今ではアルバイトをしていない学生を探すほうが難しいが、かつては決してそうではなかった。日本以外では大学は勉強するために行くところで、学生は経済的理由以外で、つまり遊び感覚でのバイトはしないのが当たり前の国が多いのだが、いかにして日本は学生バイト大国になったのか。
就活で「バイト経験のある学生お断り」だった時代も
――まず、学生のバイトの内容がどう変わっていったのかからうかがいます。戦前期(昭和初期)には学生バイトといえば家庭教師など知的労働がほとんどだったのが、終戦直後には経済的に修学困難な学生が一挙に増えて、昔からの官庁や会社の事務労働、雑誌出版の編集事務の範囲を大きく超えて、肉体労働から街頭での宝くじの販売、進駐軍放出のガムやチョコレートの販売、ダンス・ホールのバンド、ブローカー営業まで一気に多様化したそうですね。
岩田 一番多様化していたのは戦後間もない混乱期でしょうね。ただ、学生たちは積極的に肉体労働などの仕事に就きたかったわけではない。戦前にはアルバイトをしている学生は「貧しい」という目で見られましたから、よほどでなければやる人自体が少なかった。それが戦後間もなく、「そんなことを言っていたら餓死してしまう」という状態になって従事者が増えた。ところが、戦後間もないときには大人ですら職がなかったわけですから、まして学生ができるパートの仕事なんてほとんどありませんでした。
もっとも、学生がなんでもかんでも仕事にするのは異常な事態であって、その後、揺り戻しが起こります。再び職種の多様化が加速するのは高度経済成長期以降です。
――「バイトがしたくても見つからない時代があった」ということ自体、最近の感覚ではなかなか理解しづらいですよね。
岩田 昔は「労働力」といえば「フルタイムで働く正社員」という前提があった点にも注意が必要です。人件費削減のために正社員採用ではなくアルバイト雇用を前提とする経営が広まるのは1970年代です。
とはいえ、近年のように例えば東京大学の学生からモデルや俳優が出ることは、加藤登紀子さんなどを例外として60~70年代にはほとんど考えられないものでした。4年制大学はかつてエリート、学力や階層が上位の人たちが通うものでしたから。大学進学率は80年代は10%台、90年代は20%台と徐々に上昇し、現在は50%を超えています。大衆化が進んでさまざまな人が大学進学するようになった結果、ある意味では現在の学生アルバイトは戦後間もなかった頃の多様性に回帰している。
――水商売も珍しくないですからね。
岩田 生活費や高額の学費を自分で払うために、「しかたなく」キャバクラ、風俗で働く学生も少なくないことにつきましては、ルポが出ています(中村淳彦著『女子大生風俗嬢』宝島社新書など)。それは極端な話だとしましても、今では女子学生が酒類も提供する店で、なんの抵抗もなく夜遅くまでバイトを行う姿は当たり前の風景になっている。しかしそのようなアルバイトは、女子大学生といえば良家のお嬢様であった50年代前後の時代には「夜バイト」と呼ばれ社会問題になりました。かつてであればエリートである大学生がやるような仕事でないとみなされていたアルバイトも、今や当たり前のごとく存在する選択肢のひとつになったのは、やはり大学がごく少数者しか行かなかった時代から、誰もが行く時代になり、学生の社会的な位置づけが「選ばれし人間」から「普通の人」になったからではないかなと。
――今ではバイト経験のない学生は就活で「こいつ、大丈夫か」と見られがちですが、かつては「アルバイト経験のある学生お断り」だった時代があったと本に書いてあって驚きました。
岩田 私が学生だった70年頃でも、「就職面接ではバイトの話は出すな」というのが常識でした。
もちろん、近年でも一部の企業には「アルバイトしなくていいような良家の若者を採用したい」という気持ちもあるようですが、バイト未経験であることを「みんながやっている活動を行っていない変わり者なのでは」と企業が見るような風潮もあるようです。
小遣い稼ぎバイトはバブル崩壊で縮小したが……
――50年代後半以降、バイトしなくても仕送りだけで修学できるのに小遣い稼ぎバイトをする学生が増え始めた、と本にありました。逆に言うと、昔は学生がアルバイトするのは決して当たり前ではなかったということですよね。
岩田 日本が貧しさから抜け出すと、アルバイト経験を「お金は持っていて悪いことはないし、面白い」と感じる学生が徐々に増えていきました。もちろん、ただのお金欲しさでバイトしているわけではなく、「大学で学べない社会勉強をするため」という大義名分を掲げる学生は今も昔も多い。ただ、お金なしでやる人はいませんよね。
もうひとつ学生の間でバイトが普及していった理由として考えられるのは、勧める親の登場もあるかもしれません。僕らの時代の大学受験生は恋愛もバイトも御法度でした。でも、「大学に入ったらやってもいい」と親から言われていた。それがだんだんと「家計を助けるためにやりなさい」とか「大学の授業は役に立たないからバイトで社会経験しろ」といった形で、大人が「許可」を超えて「推薦」する傾向が強まっていった印象があります。
――小遣い稼ぎバイトは88年度には全学生の過半数を超えるも、バブル経済崩壊の影響で縮小して2010年度に32.8%まで落ち込み、しかし再び増加に転じて18年度には52.0%とバブル期の学生以上になった、との指摘があって意外に思いました。奨学金問題がたびたび報じられていますから、今はてっきりお金に困ってバイトしている学生のほうが多いのかと。
岩田 もちろん、「家計が苦しくなければバイトなどしたくない」と言う学生、アルバイトの時間が増えたせいで成績が悪くなって奨学金がもらえなくなるという悪循環から大学を辞める学生もいます。小遣い稼ぎバイトをしている学生が52.0%いるというより、むしろ経済的理由でアルバイトをしている学生が日本にはまだ48.0%もいると考えたほうがよいのだと思います。一般的な学生の風潮を見て、どの学生に対しても一律に「学生はバイトなんかせずに勉強しろ」と言うのはまずいと思います。
とはいえ、今やアルバイトが「大学に入ったらみんな当たり前にやるもの」になり、「ほかの人もやっているから」という理由でやるものになっているのも事実です。バブル期にはサークルもそういうものでした。ところが、派手にサークル活動をするにはお金がかかりますから、不景気に伴い下火になった。一方、金銭が得られるバイトはみんながやるものであり続けたわけです。
――リーマンショック後の2000年代後半以降、日常生活や学業にも影響を及ぼすような劣悪な労働環境でのアルバイトが横行するようになった理由として、労働市場の需給の観点から、不景気に伴って企業側の買い手市場化が進んだこと、つまり学生が「やめたくても、ほかに選択肢がないからやめられない」状態だったのではないかと指摘されていましたよね。コロナ禍になるまでは人手不足が叫ばれて学生側の売り手市場化が進んでいましたから、近年ではひどいバイト環境は減っているのでしょうか。
岩田 そういう問題が本当に解消されたかどうかはわかりませんが、報道レベルでは減りました。
――データや研究を元に「奨学金や授業料免除などの経済支援策はアルバイト時間を減らす効果をもつとはいえない」と書かれていて、これも衝撃でした。
岩田 それくらいバイトが「すべての学生がやる」文化になっている。別にお金はいくらでも持っているに越したことはないわけですから、学業に支障をきたさない程度の多少のバイトならやめる理由にはならない。おそらく、もはや日本でアルバイトに従事する学生の割合を減らすことは難しい。
もっとも、50年代に学生に対する奨学金制度を充実させていたら、現在バイトする学生は少なかったと思います。当時は勉強したくてしかたがない学生がたくさんおり、バイトに時間を取られることを良いことだとは思っていなかった。そのタイミングでバイト学生の数が増えなければ、そういう価値観が今に至るまで継承されていたでしょうから。
――そもそも多くの国で学生のアルバイトは一般的ではないですよね。特に経済的な理由以外では。
岩田 ほかの国との詳細な比較検討はできていませんが、各種報告書などを見る限り、ここまで遊び感覚でのバイトが広まっているのはおそらく日本だけだと思います。アメリカではパートタイム労働が必要な学生は勉学の支障にならないよう学内で雇うといったことが行われています。つまり、経済的支援の一環としてバイトが位置づけられている。
これは大学教育と労働市場のあり方とも関係していると思います。英米や中国などの学生は良い職業に就くにはものすごく勉強しなければならず、大学での成績が就活時に重視される。ところが、日本では大学で一生懸命勉強したかどうかよりも、どの偏差値帯の大学に入ったかのほうに重みがある。だから、大学に入るとバイトに勤しんでしまう。
――アルバイトの歴史の研究から、最近の学生とその保護者世代に対して何かアドバイスをお願いします。
岩田 「なんのために今のバイトやってるの?」ということを家族で話し合ってみるといいと思います。私が学生に今しているバイトを訊くと、ルーチン化された単純な肉体労働が比較的多いんですね。学生は「職業訓練になる」「将来の仕事に役立つ」と言うけど、「みなさんは今しているような単純労働に就職するんですか?」と訊くと、「いや、大学に来たからには知的労働に就きたい」と。「じゃあ、役に立たないじゃない」と思うわけです。
それでも単純労働のアルバイトをするなら、学生が意義を考えた上で取り組むべきです。そのために保護者や大学側が学生に対して情報提供したり、示唆を与える手助けをする。大人のほうが世の中の仕事についてはよく知っていますし、アルバイトの職種だって多くの学生の視野に入っていないものまで知っている。ですから例えば、学生の関心や将来就きたい仕事を踏まえた上で「こういうものもあるよ」「こういう視点から取り組んでみては」と提示する。
学生側も漫然とではなく、「なぜ自分は今このバイトをしているのか」を両親や大学の先生を説得できるくらい考えてほしい。そうすれば就活にも、その後の社会人生活においても意味のある経験になるはずです。
岩田弘三(いわた・こうぞう)
教育社会学者。1957年富山県生まれ。名古屋大学教育学部卒。同大学院教育学研究科後期課程教育学専攻単位取得満期退学。文部省大学入試センター研究開発部助手などを経て、現在、武蔵野大学人間科学部教授。博士(教育学、東北大学)。専攻は高等教育論・教育社会学。著書に『近代日本の大学教授職』(玉川大学出版部)、『子ども・青年の文化と教育』(共編著、放送大学教育振興会)、『教育文化を学ぶ人のために』(共著、世界思想社)など。