大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK)が、ますます盛り上がりを見せている。ドラマをより深く楽しむため、歴史エッセイストの堀江宏樹氏が劇中では描ききれない歴史の裏側を紐解く──。前回はコチラ
麒麟がくる File068
(第25回より)#麒麟がくる #麒麟File#織田信長 #染谷将太 pic.twitter.com/4D4JFKZNze— 【公式】大河ドラマ「麒麟がくる」毎週日曜放送@nhk_kirin) September 29, 2020
先週の『麒麟がくる』は第二十五回「羽運ぶ蟻(あり)」でした。みなさん、いかがご覧だったでしょうか。
主人公・明智光秀(長谷川博己さん)が敬愛していた足利義輝(向井理さん)が暗殺される「永禄の変」が起き、「美しすぎる天皇」こと正親町天皇(坂東玉三郎さん)の初登場など、わかりやすい見どころで溢れていた前回にくらべると、少々ジミに思えたかもしれませんね。
それほど、朝倉家のペット “ネズミの忠太郎(ちゅうたろう)”のインパクトが突出していたわけですが(笑)、筆者から見た要チェックポイントは、織田信長(染谷将太さん)のビジュアル大変貌でした。あれは信長という男の内面の変化そのものでもあろう、と思われるのです。
「戦に勝てばみんながホメてくれるのだ~」といったおなじみのセリフを聞くと、信長が言うことはあいかわらずアダチル気味なんですが、上り調子だけあって、今でいえば成功したITの社長みたいなギラギラしたオーラを漂わせていましたね。そもそも、ああいう空気感の染谷将太さんって、これまで見たことない気がしましたが、読者のみなさんの目にはどう映ったでしょうか。
いわゆる「美濃攻略」を終えた織田信長は、当時34歳(数え歳)。「ワシは戦が嫌いではない」というセリフもありましたが、武将としての経験も増え、自信が出てくるといえば聞こえはいいですが、ようは調子にものりはじめる頃なのです。
なお、ドラマでは「斎藤龍興(編註:伊藤英明さん演じる斎藤義龍の息子)は優柔不断だから家臣に見限られ、裏切られて負けた。美濃も失った」という口頭説明ですべて終わってしまっていましたが、史実の斎藤龍興は美濃を脱出、その後は信長暗殺計画を何度も企てています。なので今後、龍興を誰が演じ、どのように登場するのかも楽しみなのです。
ちなみに、史実では歴史の表舞台に明智光秀が初登場するのが、このあたり。これまでも少しお話しましたが、明智のそれ以前の確実な経歴は「不明」です。それなのに突然、足利義昭(滝藤賢一さん)の側近として現れ、織田信長と交渉を始めたあたりは歴史の謎のひとつですね。
結局、美濃で信長と義昭は対面、信長は全財産どころかその3倍のカネをかけて義昭の上洛を手伝うことになるのですが、「そこまで大金を使ったのはなぜ?」とみなさんは思うはず。
これは、例の「美しすぎる天皇」正親町天皇の全幅の信頼を買うための金額だったと思われます。ドラマでは「美しい」とされつつ、史実の正親町天皇はカネに「意地汚い」といわれても仕方のないところがあったりするんですね。
正親町天皇像(京都・泉涌寺蔵)1557年(弘治3年)、正親町天皇は践祚(せんそ)、つまり天皇として即位します。ところが、天皇家にはカネがなく、即位したにもかかわらず即位の儀式は3年もできないままで、これは天皇にとっては痛恨のダメージでした。こうした経緯があるからか、私見によれば正親町天皇はカネに汚いというより、カネの力を知り尽くしている帝のように思われます。
関西には人形浄瑠璃の名セリフとして古くから、最近では西原理恵子の作品に引用されたことでも知られる「カネがなければ首もないのと同じ」という“格言”があります。豊富な財力に支えられていない権威など、誰からも信頼されないという非常に現実的な考え方ですけれど、正親町天皇は、毛利元就の献金ではじめて即位の儀式を執り行い、己の権威を世間に訴えることができたのでした。
儀式遂行の前後で、天皇をとりまく「空気」が変わったのでしょうか。その後の正親町天皇は各地の戦国大名に献金をせびりまくる……とまではいいませんが、献金を勧める(笑)手紙をたくさん書いたことで知られます。
「天皇に金銭で尽くしたら、天皇の権威をあなたも借りることができるかもしれない」という“取引”ですね。征夷大将軍の位も、足利将軍家の血筋だけでは与えられないってご存知でしたか? 天皇に大金を積んで、ようやく手に入るものでした。
ちなみに、ドラマの最後のほうで、阿波にいた足利義栄(あしかがよしひで)を十四代将軍として認めるという、将軍宣下の儀式のシーンがありましたよね。あの場面にいたるまで、実は彼は天皇から要求された金額を拠出できず、天皇は将軍宣下を断ったという事実がありました。歴史的な言葉でいえば「惣用不調」(『晴右記』)。
この時、既に前将軍・義輝の死から約3年が経過しているのに正親町天皇、やりますよねぇ。朝廷を会社にたとえると、社長である天皇みずからがトップセールスマンという感じです。
乱世は「カネがなければ首もないのと同じ」の世の中ですから、自分が財力に支えられた強い権威であることを武家の棟梁・将軍として天皇に対して証明せねばならなかったともいえます。それでも将軍があまりに長期間、不在では天皇も困りますから、両者の間で金額の折り合いがついて、将軍宣下の儀式が行われたというのが、ドラマのあのシーンのウラなんですね。
あの儀式だけでも、結構なカネがかかったはずです。というのも、足利義栄の将軍宣下儀式の諸経費はちょっとわからないのですが、足利義栄の次に将軍となった義昭のケースなら資料が見つかりました。足利義昭の儀式代として、天皇=朝廷側に支払った額が「千疋」。織田信長が肩代わりしています。
当時の貨幣では10貫=1000疋で、現在の米価を参考に換算すると、1貫=約6~8万円くらい。8万円説を採用するとあの手紙の朗読会みたいな儀式について、朝廷側へのお礼金だけで80万円か、それ以上はかかったようです。
なお、戦国武将が「○○守」とか官位っぽいものを名乗っているケースですが、これらの称号もすべて天皇=朝廷からカネで買わねばなりません。相場は30貫から100貫くらい。つまり現代の日本円にして240万円から800万円だったという説も。手元に資料がないのでわかりませんが、征夷大将軍のお値段はその何倍くらいしたのでしょうか。
ということで、ちょっとジミに思われた今回も背後には熱い話題が眠っていたのでした。次回以降の展開が楽しみですね! ではまた来週。