皆さんは「インバウンド」っていう言葉をご存じですか? ダイエットに失敗することじゃないですよ! 訪日外国人旅行のことで、最近よく使われています。2020年の東京オリンピックに向けて、今まさにインバウンド景気のピークを迎えつつあります。



 そして、景気がいいということは、人手が足りない。じゃあ、外国人に働いてもらえばいいじゃん、ということで、外国人労働者とか移民の受け入れの話なんかも出てきていますね。カッコよくいうと、ダイバーシティの時代ってことです 。もちろん、お台場のビルのことじゃないです。

 そして、そんな今だからこそ、ご紹介したいマンガがあります。怪しげな外国人と怪しげな日本人がワンサカ出てくるカオスなマンガ『ディアスポリス-異邦警察-』です。
 

 脚本:リチャード・ウー先生、漫画:すぎむらしんいち先生のコンビによる作品で、「モーニング」(講談社)で2006~09年まで連載されていました。タイトルの「ディアスポリス」は、「移民」「難民」を意味する「ディアスポラ」と警察の「ポリス」をかけ合わせた造語です。

 舞台は東京。難民認定を受けられない、ワケあり密入国外国人たちがテーマです。悪い奴らもいるが、ほとんどは貧しく悲惨な生活をしている人々。密入国外国人なので犯罪に巻き込まれても警察に相談できないし、医師にも診てもらえない、仕事の働き口もない……そんな弱者である「裏都民」たち を守るために作られた秘密組織が「異邦都庁」、通称・裏都庁です。


 裏都民には独自の法律、住所登録、納税があり、選挙権もあります。しかも、デキの良い(偽造)外国人登録証やパスポートまで与えられます。さらに裏都民の専用の病院、学校、銀行、郵便局も警察も全部そろっています。もちろん、全部「裏の」ですけど。 

 主人公は裏都庁公認の異邦警察の署長・久保塚早紀。闇でしか生きられない異邦人を犯罪から守り、時には厳しく罰する国籍不明の男。
昔「異邦人」をヒットさせたシンガー久保田早紀が元ネタですが、それをわかる人は、そこそこ年食ってる人に違いありません。

 久保塚は、名前こそ日本人ぽいですが、実際の国籍や過去は不明。アフロヘアに顎ヒゲといううさんくさいルックス。ケンカはイマイチですが、困っている異邦人に対しては人一倍面倒見がよく、裏都民たちに信頼されています。



 本作の魅力は、なんといっても作品全体に漂う「うさんくささ」。これに尽きます。
すぎむら先生の描く国籍不明のアクの強いキャラクターたちは、本作のうさんくささの演出に一役買ってい ますし、なにより脚本のリチャード・ウー先生がまたアレです。だって、長崎尚志名義で『20世紀少年』『MASTERキートン』といった有名作品を手がけるれっきとした日本人なのに、わざわざ本作では怪しげなアジア人風のペンネームに変更してるんですから。超うさんくせー(褒め言葉)。

 登場人物たちもみんな、どこか憎めないうさんくささです。久保塚の「相棒」として刑事になる男、「鈴木」は、もともと東大卒のエリート銀行員。しかし、50億円横領の罪をかぶらされ、逃亡犯の身となり、過去を捨てて裏都民になったのです。
潜入捜査のために顔をとびっきりのイケメンに整形するも、肥満体型 のため彦摩呂似になってしまったという面白キャラです。

 裏都庁の都知事「コテツ」も、都知事らしからぬうさんくささ。年齢不詳のミャンマー人で、常にアロハシャツにサングラス、葉巻というスタイル。イサームという元テロリストで、裏都庁最強の女戦士をボディーガードに雇ってています。

 裏都庁のNo.2として助役を務める中国人の阿(アー)さん。表向きはネズミ・ゴキブリ・スズメバチなどの害虫駆除会社・「 アーさんの店」を経営していますが、中国で悪徳警官殺しをして国を追われた裏都民です。


 裏都庁公認の医師、邱(チュウ)先生は、不法入国者のため無免許のモグリ医師。裏都民の中でも評判のヤブ医者で、腕の悪さは自他ともに認めるところ。いや、自分で認めるなよ……。

 こんな感じでどいつもこいつも、日本にいてほしくない怪しい人物ばかりなのですが、実はやむを得ない事情があり、悲しい十字架を背負っている人たちばかりであることが、後々のエピソードを通してわかってくるのです。

対立する日本人も、割とうさんくさい

 裏都庁は普通の日本人には全く知られていないシークレットな存在ですが、その存在に気づき、日本から抹殺しようとしている組織があります。その名はシャドー・オブ・ポリス、通称「S・O・P」。表向きは警備会社ですが、実態は警察を汚職などの理由でクビになった奴らの集まる、警察OB組織です。

 ほかにも、元牧師が組長を務める新宿のヤクザ・黒銭会とか、全身に蝶の入れ墨を施した詐欺師で初代裏都知事の山本、裏都庁も表の都庁も支配しようとする悪徳政治家・暁天栄作、そして本作品の裏ボスとなる正体不明の男「はだかの王様」などなど、うさんくさい日本人がいっぱい登場します。どいつもこいつも、一般市民であれば誰一人として関わりたくないタイプです。

裏都民の国籍がカオスすぎて、何言ってんだかわからない

 登場人物の大部分が密入国外国人のため、いろんな国籍の言葉のセリフが飛び交うのも本作の特徴です。中国・韓国・タイ・フィリピン・ロシア・トルコetc……要所要所には日本語訳が入っているものの、面倒くさいからか、大部分は日本語訳なしのそのまんまです。

「ニイ ンゴイドオ セイ ア」「ジャングリー」「カカーヤ ニェブリヤートナステ」「チャィウェラーイークノイ」「アークォン ヴィー トイトイ ホンテー- ドゥアザーケット ルアン クオイクン」

 作中、普通に飛び交う謎のセリフの数々……。すげーカオス。何言ってるんだか、全然わかりません。



 本作は、格闘マンガとしての側面もあります。初めはヘナチョコだった久保塚ですが、ロシアから来たユーリという男の元でロシア最強の格闘術「システマ」の修行をしたことで、宿敵S・O・Pの刺客達 に対しても負けない強さを身につけます。それと同時に、作品の格闘技色も強くなっていきます。

 それに合わせるかのように、久保塚を倒すための刺客たちもパワーアップ。イスラエルの格闘術「クラウ マガ」とか、フィリピンの棒術「カリ」とか、カンボジアの古武術「ボカタオ」の使い手などが登場します。

 空手とかテコンドーとか、ボクシングとかではなく、全然聞いたこともない格闘技名ばかりなので、てっきり創作なのかと思っていたのですが、ググったらどれも実在の格闘技でした。あるのかよ! マニアックすぎるだろ!!

映画化、そして続編へ

 本作は2016年に松田翔太主演でドラマ化、そして映画化されており、原作マンガのほうも「999」篇という新エピソードの続編が出版されています。アフロだった久保塚が、ドレッドヘアになっており、さらにうさんくささがパワーアップしています。ドレッドヘアの警察署長とか、ヤバイですよね。

 というわけで、インバウンドで外国人だらけのカオスになりつつある日本ですが、『ディアスポリス -異邦警察-』を読んでおけば、いろいろと異文化コミュニケーションに対する心構えができるのでお勧めです、という話でした。こんなにもうさんくさい外国人が出そろっているマンガは、たぶんほかにはありません。

(文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん <http://ablackleaf.com/>)

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