新庄剛志氏

 セクハラ、パワハラに敏感な現代社会で上司と部下の関係も変容している昨今、若い部下との接し方に頭を悩ませている上司世代も多いはず。そんな人たちの指針となり得るのが、北海道日本ハムファイターズの“ビッグボス”こと新庄剛志監督だ。

 15年ぶりに球界復帰し、いきなり指揮官に就任。それだけでもスペシャルだが、新庄ビッグボスのセンセーショナルな言動は連日メディアで大々的に報じられ、球界の古くて堅い監督像を覆し続けている。出る杭は打たれやすい日本において、叩かれるどころか、ネット上ではおおむね好意的なリアクションが寄せられているのもポイントだ。

 なかには、若い世代を中心に「新庄みたいな上司ならいいのに!」「理想の上司に近い」「来年の“上司にしたいランキング”には新庄ビッグボスが入ってくるだろう」といった、“新庄型上司”を切望するSNSの書き込みも多い。

 なぜ、若者世代に新庄ビッグボスの在り方が受け入れられているのだろうか。『令和上司のすすめ ―「部下の力を引き出す」は最高の仕事― 』(日刊工業新聞社)の著者・飯田剛弘氏にビジネスの観点から、令和時代の上司の理想像と新庄ビックボスの共通点を聞いた。

「優勝なんて目指さない」もビジネスコミュニケーションの王道だった!

「新庄監督の就任会見は、野球に明るくない私でも不思議とワクワクしました。それはきっと、言葉の端々に『ファンを楽しませる』『ファンと一緒に楽もう』という明確な意思を感じたから。この場合、“ファン”は一般企業でいう“消費者”に置き換えられます。ただ単に商品やサービス(=球団やチーム)をつくるのではなく、新庄さんは消費者が“自分ごと”にできるようなブランディングや体験提供をしていると感じますね」(飯田氏、以下同)

 この就任会見では、新庄ビッグボスから「優勝なんていっさい目指さない」という発言も飛び出した。飯田氏は、この発言についてこう分析する。

「新庄氏は、この発言の後に『高い目標を持ち過ぎると、選手はうまくいかない。何気ない一日を過ごして勝ち、それで9月あたりに優勝争いをしていたら、さあ、(優勝を)目指そうと』と、意図を補足しています。まず先に結論を言い切って、その後から理由を説明するのは、仕事上で何かを説明するときに非常に効率的な手法です。新庄さんはおそらく無意識のうちに、この王道のビジネスコミュニケーションを実施しているのでしょう」(同)

 奇抜に見えてしっかりとした理由がそこにある、という“新庄流”コミュニケーションは早くも発揮されている。秋季キャンプ中の遠投練習では、送球角度の目安をバットで示すためにグラウンド内に乗り入れたワゴンの屋根にビッグボスが自ら上り、シートノックではポジションをシャッフル。これらの突飛な行動は一見、話題先行の練習にも映るが、その後、遠投については「強くて低い送球を意識させるため」、シートノックは「違うポジションの選手の気持ちを知るため」と、いずれも目的をきっちり説明している。

「上司が説明を面倒くさがって、『とにかく必要なんだから文句を言わずにやれ』という態度でいては、現代の部下は絶対についてきてはくれません。かつては『仕事は先輩を見て学べ』『部下には背中で仕事を教えよ』という風潮がありましたが、令和時代の上司はそれじゃダメ。自分の背中に自分で説明書を貼って、さらにそれがキレイな文字で、部下にとって読みやすい文章になっているかまで気を配らなくてはいけないんです」(同)

 11月には、沖縄・国頭村で行われた秋季キャンプで、新庄ビッグボスが清宮幸太郎選手の脇腹あたりを触りながら「デブじゃね?」と指摘したことも話題となった。ネット上では、新庄ビッグボスのズバッとした指導ぶりを評価する意見もある一方で、飯田氏は「発言自体はパワハラ以外の何ものでもない。上司が部下に言ったらアウトです」と、ピシャリ。ただ、これも新庄ビッグボスが「昔(痩せていた時)のほうがもっと飛んでいた」と感じたからこそのアドバイスだった。説明を加えることを前提にセンセーショナルな言葉を放つのは、先に挙げた例と変わらない。

 ここで注目なのが、新庄ビッグボスが清宮に対して「痩せた方がモテるよ。カッコイイよ。スタイルのいい野球選手がベストでしょ?」と言葉を添えたことだ。洒落っ気を混ぜることで、清宮も必要以上に落ち込むことはなくなるだろう。新庄のこういった相手に対する細やかな気配りは選手時代から顕在。礼節や身だしなみに厳しいあの野村克也氏でさえ、阪神監督時代は実力抜きに新庄を気に入っていたなんて話もあり、ビッグボスの人たらしぶりがわかる。

「それは、就任会見で新庄さんが発した『ありがとうございました、を言える選手を育てていきたい』という言葉からも見て取ることができます。常識にとらわれない言動をする半面、基本的な礼儀はしっかりされているのでしょう。前ゼネラルマネージャーの吉村浩氏(現・チーム統括本部長)の名前を繰り返してその重要性を説いたりと、既存の幹部への心遣いも忘れていない。お礼をする、相手を立てる、配慮することはグローバルでビジネスをする上でも必ず必要な能力ですが、新庄さんはさすがメジャーを経験しているだけあって、そのあたりの感覚も培われていたのでしょうね」(同)

 2005年、球界再編問題の渦中にすい星のごとく現れたライブドア社長(当時)の堀江貴文氏は、既存のオーナーたちへの礼節を欠いたこともあって球界参入の願いは叶わなかった。一方で2015年、DeNAの南場智子会長は、球界のドン・渡辺恒雄氏の心を開かせたことで球界初の女性オーナーになったことは有名な話。いくら時代の寵児でも、やはり上の世代への敬意なくして旧態依然とした体制に風穴を空けることはできない。新庄ビッグボスは、そのことも肌感覚でわかっているのだろう。

 と、ここまで手放しで新庄監督のマネージメントと上司像を褒めてきたが、プロ野球は勝負の世界。いくら良いマネージメントをしていても、結果を残せなければいい上司とはいえない。そのためには、選手たちの奮起が絶対条件だ。

「部下はやはり、覚悟をもって仕事に臨んでいる上司についていきたいもの。ですが、日本は海外に比べると労働者がクビになりにくい環境にある分、上司の危機感も薄い傾向にあります。その点、新庄さんは会見で『契約年数は球団から10年と言われましたけど、1年契約で頑張ります。だからクビになって来年はここにいないかも』と明かし、結果が出なかったらクビにしてもいいという意志を表していました。こういう姿勢はやはり仕事へのコミット力が違ってくるので、選手も『この監督(=上司)のために頑張りたい』という気持ちが起きやすいのではないでしょうか」(同)

 斬新に見える“新庄ビッグボス流”マネージメントも、その言動を分析すると実は基本に忠実のようだ。野球ファンも、そうじゃない人も、新庄ビッグボスの一挙手一投足にはどうしたって注目してしまう。これこそが、新庄が魅せたい“上司”としての背中なのかもしれない。

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飯田 剛弘(いいだ・よしひろ)

新庄剛志“ビッグボス”から学ぶ、理想の「令和上司」像 部下とのコミュニケーションも一流?
「ビジネスファイターズ合同会社」代表。マーケティング×グローバルマネジメントの専門家。新規事業の立上げ、デジタル戦略立案や販促支援などに数多く携わる。外資系製造業で日本、韓国、東南アジア、オセアニア地域のマーケティング責任者として、人材育成や多様性のあるチーム作りにも力を入れてきた経験を活かし、官公庁、企業、団体での講演や研修、コンサルティングを行う。メディア掲載多数。著書には 『令和上司のすすめ』(日刊工業新聞社)など5冊ある。

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