく貢献したことも、ドラマ愛好家の間では語り継がれている。暗い内容のため、テレビ朝日側は「土曜ワイド劇場」枠での放映をなかなか正式決定することができずにいた。また、犯人の小原役を演じる俳優も見つからずにいた。塞ぎがちだったスタッフを励まし、テレビの歌謡番組に出演した泉谷しげるを見て「犯人役は泉谷がいい」と進言したのが向田さんだった。ようやく放送日が決まった際には、評論家やテレビ担当の記者たちに「これを見ないと恥をかくわよ」と電話を掛け回ったともいう。向田さんの尽力もあって『吉展ちゃん事件』は新聞各紙に大きく取り上げられ、芸術祭優秀賞、ギャラクシー賞ほか多くのテレビ賞を受賞することになった。

 6作品のプロデューサーを務めたオフィス・ヘンミ・クリエイティブ代表取締役社長・中村和則氏に、初めてソフト化されることになった経緯について訊いた。

中村「監督協会、脚本家連盟、音楽協会などに規定の使用料を支払えば、テレビドラマをソフト化することは可能なんですが、よほど売れない限りは大きな利潤にはならないので、過去の2時間ドラマのソフト化はあまり進んでいないというのが実情です。今回は昭和期のテレビ番組を“昭和の名作ライブラリー”としてDVD化しているベストフィールド社が実録犯罪ドラマに興味を持ち、著作権を持っている当社にオファーが来たということなんです。『深川通り魔殺人事件』『密約』『滋賀銀行九億円横領事件』を撮った千野皓司監督はソフト化を喜んでいます。もちろん『吉展ちゃん事件』の恩地監督も快諾してくれました。やはり監督としては、苦労して撮った作品が形となって後世に残るのはうれしいんじゃないかと思います」

 1979年には代表作『阿修羅のごとく』(NHK総合)が放送されるなど、売れっ子脚本家だった向田邦子さんが、柴英三郎脚本作『吉展ちゃん事件』のキャスティングなどに協力した理由についても、中村氏は答えてくれた。

中村「向田さんは作家集団『S・H・P』に所属しており、やはり『S・H・P』に所属していた柴英三郎さんと仲がよかったんです。向田さんが『小原役は泉谷しげるがいい』と思いついた瞬間に、僕は居合わせていました。別のドラマのシナリオを受け取りに南青山の向田さんのマンションまで行ったのですが、向田さんはシナリオを書き上げるのがいつも遅かった(笑)。それで、テレビを見ながら僕は待っていたんです。そのときたまたま見ていた歌番組に出ていたのが泉谷しげるさんで、年上の松尾和子さんとデュエットする姿を見て、向田さんは閃いたんです。テレビ朝日の福富哲プロデューサー、原作者の本田さん、脚本の柴さんらと打ち合わせを兼ねて六本木で飲み会を開いたときも、向田さんは『面白そうだから参加させて』と同席されましたね。あの頃のテレビ業界は、視聴率やギャラのことよりも、面白いものを創りたいと考える人たちが多かったんです。向田さんも今までにない新しいドラマが誕生するに協力するのが楽しかったんでしょう」

 異色ドラマ『吉展ちゃん事件』が高視聴率を記録したことから、それまで消極的だったテレビ局側の対応が変わり、テレビ朝日以外の他局でも実録犯罪ものが作られるようになった。だが、放送後に関係者からクレームが寄せられるなどの問題はなかったのだろうか。

中村「事件に関してはしっかりと調べていたので、放送後に問題が起きることはありませんでした。一度だけ、視聴者からの電話がテレビ朝日から回されてきたことがありました。『ザ・スキャンダル』の放送後、モデルとなった元大学教授本人からの電話でした。『事実と異なる部分はあるが、とても面白く見た』という好意的な感想でしたね。今はまた実録犯罪ドラマの企画を通すことはとても難しくなっていますが、6作品を製作していたときによく話していたのは『人間は金太郎飴だ』ということです。金太郎飴をポキッと折ると、中から金太郎の顔が現われる。どんな人間も内面は同じ。ふいに悪意を抱く瞬間は誰にでも訪れるわけです。犯罪に走るギリギリのところで抑えているのは、その人の知性や教養といった人間性ではないでしょうか。犯罪を犯した側と僕らは、実はそう大きな違いはないように思えるんです」

「実録・昭和の事件」シリーズと銘打ち、DVD BOXとしてソフト化された今回の6作品は、どれも昭和という時代を生きた男たち女たちの生々しい業をえぐり出した力作ばかりだ。中村氏が例えとして語った“金太郎飴”とは業のことを指しているのかもしれない。人間が抱える業に、原作者、脚本家&監督、キャストらが真摯に向き合った作品だと言えるだろう。事件に傷つき、苦しんだ方たちの冥福を祈りたい。
(取材・文=長野辰次)

「実録・昭和の事件」シリーズ
発売元/ベストフィールド DVD3枚組 税抜き価格20000円

『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』
1979年6月30日放送 ANB(現テレビ朝日)系
原作/本田靖春『誘拐』(文藝春秋) 脚本/柴英三郎 監督/恩地日出夫 制作/テレビ朝日、S・H・P
出演/泉谷しげる、市原悦子、音無美紀子、芦田伸介ほか

『深川通り魔殺人事件』
1983年7月25日放送 ANB(現テレビ朝日)系
原作/佐木隆三(文藝春秋) 脚本/本田英郎 監督/千野皓司 制作/テレビ朝日、オフィス・ヘンミ
出演/大地康雄、佐野浅夫、風祭ゆき、小林稔侍ほか

『密約 外務省機密漏洩事件』
1978年10月12日放送 ANB(現テレビ朝日)系 1988年劇場公開
原作/澤地久枝(中央公論) 脚本/長谷川公之 監督/千野皓司 制作/テレビ朝日、S・H・P
出演/北村和夫、吉行和子、磯部勉、大空真弓ほか

『滋賀銀行九億円横領事件 女の決算』
1981年2月7日放送 ANB(現テレビ朝日)系
原作/和久峻三『裁かれた銀行』(講談社) 脚本/長谷川公之 監督/千野皓司 制作/テレビ朝日、S・H・P
出演/大楠道代、火野正平、坂上二郎、北村和夫ほか

『ザ・スキャンダル 女子大生と老教授・謎の4日間』
1983年3月21日放送 ANB(現テレビ朝日)系
原作/石川達三『七人の敵が居た』(新潮社) 脚本/長谷川公之 演出/田中利一 制作/テレビ朝日、オフィス・ヘンミ
出演/三國連太郎、三浦リカ、稲葉義男、河内桃子ほか

『宣告』
1984年5月19日放送 TBS系
原作/加賀乙彦(新潮社) 脚本/柴英三郎 監督/齋藤光正 制作/TBS、オフィス・ヘンミ
出演/萩原健一、石原真理子、金沢碧、加藤治子ほか
(c)オフィス・ヘンミ