『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(ABEMA)の7月8日と15日の2週にわたり、「ハマカーンの今後を考える!」なる企画が行われた。ゲストとして登場したのはハマカーンだ。
2012年の『THE MANZAI』(フジテレビ系)で優勝した漫才コンビである。2位は千鳥で3位はアルコ&ピースという、熾烈なレースを制したタイトルホルダー。翌13年の「ブレイクタレントランキング」では、2位に浜谷健司が、4位に神田伸一郎がランクインするなど、確実に注目株だった。そんな自分たちが今陥っている状況を、浜谷は「地上波バラエティの出演が激減した“ヒマカーン状態”」だと称した。
2人の現状を端的に表すのは、賞レース形式を廃止し、2015年よりネタ見せ形式に移行した『THE MANZAI マスターズ』(フジテレビ系)にハマカーンが呼ばれていない事実だ。他の歴代チャンプであるパンクブーブー、ウーマンラッシュアワー、博多華丸・大吉にはお呼びがかかっているのに、ハマカーンだけは毎年出ていない。『THE MANZAI』で活躍したコンビが呼ばれがちな『ENGEIグランドスラム』(フジテレビ系)にも出ていない。平場はともかく漫才には定評のある彼らなのに、ネタ祭り的な番組に一切呼ばれていないのだ。お笑い好きの中高生からすると、下手したらハマカーンの存在を知らない可能性すらある。
「だって、しょうがないじゃん。バラエティ好きじゃないんだから」
ハマカーンで悩みを抱えているのは、神田のほうだった。彼の葛藤を表現する1つのキーワードとして、「バラエティ病」という一語を挙げたい。
浜谷は、コンビとして抱える“ある悩み”を紹介した。『しくじり先生』出演にあたり行われたスタッフとの打ち合わせの中、神田の口から漏れた一言である。
「もう芸人を辞めようと思っている」
スタジオ内は騒然となる。それはそうだ。『THE MANZAI』で優勝した芸人が、そんなことを言うべきではない。すると、この展開にたまらず神田が口を開いた。
「『今、仕事がどんどんなくなっているんで、ゼロになったら辞めるしかないです』って言ったんです。それが、『芸人を辞めようと思っている』に変換されて。こういうのが作家の仕事なんだなと思ってね。こういう大げさな文言だけが歩き出すから嫌なんです」(神田)
神田の言動から伝わってくるのは、バラエティのノリに対する嫌悪感、苦手意識だ。
「だって、しょうがないじゃん。バラエティ好きじゃないんだから」
「漫才と違ってバラエティって人数多いし、声デカい人が勝つじゃん」(神田)
一見、人当たりのよさそうな神田には「イジられるとすぐブチギレる」という特徴があるという。
『THE MANZAI』優勝後、当時“毒舌占い師”として名を馳せた魚ちゃんと芸人数組でイベントに参加。そこで、魚ちゃんから「まぐれで優勝した」「今後、生き残らない」と言われた神田。他の芸人は彼女の毒舌に笑いで返していたが、唯一、彼だけが「人の悪口で飯食ってんじゃねえよ」とガチギレし、場を凍りつかせてしまったのだ。
芸人として、たしかに空気は読めていない。ただ、バラエティの定石、お約束を外して考えてみると、一般的には正論パンチである。
浜谷 「神田さん、よく言うと正義感が強くて1本筋通ってるっていうか。正しいことを言ってるんですけど、バラエティの現場に入ると異常者なんです」
若林 「誰が異常なんだろうね、そう考えると?」
神田 「芸能界が異常なんだって!」
今、収録が行われているこのスタジオには、神田を除き、バラエティのノリに順応できるタレントばかりがいる。最初から順応できた者もいるだろうし、次第に血の入れ替えを行った者もいるだろう。MCのオードリー・若林正恭は後者だ。2014年4月26日放送『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、若林は収録中にある心理学者にキレたエピソードを明かしていた。
「(ある番組に)若手芸人が出てきて、ネタを見るコーナーがあって。
若林は、神田に対し「ほっとけない」という感情を抱いている。以下は、今年7月9日放送『オードリーのANN』での若林の発言。今回の『しくじり先生』収録を振り返ってのトークだった。
「俺もさ、どっちかって言うと神ちゃんの言ってることがわかるっていうか。まあ、『かつては』になっちゃうなあ。
「俺も神ちゃんの気持ちもわからんでもないのよ、現場では言ってないけど。(中略)まあ、とにかく(魚ちゃんを)俺も別に好きではないのよ。嫌いでもないけど」
神田が異常なのか、それともバラエティという世界が異常なのか? そんな命題の他にもう1つ、神田のガチギレには理由があった。それは、「基本的に占い師を認めていない」という考えだ。
「占い師って当たったときだけ『実は、あのときこう言ってました』って言って、はずれたときに謝罪してる奴を見たことあります? ギリ、それを楽しむ人がいるならいいんだけど、なに毒舌って? 『どうせ嘘つくなら、相手が嫌な思いしない言葉使ってよ』って思うんです」
「まず、(魚ちゃんは)俺がキレる人間って占えてなかったんですよ。まともな占い師なら、『こいつに言ったらキレる』ってわかるから言わないじゃん。こいつら、嘘ついてんだよ」(神田)
引退した上岡龍太郎は、占い師に「今から僕があなたを殴るか殴らないか占え」と迫り、「そんなことはしないでしょう」と返答された後、その占い師を殴ったという逸話がある。「俺がキレる人間だと占えてなかった」という指摘は、まさに上岡ばりだ。道理に合わないことは承服できないし、融通も利かせられない。「バラエティ病」にかかっていない神田は、理論と思想と実直さで占い師に食って掛かった。
さらに、神田は「モノマネ芸人を認めていない」という考えの持ち主でもあるらしい。モノマネ芸人が多いケイダッシュステージ所属のタレントとしては、かなりの問題発言だ。
「例えば、カラオケを歌ったら作曲した人に印税入るでしょ? それは、最初に作った人に対しての対価じゃん。その人の財産にタダ乗りして、どっかのショーで歌って金もらって。これは印税を払うべきだと思うんですよ」
「(芸人は)漫才とかコントという作品があるから、『観てください』でお金もらうのはわかるんですけど、タレントさんって“自分”に価値があると思って(収録現場に)立ってるんでしょ? 俺、自分自身に価値あると思ってないから、今は『これでいいのかな』って思ってるし。漫才だったら喜んで(バラエティの収録に)行ってます」
「もちろん、ネタやってるモノマネ芸人さんはすごい尊敬します。だから、原口(あきまさ)さんがただ他人の歌を1曲歌うだけとかでステージしてたら、本当尊敬してないと思います」
「皆さんは“人間”に価値がある状態なんです。それが、タレントさんじゃないですか。その、自分自身に価値を持った皆さんに、今まで作り上げたものにタダ乗りしてんですよ、コイツら(モノマネ芸人たち)は」(神田)
ハマカーンの漫才は、おかしなことや納得いかないことに対し、「下衆の極み!」と浜谷がブチギレることで展開するのがパターンだ。しかし、現実社会では納得のいかないことに神田がキレるケースのほうが多い。だから、毒を吐いてしまう。
「(自分の)性根は良くないんです。人が物を言うのは『知性』で、何を言わないかは『品性』だと思ってるんです。自分はいろいろ足りてないと思っているし、放っておいたら垂れ流しにして人を傷つけちゃうから、なるべく蓋してるんです。
相手の立場には立ちたい。だけど、完璧にはできない。そんな、人間として仕方ない部分さえも自己嫌悪する神田。だから、蓋をしてきた。しかし、『しくじり先生』はバラエティ番組だ。腹の底に抑え込んだ感情を剥き出しにされ、しかもその“キレ”がスタジオでは大ウケしている。でも、本人としては不本意。彼の吐く毒は収録を沸かせたが、神田は毒と血を同時に吐いている。
神田 「皆さんは(今回の収録が)面白いんでしょ?」
若林 「えっ、神ちゃんは今、楽しくない?」
神田 「楽しくない」
吉村 「こんなに盛り上がって、楽しくない!?」
神田 「楽しくない」
バラエティ病患者一人ひとりに対し、「あなた達は異常ですよ」と神田が殴りつけにいく構図にも見えた。若林が言うように、一体誰が異常なのだろう?
「イジられるとすぐブチギレる」以外にも、神田には困った特徴がある。それは、「“神田うのの弟キャラ”をうまく使えない」だ。彼のおぼっちゃまエピソードとして特に出色なのは、「毎年、神田うのからお年玉をもらっている」「神田うのにもらったブラックカードを常に持ち歩いている」の2つである。
「『お年玉をもらってる』ってありますけど、今年はもらわなかったです」(神田)
とは言え、ブラックカードという一生分のお年玉は受け取った神田。他の芸人からすれば羨望の的だ。もちろん、金銭的な意味ではない。
平子 「外ロケとか行って、何か買った後に必ずブラックカードを出したら、それだけで面白い。『ブラックカード、ブラックカード!』って周りがワーっとなって」
若林 「めっちゃ羨ましいと思っちゃうんだよね、芸人は」
神田 「以前、よくネタで『お姉ちゃんのカードがありますんで』って言ってたんだけど、姉に『周りの人に自立してない大人に見られるから、使っていいけど“使ってる”って言わないでね』って言われたんで。だから……言いたくないんです」
2019年、2人で『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した神田姉弟。彼にとって、うのは大事な家族だ。
浜谷 「でも、ロケで(カードを)出すとかはダメなの?」
吉村 「で、実際に(そのカードは)使わない」
神田 「それは、ロケ中に嘘をつくんでしょ?」
浜谷 「いや、そのくらいの嘘はさあ……嘘なの? この教室、嘘だよね!? (若林たちを指して)学生じゃないよね!? 嘘だよね? これくらいは。バラエティのノリってどうなんですか?」
吉村 「漫才だって嘘つくじゃないですかねえ? 練習してるのに知らないフリしたりとか」
神田 「漫才は思想をぶつけ合ってるだけだから。漫才コントをやめてからは、ほぼほぼ嘘をついてないから。……家族が嫌がること、やんなきゃダメ?」
神田のキャラをイジっていたはずが、いつしかテーマは「バラエティ論」に突き進んでいった。
「芸人って(自分に刺さった)軸を抜いて、それをバラエティに刺して、バラエティが1番合理的に盛り上がるほうで考える。自分の正義を抜いて。『演者さんが人気があるなら、お客さんが来る。興行的にも良くなる』というところに軸を刺せば、自分の仕事になるじゃない。歯車になれるかなれないかで。本人が『軸を抜いてまでバラエティに出たくない』って言うんだったら、今日の授業はもう終わりですよ(笑)』(若林)
己の軸を曲げられない神田は、バラエティの世界で異常者になってしまった。これは、芸人だけの苦しみじゃない。仕事で求められることと自らの美学に、どう折り合いつけるか? この葛藤は、真剣に働いている者なら誰しもが共感する苦しみのはずだ。
心は折れたが美学は折れなかった神田
話題は「バラエティ論」にとどまらず、「芸人論」にも突き進んでいった。
神田が備え持つ特徴として、「セレブすぎて世間とズレている」はお馴染みだ。ここで出色だったのは、『THE MANZAI』直前の東MAX(貴博)とのエピソード。ハマカーンが『THE MANZAI』決勝に進んだ際、東は2人にスーツをプレゼントしようとした。しかし、神田はその申し出を断ったらしい。姉であるうのにスーツを仕立ててもらい、それで出ると決めていたからだ。
浜谷 「東MAXさんが、我々に『スーツを一式、作ってやる』と」
神田 「今、『スーツ作る』って言い方したけど……」
吉村 「違うの?」
神田 「これ嫌だなあ。もう、全部言いますね。吊るしのスーツ、体に合わないでしょ?」
「オーダーメイド」という言葉は知っていたが、「吊るしのスーツ」という言葉を聞いたのは初めてである。このパワーワードに、スタジオは沸き返った。
神田 「誰もが嫌な思いするから言いたくないの!」
吉村 「いいじゃん、最高じゃん、おぼっちゃまじゃん!」
若林 「この状況も神ちゃんは嫌なの? ウケちゃってるのも?」
神田 「いや、ウケてるのはありがたいですよ。『私みたいなもんがバラエティになったんだ』って思うんだけども、(誰かが)嫌な思いするじゃん。吊るしを普段買ってる人は、『なんじゃ、アイツは』って思う可能性あるじゃん!」
吉村 「それがお笑いじゃない!」
若林 「そうだよ。俺たちなんか嫌われまくってる職業よ。あと、知性も品性もないよ、芸人なんて。やっぱり自分は下劣な人間だなって思うけど、東さんにスーツ作ってもらって『着ない』ってやりたいもん(笑)。そうやって飯食ってるから、(俺たちは)下劣なのよ」
吉村 「で、もっと1個奥にあるから。『吊るしのスーツ』って(ワードに)我々は辿り着けないよね」
若林 「だから、新しいじゃん。時代も変えてくれる、バラエティの古いところも壊せる人材なんだよね。でも、(神田が)やりたくなかったらしょうがないよ?」
人も羨む「まっすぐな目線」という武器を持ちながら、それを振るいたがらない神田。「まっすぐな目線」の持ち主だから、バラエティに拒否感を示してしまう。彼からすると、バラエティは人にやっちゃいけないことだらけに見えるのだろう。そんな世界への順応は、神田にとって非常につらいことだった。
彼がバラエティに順応できないもう一つの理由は、自信の喪失だ。
「皆さん、お笑い始めたてのときは自信あるでしょ? で、いざ始めてみて、やっぱり私、折れたんです。周りは面白い人ばかりで。そして、『もう辞めようかな』って時期にたまたま『THE MANZAI』優勝できて、バラエティに呼んでもらって。1回自信が復活して、ここ10年でまた折れたんで、人の倍折れてるんです。2回折れてるんで、『ダメだぁ!』と思って」(神田)
心は2回折れたものの、美学は折れなかったから余計に苦しかった。「ここ10年、バラエティにNOを突き付けられてきた」と神田は言ったが、その真面目さゆえ、彼自身がバラエティにNOを突き付けていた面もあると思うのだ。
神田からすると手応えを感じず、本意ではなかったにしろ、今回のハマカーン企画は完全に跳ねた。バラエティとして大成功を収めたし、この『しくじり先生』によって明らかに彼は業界から“見つかった”。
平子 「僕も人から見るとねじ曲がった、まっすぐな目線を持ってて、逆に『お前おかしいぞ』ってことで仕事が回ってきたんです。神田さんも、今日を境にバラエティのオファーが絶対来ますよ」
吉村 「神田さん、今、自分が思っている以上にバラエティは遠くないよ。数ミリ右に行くだけでバラエティのど真ん中に行ける」
正義感の強い常識人が、バラエティの現場に入ると異常者扱いされる。よくよく話を聞くと真っ当なことしか言っていないのに、こんなに面白くなるのだからバラエティの世界はつくづく異常だ。皮肉にも、芸人に混じると神田はいるだけで貴重な存在になる。
同じケイダッシュステージ所属として、オードリーはハマカーンとどきどきキャンプの後塵を拝していた過去がある。神田へのひとかたならない思いを持つ若林は、神田に寄り添い続けた。
「自分の美学を抜いて現場に刺せば……楽なんだよ、バラエティって。でも、それは確かに下劣な品性なんだよね、俺たちの仕事は。美学を自分の中に持ったままのバラエティはキツイよ、そりゃあ」(若林)
神田の性格を知りつつ、勇気を持って神田と向き合う若林が涙声だ。
神田 「若ちゃん、下劣とかちょっとも思ってないよ」
吉村 「なんなんだよ! 教えてくれよ、神田って何人いるんだよ(笑)!?」
神田の人格が何個もあるのではなく、考えすぎていびつになっただけな気がする。自分の黒い部分がわかっているから、せめて真面目に生きようとした。だからこそ、不真面目で無頓着な者には攻撃的になる。そんなふうに美学を貫く神田を若林が羨ましがり、バラエティを全うできる若林を神田が羨ましがっているように見える。
エンディングでは、若林の無茶振りによるハマカーンのアドリブ漫才が行われた。浜谷に頭を叩かれて不機嫌になったり、「嫌いなものは占い師」と口にしたり、神田の中にある真実をフィードバックした即興ネタだった。『THE MANZAI』チャンピオンは、さすが伊達じゃない。若林たちに漫才を褒められたときだけは、ちゃんと嬉しそうにしていた神田の表情は印象的だった。
若林 「頭からやってきて、最後は漫才で締めましたけど。神ちゃん、今日の収録は楽しめました?」
神田 「楽しくはないですよ」
若林 「オイ、俺たちの時間なんだったんだよ!」
この場にいるタレント全員に“曲げた美学”があるはずだが、特に神田の持つ美学はバラエティと対極のものばかり。だから、演者として難しさを孕んでいた。
しかし、それがいつしか、ありのままで面白くなる境地にたどり着いていた。人間性の部分で笑いが取れるなら、それは才能である。テレビで本当に面白いのは、キャラにしろ喜怒哀楽にしろ“本気”だ。ありのままが面白いなんて最高。今回は、神田の生き様を見る回だった。
もちろん、神田が最後に口にした「(今日の収録は)楽しくはない」の言葉は、バラエティを意識した彼なりのワードだろう。最初から最後までありのままだったのではなく、彼は彼なりに空気を読んでいた。バラエティに順応しすぎると、今ある面白さが薄まりそうな裏腹さも含んでいる皮肉。いずれにせよ、深く考える価値があるバラエティショーだった。
今回、各ブロックのオチをすべて神田が一言で仕留めていたのは事実だ。求められる作法のみこなす時代を脱し、個でぶつかる“多様化の時代”も象徴している。吉村が言ったように、バラエティの中心までは「あと数ミリ」か? こんなに面白いのにヒマカーンなんて、やはりもったいない。