1990年前後、まだ日本にヒップホップが根付く以前から、その最前線で活動していたラッパー、YOU THE ROCK★。90年代の日本のヒップホップ・シーンを象徴する存在でもあった彼が、09年リリースのアルバム『ザ・ロック』から約11年ぶりとなるアルバム『WILL NEVER DIE』を完成させた。
このアルバムをプロデュースしたのは、ヒップホップ・シーンのみならず幅広い層の音楽ファンから絶大な人気を誇る札幌のグループ、THA BLUE HERBであり、作品自体もTHA BLUE HERB RECORDINGS(TBHR)からリリースとなる。YOU THE ROCK★とTHA BLUE HERBといえば、長年にわたって確執があったことは周知の事実であるが、15年にリリースされたILL-BOSSTINO a.k.a. tha BOSS『IN THE NAME OF HIPHOP』に収録された「44 YEARS OLD」で両者は劇的な共演を果たし、それが本作『WILL NEVER DIE』にもつながっている。
今回のインタビューはYOU THE ROCK★、そしてTBHRを主宰するILL-BOSSTINOにも同席いただき、アルバムリリースに至るまでのストーリーやアルバムに対する熱い思いを語ってもらった。
――今回のアルバムの話の前に、まずはそのきっかけとなった「44 YEARS OLD」での共演についてお聞きします。確執があったと言われていた2人の共演に、日本のヒップホップ・シーンが結構ザワついたという印象があったのですが、あの時の反響をどう感じていましたか?
YOU THE ROCK★(以下、YTR) うーん……それに関しては、なんかうまく答えられないんだよね。俺自身がいっぱいいっぱいで、周りの声とか耳に入れられなかったっていうか。多分、2人の因縁みたいなものがドラマチックなものに映って、そういう反響があったんだと思うけど、それよりも自分の歌詞の内容とかトースティングに対していっぱいだったから。正直、自分自身ではジャッジできなかった。
――そこから今回のアルバム・リリースまで実質6年かかったわけですけど、「44 YEARS OLD」で共演して、すぐにソロアルバムの話にはならなかったのでしょうか?
YTR なんない、なんない。お互いライブをやったり、一緒にツーマンやったり。そういうのを積み重ねながら、BOSSがこっち(東京)に来るときに2人で飲んだりとか。そうやって関係を育んでいった。
――では、具体的にアルバムをやる話が始まったのは?
YTR 19年の12月1日、中目黒でBOSSと飲んでたら、お互い気分もよくなって、BOSSが「ユウちゃん、うちのレーベル(TBHR)からO.N.Oちゃんのトラックでちょっとカマさないか?」みたいな話をしてくれて。最初は1曲って話だったのが、最終的にフルアルバムになるんだけどね。戸惑ったけど、そんなチャンスをくれる人はそういないからさ。
――それは自身にとって意外な話でしたか? それとも予感はあった?
YTR まったくない。頭が真っ白になったよ。
――BOSSさんは、そのタイミングで話したのはなぜでしょうか? 以前からあたためていたアイデアだったんですか?
ILL-BOSSTINO(以下、BOSS) そんな話をするつもりはまったくなくて、ノリで出てきた話で。うちにはO.N.Oってすごいビートメイカーがいるから、2人をくっつけて「1曲作ってみなよ?」ぐらいの話を、その時に初めて思いついて。
――そこから実際のレコーディングが始まったのは?
YTR 話をした翌年だから、去年の1月後半ぐらいかな。それからO.N.Oちゃんのトラックがガンガン送られてくるようになって、そこから始まった感じ。
――トラックを聴きながら曲のアイデアが浮かんでいった?
YTR そう言っちゃえばそうなんだけど、O.N.Oちゃんの音楽っていうのはトラックやビートっていうくくりじゃなくて、完全なるアートなんだよね。芸術性が高くて、オーケストラを聴いているような感じ。だから、一聴しただけじゃ理解できない。
――当初は1曲の予定だったのが、フルアルバムになった背景というのは?
YTR 最初は作れるところまで作ろうって感じだったんだけど、正直、自信はなくて。リハビリもできないまま本戦に突入しちゃったからさ。だから、スキットやイントロを入れて、10曲ぐらいで勘弁してくれないかな? って思ってたんだけど、全然逃げきれなくてね。どんどん機関車に炭を放り込まれて、「お前、もっと走れるだろ?」みたいな感じ。
――その時点でアルバム全体のテーマはあったのでしょうか?
YTR テーマは今の自分、取り残された俺みたいなもの。あとTBHRから出すなら、逆にTBHR的なものじゃない、完全に俺のアルバムにしようと思った。BOSSに飲み込まれないように、俺のカラーでやろうって。
――率直な感想を言うと、自分自身をむき出しにしているのを感じたし、恥ずかしい部分も全部出しちゃってるなと。それは覚悟として最初からあったのか、それともビートによって引き出されたのでしょうか?
YTR 導かれた、っていう感じだね。あと、俺は言葉のノートを集めるタイプだから、オファーが来たときにその言葉の羅列をくっつける作業。
――今回のアルバムも基本的にそういうやり方で作ったんでしょうか?
YTR そうだね。言葉のノートのストックも3冊分あったんだけど、17曲もあるから、札幌に行って一瞬でなくなっちゃってさ。それからは書いては録って、録っては書いてみたいな。
――プロデューサーの立場からアルバムの内容について助言などは?
BOSS リリックに関しては、「個人的にこういう曲を聴きたい」っていうリクエストはしたね。ただ、THA BLUE HERBもそうなんだけど、作っていく途中で全体が見えてきて、不足しているものを足していく感じで作っていく。きっとO.N.Oちゃんもそういう作り方でやるだろなって思っていたから、全体像に関しては2人にお任せで。
――実際、札幌に入ってから制作はスムーズでしたか?
YTR 苦しまなかった。もうスムーズしかない。O.N.Oちゃんと一緒にいると楽しくて、終わっちゃうのがもったいないくらい。
――アルバム1枚をひとりのプロデューサーと丸々作るというのは、デビュー初期のBEN THE ACE以来だと思いますが、相性の良さの理由って何だったんでしょうか?
YTR やっぱり同じ歳、というのが大きいんじゃないかな。BOSSもそうだし、俺もO.N.Oちゃんも同じ歳。聴いてきた音楽や見てきたもの、あと食べてきたものとかもほぼ変わらない。それに(地元の長野と)雪国同士ってのと、俺の母親が札幌生まれで今も札幌にいるし、親戚もたくさんいる。子どもの頃からよく行ってた土地でもあるから、半分は北海道の人間って思ってるくらい本当に好きな街なんだよね。
――収録曲に関して、まずこのアルバムの中からパーティ・チューンの「MOVE THE CROWD, ROCK THE HOUSE」が先行でシングルカットされたのは結構意外でした。
YTR あれはBOSSが決めんだけど、やっぱり、俺にとってパーティアンセムっていうのは避けれないから。それはTBHRでもやるぞっていうのが、俺とBOSSとの間で絶対条件だった。
BOSS 今回の作品をTBHRでやることによって、THA BLUE HERB的なサウンドと、ユウちゃんのカラーがどういう化学反応を起こすかっていう楽しみがあった。でも、同時に本来持ってるユウちゃんの味を出さないと、つまんない結果になっちゃうからね。
――O.N.Oプロデュース作としても、そうしたタイプの曲はめずらしいですよね。
BOSS 俺がキックしないだけで、彼自身は昔からそういったトラックは提示していたからね。O.N.Oちゃんも無理して作っている感じではなかったし、ユウちゃんのテイストもあったからこそできたんだと思う。
――「MOVE THE CROWD ~」のリリックには自分自身の原点回帰みたいなものを感じました。
YTR 原点回帰というよりも、俺の定義だね。
――ヒップホップの定義?
YTR トラップやフリースタイルバトルとか、そういうの傍目に見ていて、ヒップホップのルールはこういうことだよ、っていうね。俺にしか歌えない、俺からのルール。原点回帰なのかもしれないけど、これが俺のヒップホップのマナー。
――そういったヒップホップ色の濃い曲がある一方で、「GO AROUND」ではインドへ行ったときの話が出てきたり。
YTR 俺はヒップホップ以外でも活動しているからね。
――ヘンタイカメラとしての活動ですね。
YTR そう。
――ヘンタイカメラとしての活動は、今の自分の中で大きな存在でしょうか?
YTR うん、大きいよ。知らない世界を見せてもらったし、それは今でも続いている。それが順調だからこそ、このアルバムを作らなければいけない使命感にも駆り立てられたんだよね。ヒップホップに対する自分のけじめというか。俺は10代の頃からV.I.P.クルーに所属しているし、ヘンカメではトランスにラップを乗せたりもしてる。だから、ビートに関するこだわりがないのが俺のプライドっていうか。“信州信濃のラップマシン”って言ってる以上、何にでもラップを乗せるぜ! みたいな感じ。ヒップホップに限らず、音楽が好きなんだよ。テクノもエレクトロもソウルも歌謡曲だって何でも好き。
――それは自分の中ではずっと一貫していると?
YTR 90年代のウータン・クラン全盛期にリリースした『THE ★ GRAFFITTI ROCK ’98』は完全にエレクトロだったし。事務所の社長には毎回怒られるんだけど、「ユウちゃんはいつも3年半早すぎる。勘弁してよ」って。ティンバランドのようなビートにしても、早口のラップであっても、日本で流行る前にもうやっちゃってる。つまり、みんなが気づいて定番になったときには、もう違うことをやってる。
――ずっと、そういう感覚でやってたんですね。
YTR やっと時代が俺に追いついて、昔の曲もみんなが愛せるようになったんじゃないかな。だから、この11年は無駄じゃなかったって思える。結局、あまのじゃくなんだよね。みんなと一緒に群れたくないし、同じことはしたくない。自分だけ、また別な方向に行くよって。
――90年代に日本のヒップホップ・シーンのど真ん中にいた人がそう言うのは興味深いですね。
YTR 勝手な話だよね(笑)。でも、それがオリジナリティだよ。
――「THINK ABOUT WHY YOU STARTED」は今回のアルバムの中でかなり好きな曲ですね。
YTR これはもうアルバムの核心というか、背骨になるような曲だね。
――昔の曲でいうと「BACK CITY BLUES」(『THE★GRAFFITI ROCK ’98』収録)を思い出しました。
YTR 「BACK CITY BLUES」みたいな語り口調は、俺の得意分野のというか、ひとつの売りだからね。そこにいる人に対して、切々と話すというか。ラップとはまた違って、ポエトリーリーディングともちょっと違う。この曲のテーマは、この11年の中での苦悩というか、「44 YEARS OLD」ではなかなか謝れなかったこともあって、離れていったファンや友達とかに対する懺悔でもあるんだよね。
――この曲に限らず、アルバムには懺悔の気持ちがいくつかリリックで見受けられます。聞きにくい質問ですが、逮捕の件(注:10年に現行犯逮捕)に関しては、やはり申し訳ないことをした気持ちは大きいですか?
YTR 本当に素直に、「心配をかけてごめんね、悪かったよ」っていう気持ち。「どっから話していいかわからないけど、今、俺はがんばってるからさ」みたいな。あと、最後のマーク・トウェインのくだりは、ほぼ韻は踏んでないんだけど、バトルMCやフリースタイラーに対する俺の気持ちなんだよね。今回のアルバムにディスの部分はひとつもないでしょ? 人を貶めるようなワードを入れるような気分にすらならなかったんだよね。
――アルバム後半の「LONESOME SOLDIER」、「T.O.U.G.H.」、「ILL中目黒BLUES」、「YOU KNOW HELL? I KNOW WELL」あたりの流れはすごく重くて、心の闇の部分を吐き出しているなと。
YTR 重いテーマかもしれないけど、逆にここは一番ダンスする場所なんだよね。トラックも含めてノリノリで、俺の中ではぶっ飛びながら、めちゃくちゃ踊っている感じ。苦しいことを吐き出しながら、幸せになっていくっていうかね。
――「YOU KNOW HELL? I KNOW WELL」では、イントロでECDの声がスクラッチで使われているのが結構印象的で。
YTR 今回のアルバムのスクラッチネタはBOSSがチョイスして、ダイちゃん(DJ DYE)がカットしてくれてるんだけど、もう最高だなって。
――今回、アルバムにはBOSSさんが何カ所か登場する以外、ゲストを一切入れなかったのは、最初の段階で決めていたことですか?
YTR 最初は「誰に参加してもらおうか?」ってBOSSと話していたし、ラッパーからのアプローチも多かったんだけど、完成が近づくにつれ、「もう誰も入れねーぞ」みたいになったんだ。今どき17曲っていうボリュームもないだろうし、フィーチャリングが一切ないこともよいかなと。
――今回のアルバムが出来上がって、プロデューサー的な立場としてBOSSさんの感想を聞かせてください。
BOSS 最高です。レコーディングする前のプリプロ段階で、もう作品としてのレベルに到達してたんで、完成がめっちゃ楽しみだったんですよ。俺自身、自分のレーベルで発売することで気持ちが入るし、一緒に作り上げることができて本当によかったです。
――今回の制作で「YOU THE ROCK★」というアーティストに対して、新たな発見はありましたか?
BOSS ユウちゃん自身の性格はもちろん、11年間苦労してきたことや、友達として付き合ってきてわかっていたことはあったけど、実際にライムになって出てくると、やっぱり聴こえ方も全然違う。一つひとつ発見もあるし、「ああ、なるほどね」って思ったこともたくさんありました。
――個人的な感想としては、言葉の一つひとつが突き刺さってくるし、歌詞カードを読まなくてもラップがしっかりと耳に入ってくる。そういう言葉のパワーは、昔と変わってないんじゃないかなと思いました。
YTR ヒップホップが俺をそうさせるんだよね。俺の意思とはまた別で、どうしても逃がしてくれない。ヒップホップがもたらす俺に対するエフェクトっていうかね。
――ヒップホップに突き動かされている感覚はありますか?
YTR もう、それしかない。はっきり言ってこの10年間、ヒップホップなんて嫌いだって思ってたし、ヒップホップをやってる奴なんか絶対に近づかないとも思ってた。
――ヒップホップの呪縛が、ある意味、悪い方向に……。
YTR 「どのツラ下げてお前来てるんだよ!?」って思われても困るから、(ヒップホップ・シーンに)入れなかったし、自分から身を引いてた。そうすると、どんどんと別れた女みたいに嫌いになっていって。テレビでヒップホップが取り上げられたりすると消してたもんね。
――そういった思いも含めて、今回のアルバムを完成させて、自分の中に溜まっていたものを吐き出せました?
YTR もちろん、吐き出した。
――浄化もされましたか?
YTR それはこれからだよね。お客さんの喜んでいる顔を見て、「ユウちゃん、お帰り!」とか言われたら、「ただいま!」って返したい。そのコミュニケーションを大事にして、みんなと明るい方向を目指したい。
――改めて11年ぶりのアルバムをTBHRから出せたことについて、今の率直な気持ちを聞かせてください。
YTR BOSS以外からのオファーだったら、多分引き受けてない。彼はライブやリリック、佇まい、生き様すべてにおいて、BOSSをスーパーMCだと思ってる。俺は孫悟空みたいに石の中で固まっちゃって、出るもんかって思ってたけど、BOSSに言われたからこそ出せたんだと思う。
――最初のアルバムの『NEVER DIE』が92年リリースで、その29年後に今回の『WILL NEVER DIE』がリリースされて。その間に紆余曲折あったわけですけど、それでも自分の中でずっと変わってないものはありますか?
YTR やっぱり、誰もやってないことをやるのが好きなところだね。逆にこの29年の中で俺にとって大きく変わったことは、俺の大事な人が亡くなっていること。石田さん(ECD)、DEV LARGE、OSUMI(SHAKKAZOMBIE)、ヒロシ君(DJ HIROnyc)、DJ KENSAWとかにしてもそうだし。ゴールデンエラのヒップホップを作り上げてきた、俺の大事な人たちがいなくなっちゃった。楽しいことも、うれしいことも、悲しいことも、ツラいこともあるんだけど、結局人は死ぬ。それだけは平等なんだよね。みんなが亡くなったことによって、それに気づかされた。だから、『WILL NEVER DIE』っていうタイトルには、そういうメッセージも込めてるんだ。
YOU THE ROCK★
『WILL NEVER DIE』
THA BLUE HERB RECORDINGS
5月12日発売
Twitter〈@YTR_official〉