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 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化するなか、国際オリンピック委員会(IOC)は東京五輪・パラリンピックについて延期を含めた検討に入った。4週間以内に結論が出される見込みだが、選手やスポンサー企業の間には困惑が広がっている。

 そもそも今回の五輪開催に際しては招致当初からさまざまな懸念事項があったが、そのひとつが「ボランティア問題」だ。大会組織委員会は計11万人のボランティアを募集。近年の五輪では過去最多人数で、基本10日間拘束で報酬ゼロ、しかも経費は自己負担。さらに文部科学省を通じた学生への呼びかけなど、その異様さから、ネット上では「ブラックボランティア」などと批判の嵐となった。

 日刊サイゾーでは、この問題について声を上げてきた元博報堂社員で作家の本間龍氏に、五輪ビジネスの裏側を取材。そもそも五輪は誰のためなのか、といった議論が高まる中、この記事を再掲載する。

(編集部)

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(初出:2018年10月25日)

 

東京五輪、2021年延期が濃厚か? 「ブラックボランティア問題」の背後にある五輪ビジネスの実態とは――
『ブラックボランティア』著者・本間龍氏

 東京五輪・パラリンピックの開催まで、あと2年を切った。56年ぶり2度目の開催にマスコミが浮き足出す半面、エンブレム盗用疑惑に始まり、新国立競技場建設をめぐる混乱、選手村用地の不当譲渡疑惑、さらに招致活動における贈収賄疑惑をブラジル検察当局に追及されるなど、その実態はスキャンダル続きだ。

 そんな中、五輪の舞台裏を支える無償ボランティアに注目が集まっている。大会組織委員会では現在、競技会場や選手村で競技運営や観客のサポートをする「大会ボランティア」8万人、空港や会場の最寄り駅などで交通案内をする「都市ボランティア」3万人、計11万人を募集しているが、スポンサー収入は推定4,000億円以上といわれる中、ボランティアは基本10日間拘束で報酬ゼロ、しかも経費は自己負担だという。さらに、文部科学省を通じた学生への呼びかけなど、国を挙げての一大イベントを成功させるため、なりふり構わぬ動員が計画されている。

 そんなボランティア募集の異様さを指摘しているのが、先ごろ『ブラックボランティア』(角川新書)を上梓した本間龍氏だ。

無償ボランティアの一体何が問題なのか、そしてその裏で大儲けする組織委、電通の実態について話を聞いた。

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――2020年夏に開催される東京五輪では、ボランティアを11万人募集するとされています。9月26日から募集を開始し、10月17日時点で応募人数が4万7,000人を超えたと報じられました。一見順調そうですが、本間さんは先日『ブラックボランティア』(角川新書)を上梓され、東京五輪ボランティアの異様さを指摘しています。あらためて、どんな問題点が存在しているのか聞かせてください。

本間 問題点が多岐にわたるのでひと言で言うのは難しいのですが、私がもっとも問題と思っているのは、五輪が巨大な商業イベント、つまり「儲け」を追求した営利目的のイベントであるかかわらず、スタッフを無償で使おうとしている点です。

通常、アーティストのライブもスポーツの試合もスタッフは有償ですよね。スポンサーを集め、お客からはお金を取る、つまり営利目的ですから、当たり前のことです。なのになぜ、五輪のスタッフは無償なのでしょうか? 「一生に一度の舞台」「おもてなしの場」など、美名の下で11万人もの人をタダ働きさせるわけです。しかも、命の危険さえ伴う酷暑の東京で、です。私は組織委に無償ボランティアの根拠を示すよう、何度も質問していますが、きちんとした回答を返してきません。とても不誠実と言わざるを得ず、その点に関しても不信感を抱いています。

――近年のほかの五輪の例からして、11万人というのは多いのでしょうか?

本間 過去最多数です。これまでで最多だったのは、ロンドン五輪(2012年)の7万5000人でした。それと比べても圧倒的に多いのに、過去になく待遇は悪い。小池百合子都知事は「過去の五輪と比べて、ボランティアの扱いは遜色ない」と言っていますが、それはウソです。ロンドンでは、市内の公共交通機関の無料パスが配られ、宿泊キャンプがつくられた。平昌五輪(18年)でも、交通機関は無料、宿泊場所と食事も3食提供されました。

つまり、大会期間中、会場近辺でほぼ出費なく生活できたんです。それでも、寒い中で会場から宿泊施設までのバスが2~3時間かかってしまうとか、宿舎のお風呂のお湯が出ないとかで、2,000人程度が脱落したわけです。

――日本国内では、1998年に長野五輪が開催されました。このときはどうだったのでしょう?

本間 私が過去の資料から調べたところ、2万5,000~3万人程度が集まり、そのうち3,000人以上は県外から来たボランティアでしたが、宿泊場所は無料で提供されました。ただ、当時はまだ日本ではボランティアの扱いに不慣れだったこともあって、研修に集まってきたボランティアと実行委員会が対立したんです。要は委員会側が非常に上から目線で、「お前らは言われた通りにやっていればいいんだ」という感じだったようですね。

それに対してボランティアたちが猛反発して、だんだんと融和してうまくいくようになった。今回の東京五輪では、そうした経験を踏まえて、ボランティアのやる気をどう引き出すかという点について組織委は一生懸命準備するでしょう。現在のボランティア募集ページにも「五輪・パラリンピックの成功は、まさに『大会の顔』となるボランティアの皆さんの活躍にかかっています!」と書いてあって、そういう感情面のケアは感じられますね。でも、肝心の待遇はちっとも改善の兆しがない。ボランティアの応募条件は、1日8時間程度で10日以上。誰が見ても「仕事」です。にもかかわらず、待遇は1日当たりクオカード1,000円分。これでは、交通費だけ足が出てしまう人も多いでしょう。美辞麗句で飾って、中身は長野五輪のとき以下なのです。

東京五輪、2021年延期が濃厚か? 「ブラックボランティア問題」の背後にある五輪ビジネスの実態とは――
『ブラックボランティア』(角川書店)

――ボランティアの待遇が悪いと、具体的にどんな弊害が起こり得るのでしょうか?

本間 まったくの無償ですから、「いつやめてもかまわない」と考える人は出ますよね。しかも、酷暑が予想されます。やはり怖いのは熱中症と、それに伴う意欲の減退です。「お金は出ないし、無理しなくていいや」とやめる人は当然出てくるでしょう。そういう人が多かったら、大会運営はどうなるのでしょうか? たとえば、10人で回している現場で2人が脱落して、補充できないまま8人で回すことになり、しんどさからまた2人脱落して……となっていったら、ものすごい負荷がかかるわけです。最悪の場合は、命を落とす危険もある。もちろん、報酬を支払えばどんなひどいことをしてもいいということではないですが、金銭的なリターンがあるなら、思ったよりしんどくても「もう少し頑張ろう」と考えることができるでしょう。無償のほうが、モチベーションが下がって効率が低下する可能性が高いのは当然です。

――さらに今回、11万人以外に、中学生・高校生枠を設置し、会場外の誘導や競技会場の清掃を行う、としています。熱中症の危険が、子どもにも及ぶ可能性があるわけですね。

本間 その通りです。テニスやバスケットボールなど、対象となる競技を行っている子どもたちがボールボーイをするのは、ハイレベルの競技を見る良い機会かもしれませんが、その担当になるとは限らない。また、平日に行われるとなれば、授業の一環として参加することになるわけです。そうなると、参加したくない子どもの事情は無視されてしまう。スポーツに興味がない子や勉強をしたい子、夏休みとなれば家族で旅行に行く子など、さまざまいるはずです。そんなときに子どもたちは「参加しません」と言えるでしょうか? これは大学生も同じで、文部科学省が各大学に「五輪の日程に配慮して授業スケジュールを組むように」と通知を出しています。スポーツ科学部のような五輪と無関係でない学部や、外国語学部のような通訳・語学で食べていきたい学生は必然性があるからまだいいですが、文学部や法学部と五輪はなんら関係がない。それを一律「参加したら単位をあげます」ということにしたら、これはもう学問でもなんでもありません。

――聞けば聞くほど、理不尽な内容に思えます。なぜこれほどまでに、組織委は「完全無償」にこだわるのでしょうか?

本間 84年のロサンゼルス五輪から、プロ選手の出場を解禁し、スポンサーを解禁して五輪は商業化しました。ただのスポーツイベントになったわけです。実入りの部分を劇的に変えて、ものすごく儲かる仕組みを作ったにもかかわらず、現場で動く人たちはあえてタダで残した。そのほうが儲かるし、美辞麗句を並べれば、働いてくれる人たちはどこの国でもいる。でも前述した通り、「さすがにいくらなんでも全部タダじゃ人は集まらない」ということで、各開催国が、いろいろ工夫をするようになった。なのに、これまでの五輪でもっとも酷暑となり、最悪の環境が予想される東京五輪では、そのいやらしい部分が全開になっている。ここまでグロテスクな状態になるのは、五輪史上初めてでしょうね。しかも、読売、朝日、毎日、日経、産経と大手紙5紙が大会スポンサーになっているせいで、そうした問題点を取り上げようとしませんから、国民に伝わらない。極めて日本的な構造の問題が露呈しています。

――確かに、ネットに比べて、テレビや新聞といったマスメディアでは、あまり大きく問題にはなっていないですよね。「約4万7,000人が応募」という報道に、「ネットの敗北」と限界を感じている人もいました。

本間 冒頭で申し上げた、僕が一番問題視している「五輪で儲かる連中がいるのに、なぜボランティアだけがタダ働きなのか」というシンプルな疑問を報じた大手メディアはないですね。「酷暑の中で働かせて大丈夫か?」というような論調はあります。だけど、組織委や電通が巨額の利益を受け取っているのにボランティアに還元されないという問題の核心は、なかなか提示されない。僕もいくつかテレビの取材は受けましたが、そこには切り込めない作り手の事情を感じました。唯一『NEWS23』(TBS系)では「これは国家的な詐欺だ」という私の踏み込んだ発言を放送しましたが、これも彼ら自身では言えないから、専門家に言わせるという形をとっているわけです。でも、扱っただけいいのかもしれません。あるテレビ局などは、オファーしてきたのにドタキャンしてきましたから。

――本間さんご自身も元博報堂社員であり、広告代理店の仕組みには詳しいと思います。やはりメディアの側には代理店タブーが存在するわけですね?

本間 そうです。電通の名前は大手メディアではまったく出てこないけれど、組織委を動かしているのは電通です。組織委の半分くらいは、電通の社員だといわれています。結局テレビ局なんて、誰が広告を集めてきてくれるかといったら、電通や博報堂に頼らざるを得ず、けんかしたくないわけです。五輪にも、それが如実に現れている。

――最終的に、11万人という目標人数は集まると思いますか?

本間 「集まる」のではなく「集める」でしょうね。事前登録者が約8万5000人を超えたといわれているけど、少なくともその3~4倍の応募がないと、必要人数を確保するのは難しい。応募したけど行けない・行かないという人は、絶対に出ますから。もう少し時間がたって、やはり人が足りないということになれば、スポンサー企業の社員や公務員に動員がかかるでしょう。それから、建設業関連でも、五輪で仕事をもらった企業には動員がかかると思います。

――無理やり11万人にする、と。

本間 最終的には、数字を達成するでしょう。だけど、その中で純粋なボランティアは全然足りていなかったという事実を、きちんと後世に残すべきです。東京五輪ボランティアが形式上「成功した」となってしまうと、あとあと非常にまずいことになる。以降の国家的なイベントや大規模なスポーツイベント全てで、「東京五輪で11万人集まったんだから」というのが合言葉になってしまうからです。組織委は今後のスポーツイベントでも、タダのボランティアを集めたい。電通も、自分たちが関係するイベントをそれで通したい。見事に両者のもくろみが一致してしまっている。今後の日本のボランティアというもののあり方をゆがめないためにも、東京五輪のボランティアは失敗で終わらなければならないんです。

●ほんま・りゅう
1962年生まれ。著述家。89年に博報堂に入社。2006年に退社するまで、一貫して営業を担当。その経験をもとに、広告が政治や社会に与える影響、メディアとの癒着などについて追及。著書に『原発広告』『原発広告と地方紙』(ともに亜紀書房)、『原発プロパガンダ』(岩波新書)、『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、『広告が憲法を殺す日』(集英社新書、共著)ほか。