「ドーランの下に涙の喜劇人」とは故・ポール牧の座右の銘だが、それを存分に思い知る令和3年の幕開けだった。1月5日放送『相席食堂』(ABCテレビ)で愛知県田原市を訪れたのは大久保佳代子だ。
ちなみに、村上ショージが故郷・愛媛県今治市を訪れた回(2019年1月6日放送)でこの番組はギャラクシー賞を獲得した。確かに、あのVTRは『相席食堂』らしくない良質なドキュメンタリーだった。そして、今回は大久保が故郷に降り立っている。夢よもう一度ではないが、再びの故郷来訪回で2度目のギャラクシー賞受賞を狙おうというのが番組の狙いだ。
計算づくでロケを盛り上げるシラフの大久保佳代子
登場シーンで、すでに意気込みは伝わってきていた。マスク、眼鏡、飛沫シールドで顔を覆い尽くし現れた大久保の姿を見て「大久保ねえさんが豪快に仕込んできた」とコメントする千鳥の2人。
「ふら~っとやってるように見えて、1番芸人魂あるな」(ノブ)
確固たる地位を築いた大久保だが、彼女はまだまだ降りていない。「別にこれで仕事が増えもせんのに」という大悟の指摘は真実だが、芸人の性なのだから仕方がない。どうしたって、やる気とモチベーションは漏れ伝わってしまうのだ。
早速、地元の飲食店に入った大久保は大アサリを注文する。“日本一の貝の半島”と呼ばれる田原市の名物だ。
「男がするエロやから。男側のエロ言うてるやん」(大悟)
これが大久保のペースだ。「こんな芸風で昭和、平成と駆け抜けてきたんですけど」と自己批評する彼女は至って冷静である。しかし、1つだけ誤算があった。店に入るなりビールを口にし、さらに日本酒もゴクゴク行った大久保。まさか、この過度なアルコールがベテランのペースを乱すとは……。
大久保は酒好きだ。焼酎のソーダ割りをペットボトルに入れ、それをクイッと行きながら地元を散策する始末。
ノブ 「それやったらもう、チャンバラトリオなのよ」
大悟 「それこそ志村(けん)さんがこれやってたわ。志村さん、ロケ中はこれよ(笑)」
さっきまで計算通りの下ネタを放っていた大久保なのに、次第に口調が舌っ足らずになってきた。明らかに酔っ払いの喋り方だ。この状態のまま、幼き頃に慣れ親しんだケーキ屋へ足を踏み入れる大久保。店頭では彼女が知る店長のご子息、つまり代替わりした新しい店長さんが客の相手をしていた。自動的にノスタルジーモードへ突入した大久保は、現店長に向けて幼き日の感謝の念を伝えた。
「ションベンかけてましたわ、レアチーズケーキに。『めっちゃケーキ!』っていう幸せを感じたのがこの店なんで」(大久保)
「レアチーズケーキにションベンをかける」というボキャブラリーが全く理解できない。アルコールのせいでタガが外れた大久保。社会性も何もあったもんじゃない。事実、店を出た彼女は完全に千鳥足になっていた。
「歩幅が麻布十番の志村さんなんよ」(ノブ)
道端にへたり込んだ大久保は、唐突に意味不明のダンスを踊り出す。
「怖っ! ふざけた後に全部出てきた、50年近い女の人生が。『めちゃイケ、片岡飛鳥、ナイナイ、極楽とんぼ。お笑いに20代、30代の全てを捧げて今、ペットボトルで焼酎飲んでる……』の顔よ」(大悟)
急にスイッチが切れ、憂いを見せた大久保は見応え十分である。テンションが100から0へ急降下する哀愁の陰と陽。また、あの表情1つでここまで物語を作れる大悟のストーリーテリング力も恐れ入る。
「やっぱり、地元に帰ったら違う人生って考えるんじゃない? ここ(田原市)からスタートしたから『ここに高校までいたな。そこから東京出て行って色々あって今がある。でも、違う人生を歩んでたらもしかして地元で普通に主婦してるのかな?』とか。
衝撃の素顔を晒した後なのに、無情にもロケは続いていく。次に大久保が訪れたのは、高校時代の同級生が営む衣服店だ。勝手知ったる旧友を前にし、大久保のキレはドンドン失われていった。誰にもわからない内輪ノリのトークに終始する彼女は、芸人でもタレントでもなくただの大久保佳代子である。この惨状をスタジオにいるノブは「おもんないオバさんやん」と遠慮なく酷評した。
大久保がこんな風になった原因はアルコールだ。しかし、アルコールは敵でもあり、味方でもある。酔いに拍車がかかった大久保は店の売り物の下着を身に着け、半裸に近い状態でカメラの前に登場したのだ。とんでもないセクシーショット! もしかすると、これはお宝映像になるかもしれない。
大悟 「ワシ、見たことない! 大久保さんはエロいことは言うけど……」
ノブ 「そう、大久保さんはトークだけなんよ」
大悟 「ガチパンティーブラジャーは他の芸人でも見たことないわ(笑)。
さらに大久保は畳みかける。下着姿でクネクネしながら、カメラに向かって「2000円でいけますけど、どうですかぁ~?」と言い放つのだ。自分を安価で売るダメなギャグだ。番組の目論見はご破算となった。
「こんなん、ギャラクシー賞とれるわけないやん!」(ノブ)
身を削ったギャグを言い終え、同級生に対して「ごめんね、こんな仕事してて」と謝罪した大久保。そして、彼女はサッと同級生に背を向けた。その瞬間の大久保の表情は、やはり悲哀に満ち満ちていた。それどころか、まるで泣き顔だった。
大悟 「泣いたな。泣いたんよ。今回は泣いたんよ」
ノブ 「『泣いた赤鬼』みたいに、泣いた大久保」
このテンションのまま、なんと大久保は出身高校にまで足を運んだ。
「若いー! こんなになってるの、今? ちんこピンピン!」(大久保)
新年一発目の『相席食堂』、上っ面だけなぞるとゲス回に思えたかもしれない。でも、芸人のプロ意識と哀愁はコインの表と裏の関係性だと明らかにした今回は密かに意義と見応えがあった。「ある意味、ギャラクシーかもな」というノブの総括に同感である。