韓国陸軍は1月22日、「陸軍からお知らせします」と題した報道発表を行った。この短いリリースが発端となり、韓国社会ではいまだタブー視されている「LGBT問題」を巡って波紋を広げている。

リリース全文を翻訳すると、以下の通りだ。

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 陸軍は今日、軍服務中に性転換したA軍曹に対する除隊審査委員会を開催しました。除隊審査委員会では、軍人事法など関係法令上の基準にしたがって、「継続して服務できない事由に該当する」と判断し、「除隊」を決定しました。

 人権委員会による「緊急救済勧告」の趣旨について十分に共感し理解していますが、今回の「除隊決定」は「性別訂正申請など個人的な事由」とは関係なく、「義務調査」に基づいた関連法令を根拠に適法な手続きにより行われました。

 あわせて、陸軍は兵営生活全般にわたって、将兵の人権及び基本権が保障され、不当な差別と待遇を受けないように多角的な努力を持続していきます。

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 まずは韓国軍の発表と韓国メディアの報道をもとに、事実関係を整理してみよう。

 ピョン・ヒス軍曹(リリースではA軍曹)は2019年末、休暇を使ってタイに渡り、性転換手術を受けた。韓国では徴兵制が敷かれているが、ピョン軍曹は徴兵されたのではなく、自ら進んで軍人の道を選んでいる。

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記者会見を行ったピョン軍曹。軍の中でもさまざまな実績を残しており、優秀な軍人として認められていたという。だからこそ、部隊としては性転換のために国外に行くことを許可していたことも、報じられている。

 韓国では一部の高校に下士官(小部隊のリーダー)を養成するコースがあり、ピョン軍曹はそのコースを経て、2017年に陸軍に入隊。

戦車操縦手として勤務していた。下士官養成コースを経て入隊した場合、3年間の勤務義務期間を終えた後、職業軍人として陸軍に残るか、除隊して民間人となるかを選択しなければならない。ピョン軍曹もまた、今年が勤務義務期間の最終年となるため、その選択を迫られていた。

 そのような中でピョン軍曹が選んだ道が、「性転換をして陸軍に残る」というもの。ところがこの選択によって、「除隊」させられてしまったのである。

 そもそも韓国軍には「性転換したら除隊」という規則はない。

しかし、「心身障害となった兵士は除隊させる」という規則があった。韓国陸軍はピョン軍曹に、「性転換手術を受ければ心身障害と認定されて軍で勤務できなくなる」と事前通告していたという。

 だが、ピョン軍曹は“女性”として生きていく道を選び、その上で軍に残りたいと希望した。結果、帰国したピョン軍曹は軍の病院で検査を受けさせられた挙句、「男性が陰茎と左右の睾丸を失った」という理由で「心身障害3級」と判定されてしまった。

 以上が、韓国陸軍によるリリースの背景だ。

 軍の除隊決定を受けたピョン軍曹は22日、NGO「軍人権センター」で緊急記者会見を行った。

同NGOは2009年に軍内部での人権侵害を追及する目的で設立された組織で、韓国軍からは「軍の統率を混乱させる」として蛇蝎のごとく扱われている。

 ピョン軍曹はそこで、「子どもの頃から軍人になるのが夢だった。女性兵士として軍に残りたい。軍に戻るその日まで闘う」と語っている。そして、「この場を借りて、応援してくれた所属部隊長と軍団長、戦友に感謝する」を変わらぬ軍への愛情を示した。

 これに対して韓国軍は、「この事案が長引けば国防力に影響が及ぶ可能性がある。

今回の件を機に、政策決定を急に下すのは不適切だ。十分な社会的議論が必要」とコメントし、LGBT問題に関する議論を避け続けている。

 保守と革新で社会が分断した韓国で、軍隊とLGBTというタブー視されてきた問題が新たな波紋を広げている。国防と人権という共に重要な価値観の対立は、分断が固定化している韓国社会にどのような影響を与えるのだろうか