すっかり大人になられたエマ・ワトソン(写真/Getty Imagesより)

 2001年に公開された映画『ハリー・ポッターと賢者の石』の公開20周年を記念したHBO制作の番組『ハリー・ポッター20周年記念:リターン・トゥ・ホグワーツ』がU-NEXTで配信された。

 映画『ハリー・ポッター』シリーズの出演者やプロデューサー、監督らが総出演する同窓会的番組だが、単なる同窓会というわけではない。

まず出演者の元にホグワーツ魔法学校からの招待状が届く。このあたりがすでに洒落ている。招待状を受け取った役者たちはホグワーツ行きの特急列車に乗る。キングス・クロス駅9と4分の3番線から。そしてタイトル通りホグワーツ魔法魔術学校で、彼らは再会を果たす……。

 スタジオで役者たちが出会うのではなく、実際に映画で使われたセットで再び出会い、シリーズの制作秘話が紐解かれていく。

 ダンブルドア校長の部屋でハリー・ポッター役のダニエル・ラドクリフと第1作目『賢者の石』、2作目『秘密の部屋』の監督、クリス・コロンバスが再会。コロンバスが監督を引き受けた理由が語られる。当初、監督にはスピルバーグが打診されていたが、彼が『A.I』に専念するためプロジェクトを離れ、スピルバーグの『グレムリン』でデビューしたコロンバスに依頼が来たのだが、番組では(監督の依頼を)3度断ったのに、自分の娘から原作本を読むように迫られて仕方なく読んでいるうちにハマってしまい、作者のJ・K・ローリングに会って意気投合したという。

 言うまでもなく『ハリー・ポッター』シリーズは世界でもっとも売れた児童文学といわれ、本国イギリスでは新作が出る度に発売を待ちわびるファンで行列が生まれた。子供も大人も関係なく。コロンバスの娘が夢中になっていたのもわかる。

 ハーマイオニー役のエマ・ワトソンやネビル役のマシュー・ルイスらも子供の頃に原作本に触れた思い出を話す。森番の巨人、ハグリットを演じたロビー・コルトレーンは「本を手に取ったことがない人々にまで、文章の力を知らしめた」と語る。

 世界的なベストセラーとなったあとは映画化の話が持ち上がり、主要キャストはオーディションで決めることになった。あちこちから子供たちが集まり、プロの子役として部隊を踏んだ者もいれば、まったくの素人もいた。ハリーと敵対するドラコ・マルフォイ役となるトム・フェルトンは、オーディションの場でスタッフが頭上にかざしたガンマイクが何をするためのものかわからない女の子に「撮影されてるよ」と教えてあげた。その子が後のハーマイオニー、エマ・ワトソンだった!

 ワトソンは『賢者の石』がデビュー作という素人だったのだ。

 こうしてキャストは決まっていったが主役のハリーだけはこれといった役者に出会えなかった。煮詰まったコロンバスはある日、偶然に観たBBCのドラマに出ているラドクリフを見て「この子がハリーだ」

 しかしラドクリフはダメだと言われる。両親から許可が下りないと。出演契約はシリーズ7作品に出ること、そして撮影のためロスにゆくこと。ラドクリフの両親はそんな仕事じゃ当時11歳の息子の人生が狂うというのだ。

 コロンバスはかつてヒットさせた『ホーム・アローン』に主演したマコーレー・カルキンの両親が、息子が稼いだギャラを巡って裁判になるほど争い、彼の人生がボロボロになったことにショックを受けており、『ハリー・ポッター』ではそんなトラブルはもう御免だと思ったのだろう。

ラドクリフの両親なら大丈夫と思った彼とプロデューサーのデイビット・ヘイマンは説得の末、キャスティングできた、というわけだ。

 ラドクリフ、ワトソン、そしてロン役のルパート・グリントはグリフィンドール談話室で20年ぶりに再会する。

 オーディションでは候補者たちが、3人のチームを組まされスクリーン・テストを受けていた。当然ハリーたち3人組のテストだがワトソンは「この3人の時は何かが違ったし、自然と息があっていた」と振り返る。

 始まった第1作目の現場でコロンバスは、子供たちが楽しく撮影することを心掛けた。子役たちはなかなか撮影に集中してくれなかったが、子役に対する扱いが上手いコロンバスは終始子供たちをリラックスさせ、子供たちの父親のように振る舞った。

「おかげで仕事だと感じずに子供でいられた。働いた記憶がない」(トム・フェルトン)

 コロンバスが1、2作目で監督をして、子役たちを和ませていた功績は重要だ。なにしろ大人の役者たちはみな英国を代表する名優たちなのだから。

 ダンブルドア校長役リチャード・ハリス、グリフィンドール寮監マグゴナガル役マギー・スミス、スネイプ先生役アラン・リックマン……映画ファンなら誰でも知っているような名前が揃い、コロンバスは子役たちが委縮しないよう指導し、役者たちも茶目っ気な態度で子供たちに接したという。

 1,2作目は大成功を収めたが、コロンバスはここで降板。3作目『アズカバンの囚人』はよりダークな物語になるため、メキシコ人のアルフォンソ・キュアロンが起用された。

 本作から登場する重要人物シリウス・ブラックには、クセのある悪役演技で知られるゲイリー・オールドマンがキャストされる。オールドマンは深刻でシリアスな物語に惹かれて出演を決める。キュアロンも3作目の物語を「子供から大人の入り口に差し掛かる」と評し、それに照らし合わせた表現に挑む。この起用はピタリハマっていたと言える。

 ほかにもデイビット・シューリス、ティモシー・スポールといった大物俳優らを演出でき、キュアロンにとってまたとない時間だっただろうが、ラドクリフはどうだったかというとすでにシリーズ2作品を経て14歳になっており、単なる子役ではなく、オールドマンら名優を相手に張り合える仕事をしていた。

 3作目は前2作以上に評価され、キュアロンはこの一本だけで降板するが、後に『トゥモロー・ワールド』でアカデミー賞ノミネート、『ゼロ・グラビティ』でアカデミー賞を受賞。彼が大監督として評価を高めたきっかけは『アズカバンの囚人』だといってもいいのでは。

 4作目『炎のゴブレット』では『フォー・ウェディング』で英国アカデミー賞に輝いたマイク・ニューウェルが監督になり、初の英国人監督の起用となる。

 三大魔法学校対抗試合が描かれ、スケール感の大きい4作品目にふさわしくニューウェルは大きな声を張り上げ、情熱的に演出に取り組む。

 ウィーズリー家の双子フレッドとジョージ(演じた役者、ジェームズとオリバーは実際の双子)がケンカをするシーンがあるが、2人が他愛無い小突き合いをしているだけなのでニューウェルは「そうじゃない!こうやるんだ!」とジェームズに飛び掛かり「演技指導」した結果、肋骨にヒビが入った。60過ぎの人間のやることではない。ニューウェルは自分のやったことを「ドジを踏んだ」と笑いにしたので場の雰囲気は重くならず、全員にこやかなままで撮影は続いた。

 友人や家族のような関係だった役者たちの間でも、変化が起きる。

 エマ・ワトソンはトム・フェルトンに恋心のようなものを抱いて「恋愛関係とはいえないけど、愛情はあったわ」と堂々答えてしまっていて驚く。日本で10代の共演役者同士がそんな関係だと(後にカップルになったわけでもなく)明かしたら、とんでもない騒ぎになるだろう。

 ハリーやロンたちの恋模様や思春期特有の不器用さが描かれ、ハリーの父親を殺したヴォルデモートの復活、友人セドリックの死を経て物語は大きく揺れ動く。映画を見続けている観客の少年少女たちも登場人物と同じように成長し、恋愛、人間関係に悩んでいただろう。ここまで来るともはや、単なる娯楽映画ではなくなっている。共感できる人生のようなものだ。

 5作目『不死鳥の騎士団』は再び英国人監督のデヴィット・イェーツが起用、以降のシリーズの監督を任され、物語は終盤に向けて疾走する。

 同一の監督を迎えて作品作りが固められる中、シリーズが破綻しかねないトラブルが起きていた。

 エマ・ワトソンの降板騒ぎだ。

 1作目から6年の月日が流れ、このシリーズが永遠に続くのかと恐れたワトソンは不安に陥り、孤独感に苛まれ誰にも相談できず「自分が降板したらどうなるだろうか?」と思い悩む。しかし作品に勇気づけられたという子供たちが世界中にいる作品を、自分の意思だけでは降板できない。

そしてなにより10代の頃を撮影を通して過ごした役者たち、ラドクリフやグリントとの絆が降板を思いとどまらせたのだろう。物語の中で3人が支え合うように、実際にも彼らは支え合っていた。

 この番組を見ていると、3人の仲の良さが伝わってくる。ルパート・グリントも「キャラクターと自分の境目がわからなくなってくる」というほど入りこめた仕事だったのだろう。物語でロンとハーマイオニーは結ばれる。番組内、2人だけの収録場面でグリント曰く

「これは強力で、ずっと続く強い絆だ。互いの人生の一部だ」

 感極まった2人は握手し、ハグする。本当にキャラクターと自分の境目が分からなくなる瞬間だ。『ハリー・ポッター』シリーズという映画は、関わった人々に永遠に続く魔法をかけた作品ではなかろうか。

 番組には原作者のJ・K・ローリングは出演せず、アーカイヴ映像が使われているだけで「なぜだろう」と疑問だったが、番組を見てわかった。ローリングは魔法をかけた側なので、かけた魔法についてあれこれ振り返られても興ざめになるだけだ。

 最新映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』は4月公開、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は7月に東京公演。

ローリングの魔法と物語は永遠に続く。

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