Night Tempo公式チャンネルより

 遠く離れたLAのステージでDJが泰葉の「フライディ・チャイナタウン」をプレイし、それに合わせてオーディエンスが大合唱する────日本人の我々にとっては驚きの光景がTwitterで拡散された。

「フライディ・チャイナタウン」は、1981年9月21日に発売された泰葉のデビューシングル。泰葉といえば、落語家の家に生まれ、1988年に春風亭小朝と結婚。しかし、2007年には帝国ホテルの宴会場で離婚会見を行い、世間を驚かせた。離婚会見を報じるワイドショーなどで「フライディ・チャイナタウン」を聴いた記憶のある読者もいるだろう。

 そんな経緯もあり、「ちょっとした面白ソング」的な側面も若干ある「フライディ・チャイナタウン」を、ここ数年巻き起こる「シティ・ポップ」ブームの立役者でもある韓国のDJ兼プロデューサーNightTempoが鮮やかにアレンジ。これがアメリカでウケているという。

 本稿ではトラックメイカーで著述家の小鉄昇一郎氏に、世界の音楽シーンにおける「シティ・ポップ」の現在地について聞いた。

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────「フライディ・チャイナタウン」で大盛り上がりするLAのクラブ風景を見て驚きました。世界的にシティポップ・ブームが起こっている、という話は最近よく耳にしますが、実際どうなんでしょうか?

小鉄昇一郎氏(以下、小鉄) 竹内まりや「プラスチック・ラブ」松原みき「真夜中のドア~Stay With Me」に続いて、という感じですよね。2017年にある匿名ユーザーがYouTubeにアップした「プラスチック・ラブ」の動画が急激に人気になり、その翌年には「日本のシティポップが海外で人気!」という話を聞くようになりましたが、現在に至るまでその人気は続いているようですね。

 それこそ自分はVaporwave(ヴェイパーウェイヴ)、Future Funkと言った、日本のシティポップを編集/加工した海外のアンダーグラウンドな音楽ジャンルを好きで追ってて、雑誌のVaporwave特集とか『蒸気波要点ガイド』(増補改訂版『新蒸気波要点ガイド』DU BOOKS)っていうディスクガイド本なんかにもライターとして参加してたんで、だからこそ「シティポップが世界で大人気!」みたいなニュースが最初に言われてたころは、かなり半信半疑だったんです。いや、そんなの海外のごく一部の、自分みたいな、音楽オタクの連中がネットで盛り上がってるだけで、世界で大人気! は大げさでしょ~っていう(笑)

 でもそれが、もはや局地的な流行ではないのかも? と肌身で感じた個人的な出来事がありまして……3、4年前の夏、地元の商店街をブラブラ歩いてたら、個人商店の小さい家電屋さんの壁に、レコードが飾ってあるのが見えて。何だろう、と思って中に入ってみたら、山下達郎、竹内まりや、杏里……みたいな、いわゆるシティポップの王道なレコードなんです。で、奥から、50代くらいのご主人が出てきて「お若いのにレコードお好きなんですか?」とか話しかけてきて。普通にご主人が昔から好きで聴いてたレコードを、何となく飾ってたらしいんですけど「いやあ、最近なぜか外国人の方が店に入ってきて、この壁のレコードは売り物か? 売ってほしい! なんて言うんですよ。何でですかね?」って言ってて(笑)。その後『YOUは何しに日本へ?』(テレビ東京系)みたいな番組でも、日本まで角松敏生のレコードを買いに来た外国人の音楽マニアみたいな回がバズってて、ああ、こういうことか~と。

────Twitterでも、アメリカの高校生がマーケットで「フライディ・チャイナタウン」を熱唱していたのを見たといった目撃談が出回ったりしていました。ところで、向こうの人はどうやってこういう曲を発見してるんでしょうか?

小鉄 最初はごく少数の、DJやレコード収集家、サンプリングの「素材(ネタ)」を探しているミュージシャンなんかが注目し始めたんじゃないですかね。YMOみたいなインストゥルメンタルの電子音楽とか、Merzbow、ボアダムズ、大友良英といった日本の先鋭的な前衛音楽なんかは昔から海外でも紹介されていましたが、ネット以前=90年代以前の日本国内で普通に聴かれていたポップスは、意外と紹介されていなかったんじゃないかと。     
  2011~12年ごろに登場したVaporwaveと呼ばれる新しいジャンルは、80年代のAORやダンス・ミュージックをサンプリング/再利用したスタイルだったんですけど、日本のシティポップも格好の素材としてサンプリングされたんですね。起点はそこだと思います。

────Vaporwaveについてはサイゾーの過去の記事(木村拓哉「パラパラ動画」がアメリカで拡散! キムタクが“キッチュな日本文化”のアイコンになる日)でもたびたび紹介されていますね。

小鉄 はい、Vaporwaveはアンダーグラウンドなジャンルで、インターネットや消費社会に対する風刺のような一面がありましたが、今やK-POPやジャニーズの作品にも(主にビジュアル面で)影響を与えています。そういった産業化・ポップ化したVaporwaveの中でも、シンプルにシティポップを現代的に踊りやすくリミックスしたスタイルが派生ジャンルのFuture Funkで、冒頭のNight Tempoなんかはその代表的なアーティストですね。

 
山下達郎をサンプリングしたSaint Pepsiによる2013年の曲。シティポップのダンス・リミックス=Future Funkの開祖的存在


Future Funkとアニメの組み合わせを確立したArtzie Musicチャンネル

小鉄 アニメ・キャラクターとシティポップという組み合わせも、Vaporwave~Future Funkのジャンル内の様式美みたいなものですが、もともとこういうジャンルにネットを介して興味を持つ外国の方は、日本のカルチャー=アニメ・漫画への関心が強い人が多いと思うので、自然な流れなのかなぁと。シティポップの紹介動画やプレイリストでバズった@tokyokageという人気TikTokerなんかも、シティポップ関係以外の投稿は、アニメ紹介、コスプレ、みたいですし。

小鉄 あとよく言われるのは関連動画のアルゴリズムですね。YouTubeの画面端に表示される「おすすめの動画」は単に人気の動画を表示しているのではなく、各々のユーザーの大まかな趣味・興味の中で動画を絞りつつ、クリックされやすいサムネイル、実際にその動画を飛ばさずに全部視聴する人の多さ、その動画にハマった人が他にも同じくらい楽しめる動画があるかどうかというジャンル自体の幅広さなど、YouTube側がいかにYouTubeに長時間滞在してもらえるかを基準とした動画をおすすめとして出しているようです。

 冒頭で触れた、2017年に非公式にアップされた竹内まりや「プラスチック・ラブ」の動画なんかはまさしく、その条件を満たしていたようです。アルバム・ジャケット=竹内まりやさんのモノクロのポートレイトの不思議な美しさが目を引くサムネイル、現代のポップス感覚からするとまあまあボリュームのある7分という曲=動画の長さ、同時代のシティポップやVaporwave~Future Funkなどコンテンツの豊富さ……これらの要素が前述のような、YouTubeの関連動画のアルゴリズムにとって、非常に好条件だったんじゃないかと。

 ちなみに「プラスチック・ラブ」を非公式にアップした匿名アカウント”Plastic Lover”は、オンライン・ゲームを通じて知り合った友達が日本文化やアニメ、ボーカロイドが好きだったそうで、日本のシティポップもその影響で知ったそうです。で、「Plastic Love Meme」でイメージ検索すると、このジャケットをパロディにしたミーム(ネタ画像)がたくさん出てくるんですけど、やっぱりアニメ・漫画ファンが多そうな感じが伝わってきます(笑)。

────なるほど。ヴィジュアル面ではアニメとシティポップのマッチングの絶妙さがウケているということでしたが、音楽的にはどう評価されているんでしょうか?

小鉄 もちろん、音楽としての素晴らしさが評価されている、というのは前提にあると思います。日本のレコード会社も羽振りが良かった時代の、良い意味で職業的なミュージシャンたちによって贅沢に作られたウェルメイドなポップスが、完成度の高い音楽として迎えられている、という。

 ただ、ここまで大きいブームになっているのは、音楽だけでなく、ノスタルジーと異国情緒という面もあると思います。日本っていうのはやっぱりまだまだ、外国から見ると、良くも悪くも不思議な国に見られてるんじゃないかと。

 これは個人的な推測ですが、ノスタルジーと異国情緒って近しい感覚だと思うんです。平成生まれの自分が、子どものころ『クレヨンしんちゃん を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)、『ALWAYS 三丁目の夕日』(05)に端を発するレトロブームに触れた時って、その両方が混ざったような感触だったんです。原体験として見てはいないんだけど、なんか不思議な懐かしさ、みたいな……。なおかつ、アメリカにとっては、ノスタルジー≒異国情緒の欲望の落としどころとして「日本」がちょうどいいんじゃないかと。普通に「古き良きアメリカ」を夢見るには、21世紀に入ってからのアメリカはもう不可逆的に変わり果ててしまった(だからこそトランプ前大統領の「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」というキャッチコピーが熱狂的に支持されたのでしょうが)。80年代、成長し続ける資本主義、デジタル産業、MTVにコカコーラにカセット・ウォークマン……こう言ったきらびやかな時代、ライフスタイルをそのままリアルに自国の歴史上で夢想しても、すぐに現代に立ち返ってしまい、没入できない。

 そこに「日本」という東洋の不思議な国をフィルターとして通すことで、ヴァーチャルな懐かしさ(ノスタルジー≒異国情緒)がすんなりと受け入れられ、楽しめる……という構造になってるんじゃないかなあ、と思いますね。


「フライディ・チャイナタウン」のFuture Funkリミックス。『らんま1/2』のシャンプーのイラストは”外国から見た誤解/誇張された日本のイメージ”そのもの?

小鉄 あと「フライディ・チャイナタウン」の「It’s So フライディ……」という歌いだしの「フライ」の部分、fri(実際の「フライディ・チャイナタウン」の英語表記タイトルはfly-dayという造語になっていますが)を「フ・ラ・イ」って3つの音節に分けるのって非常にカタカナ英語的なんじゃないかと思うんですけど、英語圏の人が聴くとそういう響きも面白かったりするのかな?と思ったり。そういう、かなり屈折した眼差しが、海外のシティポップ・リバイバルには含まれているんじゃないでしょうか。もちろん、単にSNSで流れてきた知らない良い曲やかわいい・カッコいいアートワークに反応して純粋に楽しんでるんだけだ、という人がほとんどでしょうし、アジア圏でもシティポップ・ブームは波及してるから、全部が全部そういう理由では説明できませんが。

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 日本においてリッチな音楽制作が叶えられていた時代のポップスが、アメリカの文化的背景の変容によってすくいあげられている状況は非常に興味深いのではないだろうか。今後もシティポップブームの行く末に注目していきたい。

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