「アメリカのショービジネスは、ステージでのパフォーマンスの対価に金をもらうというシンプルなものでした。オーディエンスはアーティストを観に行くのであって、欧米では事務所がコンセプトを考えて、衣装を決めて、メディア露出の世話をするなんてことはあり得ない。ステージごとにオーディションをして主体性のあるアーティストをそろえるという方法もあったはずなのに、なぜ少年たちを集めたのか疑問です」(橋爪氏)
ジャニー氏はアメリカショービジネスのオーディエンス、つまり観たことがあったというだけで、その本質の体現者ではないと、橋爪氏は指摘する。確かに日本の芸能界が欧米のような成熟したアーティストではなく、未成熟なアイドルを求めるようになっていったことには、ジャニー氏の影響も大きいだろう。ではいったい、ジャニー氏にとって少年とはなんだったのだろうか?
「ジャニー喜多川の表現活動にとって最も大切な要素こそが“少年”なんです。今年、映画化された『少年たち』は、抑圧された牢獄のような世界から逃れ、自由になるため少年たちが戦う物語で、そこには希望が表現されています。ジャニーさんにとって“少年”とは、アメリカをお手本としながら戦後の日本人が獲得した個人の自由を象徴する存在であり、それはアメリカから民主主義を授けられた戦後の日本人を示しているとも考えられます」(太田氏)
日本人でもありアメリカ人でもあったジャニー氏は、戦争に翻弄され少年時代の多くの時間を傷ついて過ごした。戦後民主主義という希望を“少年”に仮託することは、自分自身の原体験を救済するためでもあったのかもしれない。
ジャニーがいたから、アイドルに魅力あった・・・彼が死去してからメリーの好き放題で一転したのは、やっぱりバーニングプロのスパイ・周防郁雄と絡んだので。こんなの本当のジャニーズじゃない!