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石丸幹二演じる大久保利通(左)と山内圭哉演じる岩倉具視(右) | ドラマ公式Twitterより

 『青天を衝け』の「明治編」、皆さんはどのようにお感じでしょうか。活気がありますよね。

渋沢栄一がクセの強い明治新政府の面々と渡り合う様は、まるでTBSの「日曜劇場」みたいという声もありますが、本当にそのとおりかもしれません(笑)。今回は大隈重信と大久保利通を中心に、新政府の個性豊かな人々についてお話したいと思います。

 前回のコラムでは取り上げませんでしたが、大隈重信(大倉孝二さん)が初対面の渋沢を説き伏せたのは本当にあった話です。渋沢秀雄『父 渋沢栄一』(実業之日本社)によると「君も八百万の神の一柱(ひとはしら)となって、新しい日本の建設に一肌ぬいでくれたまえ」と話したそうで、いざという時に「八百万の神」といった大胆な例えを持ち出せる大隈の言語能力の高さには驚きしかありません。大隈は、渋沢について「気迫と弁舌にかけては人後に落ちない栄一だった」(『父 渋沢栄一』)という噂を聞きつけていたので、入念に準備していたのかもしれませんが、大隈の自伝『大隈重信自叙伝』(早稲田大学編/岩波文庫)を読んでいると、彼の文章は格調高く、しかもリズム感が良いのです。難しい内容でも読んですぐに理解しやすいため、かなりの弁舌家でもあったのだろうなぁと感心してしまいました。

 『青天~』は全41話、前回を入れても残り13話しかありません。展開がいっそう早くなるため、大蔵大輔として渋沢の上役を勤めていた大隈はすでに大蔵省から(大久保利通の陰謀で)異動させられ、井上馨(福士誠治さん)が代わりに赴任してきてしまいました。

 大隈とは多少のトラブルはあったものの、ウマが合ったといえる渋沢ですが、井上との関係もおおむね良好でした。渋沢は今風にいえば“陽キャ”(=陽気で外交的なキャラクター)で、自分と同じ“陽キャ”、つまりは本音も感情もあらわにしてくる人物とはすぐに仲良くなれるようです。渋沢が一目置く人物にはもうひとつ必要条件があり、それは「財政経済に明るい」という点です。その特徴を両方満たしているのが井上馨でした。

「腹立ちっぽいだけに人間は陽性だった」そうで、すぐに怒る井上とも渋沢は仲良くなれたそうです。

 その一方で「決して人に腹を見せない性格」で「陰性」の大久保とは「ソリが合わなかった」そうです(『父 渋沢栄一』)。現代風にいえば“陰キャ”な大久保は、本音を見せず、さらに渋沢の目には「策略があるが財政経済には暗かった」人物と映りました。そういう史料を反映したのが『青天~』の大久保像でしょう。確実に悪役として描かれていますよね。歴代の「大河ドラマ」では、問題行動が多い西郷隆盛をかばう“苦労人の人格者”として描かれることが圧倒的に多かった大久保を、“新しいことを始めようとすると頭を押さえつけてくるイヤミな上役”として描いた例は、『青天~』が初めてではないでしょうか。実際、渋沢の子息の秀雄も「栄一は大久保を嫌い、大久保も栄一を嫌っていた」と端的にまとめているくらい、両者の関係は険悪だったようです。

『青天を衝け』で大久保利通が“悪役”として描かれたのは“陰キャ”で渋沢栄一に嫌われていたから? 個性豊かな新政府の面々の実像
福士誠治演じる井上馨(左)と山崎育三郎演じる伊藤博文(右) | ドラマ公式Instagramより

 ドラマの大久保利通(石丸幹二さん)は、一方的に渋沢や井上(そしてすでに違う部署に配属されてしまった大隈)に憎悪を向けているように描かれていますが、しかし史実では井上が大久保に“嫌がらせ”をしたこともあります。

 井上と渋沢が大久保の宴席に招待された際に、井上は酒に酔ったふりをして「お前(=大久保)などは、妙に様子ぶっとるばかりで、何も仕事はできやせん。そのくせ威張るだけは威張っとる。そんなヤツがおるから、世の中がうまく治まらんのだ。ワッハハハ」(『父 渋沢栄一』)などと面罵したのです。

その後も「口ぎたない罵倒がつづいた」にもかかわらず、大久保は酒の席のことだからと堪え、相手にしなかったそうですよ。渋沢も井上を止めなかった点で同罪といえるでしょう。

 渋沢本人も後日、大久保とトラブルを起こしました。こちらは完全にシラフです。国家財政の年間予算が決まる前に、陸軍省の軍事予算は年800万円、海軍省を年250万円にしたいと提案してきた大久保に、渋沢は「歳入の統計もできないうちから、巨額な軍費を先に決定することは、財政上危険至極」などと反論。渋沢は「大久保さん、あなたは経済がわかっていない」というふうに正論をぶつけ、彼を不機嫌にさせてしまったのです。ドラマの渋沢なら言いかねない感じですが、史実でもそういう口調で新政府の実質的な中心人物だった大久保にたてついたのですから、驚いてしまいます。

 ちなみに、大隈重信から見た大久保評は「極端の保守主義を執(と)れるもの」でした。この頃、大隈は日本全国を鉄道で結ぶ事業を立ち上げようとしていました。これは革新的な一大プロジェクトでした。大久保、そしてドラマにはなぜかまったく出てこない木戸孝允といった明治新政府の中心人物のほか、岩倉具視、三条実美、山内容堂などの旧・支配者層の人物も、大隈の計画にはおおむね賛同してくれていたのですが、山内を除いて「一人もあえて余等を勧励(かんれい)してその急激なる改革を断行せしめんとするものなく」……誰ひとり具体的な手助けをしようという人はいなかったそうです。大久保の態度はどうだったかというと、好意的に振る舞ってはいても、大隈の屋敷にやってきては「勧諭(かんゆ)を加えた」といいます。

つまり「そこまで急激に物事を進めるのはよくないから、わきまえなさい」と諭していたわけです。大久保にこのようなことを言われてもなお、大隈は鉄道事業を諦めたりしませんでしたが。

『青天を衝け』で大久保利通が“悪役”として描かれたのは“陰キャ”で渋沢栄一に嫌われていたから? 個性豊かな新政府の面々の実像
大久保利通

 渋沢や井上、そして大隈たちに言いたいように言われ、ドラマでも悪役のように描かれている大久保利通ですが、われわれは彼をどう評価したらいいのでしょうか。

 急激な改革を推し進めようとしている新政府内の人々と、それらの改革に対して大反対の立場だった薩摩の島津久光など地方の旧大名たちの間を取り持ち、新体制が転覆しないように努力していたのが大久保利通という人物です。

 ドラマでも「廃藩置県」の言葉が飛び交うようになりましたが、これは倒幕に協力した旧藩主たちには寝耳の水の行いでした。これまで自分の領土だと思っていた土地を新政府によって奪われてしまうのですから。旧藩主たちの多くは、新政府には「第二の幕府」となってもらい、自分たちがもう少し国政に関与できればよい、といった程度のことを考えていたのです。にもかかわらず、明治新政府は旧藩主の大半を蚊帳の外に置いて、旧藩主たちから見れば何処の馬の骨ともわからない若者たちに好き勝手やらせているので、不満は募る一方でした。

 旧藩主たちだけでなく、新政府に入らなかった(入れなかった)旧武士たちの不満もあります。彼ら旧勢力……いわゆる「不平士族」と新政府の間を取りまとめる、という難題に対応せざるをえなかったのが大久保だったのです。

 次回予告にも軍服姿の西郷隆盛が「戦じゃ!」などと叫ぶ映像が見られたので、この手の問題もドラマ内で描かれていくでしょう。詳しくはその時にお話できたら、と思います。

 大久保は新政府の赤字も自分のポケットマネーで埋めるのが常だったため、遺産がほとんどない状態で亡くなっています。これも渋沢など一流の経済人から見れば「経済がわかっていない」行為なのでしょうが、彼も新しい日本を作ろうと踏ん張った「八百万の神」の一柱です。われわれ視聴者も大久保のことを歴史の悪役だと思い込んだりしないように気をつけたいものですね。

 ところで、個人的に気になるのは、渋沢成一郎(喜作)の動向です。ドラマは今、明治4年(1871年)まで進んでいます。史実の成一郎は明治3年に監獄から出所、渋沢栄一からスカウトされて大蔵省で働き始めているのですが、次回の予告にも彼の姿はなく、どうなってしまうのだろうと不安です。

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