2015年。スマートフォンの普及率が5割を超えた(※NTTドコモ モバイル社会研究所調べ)とされたこの年、Netflixが日本に進出し、在京民放キー局5社を中心としてTVerが始まった。
日本テレビ放送網株式会社(以下 日本テレビ)はこの3月に、縦読みマンガ市場、そしてTikTok縦型ドラマ事業への参入を次々と発表した。前者は、縦スクロール形式のデジタルコミック「webtoon(ウェブトゥーン)」に日本テレビが企画・プロデュースを行う作品を配信するというもので、第1弾となる3作のうち、『人類討伐』は、『3年A組 ―今から皆さんは、人質です―』『コントがはじまる』などの福井雄太プロデューサーが原案を務めたということで話題だ。そして後者は、TikTok上で縦型ショートドラマ専用アカウントを開設し、オリジナルドラマを制作・配信するという試みで、第一弾となる『毎日はにかむ僕たちは。』が配信中となっている。
この2つの新規事業の狙いについて、コンテンツ戦略本部ICTビジネス局の原浩生氏に話をうかがった。
●原 浩生(はら・ひろお)
日本テレビ放送網株式会社コンテンツ戦略本部ICTビジネス局 担当副部長。Webやスマホなど、テレビと他メディアのコラボに取り組み続ける第一人者。最先端のクリエイティブ・エンタメビジネスを紹介する番組『SENSORS』もプロデュース。
フォーマットが大きく変わると、主要なプレーヤーも変わる
――まず、ウェブトゥーン事業についてうかがいたいのですが、どういう経緯から参入することになったのでしょうか?
原 社内的な問題や社外の環境など、理由はいくつかあります。ひとつ大きなところは、ずっとテレビ業界周りで言われていますが、放送外収入を生む新たなビジネスを作っていかねばというのはあります。
――その中でウェブトゥーンを選ばれたのは?
原 僕は『SENSORS』という番組をやっていたこともあって、さまざまなスタートアップの方を取材させていただいたり交流する機会があって、そこで去年一昨年あたりに、ウェブトゥーンが次は熱そうだ、いろんな会社が注目していると感じたのが背景としてありました。ただ、一番大きいのは、スマホに乗るコンテンツに対応していかなきゃいけないということですね。過去の歴史を見ても、例えば指で操作するスマホが登場したことによって、ゲームでは、いわゆるコンソール型のゲームではない、指でタッチするゲームなんかが生まれました。そこで任天堂などの大手ではない、スマホ特化のゲーム会社が登場したみたいに、フォーマットが大きく変わったときに、主要なプレーヤーも変わると思うんです。ウェブトゥーンもスマホに最適化されたフォーマットなので、実はマンガ業界の人がそのままウェブトゥーンでも覇権を握るかというと、そうじゃない可能性は歴史を見るとけっこうあるぞ、と思って。当然、僕らの会社はマンガ制作の経験がないわけですが、スマホ最適化によってプレイヤーのチェンジが起こることを考えると、可能性があるんじゃないかと思ったんです。
ウェブトゥーンは、韓国がとにかく強いんですよ。ピッコマさんとかLINEマンガさんのランキング上位を見ると、9割以上が韓国原作なんです。フォーマットが変わってプレイヤーも変わるという話をしましたが、エンタメの世界では映画やドラマ、アイドル、音楽などは、韓国コンテンツが躍進しています。日本のお家芸といわれるマンガも、既に起こってるかもしれないですが、映画やドラマやアイドルみたいに、あっという間に韓国に負けてしまうかもしれないという危機感もあります。
――ウェブトゥーン関連では、TBSも2022年に韓国で会社を立ち上げたり、テレビ東京も3月からオリジナル作品を配信し始めるという動きがありますが、日本テレビさんの場合、日本テレビさんのクリエイター、たとえば『人類討伐』に福井雄太さんが関わっているというところが非常に興味深いですね。
原 いろんな理由がありますが、ひとつは、IPをちゃんと自社で持つべきなんじゃないかというところです。たとえばドラマとかも、多くは原作を買ってきて、その場合は映像ビジネスだけをやらせてもらうという形ですが、せっかく影響力のあるテレビがあるのに、原作から作るところをもっとやっておかないともったいないと思ったんです。
そこで、ちゃんとした事業の柱にするっていうことを考えたときに、テレビ局の一番の資産ってやっぱりクリエイターを保有していることだと思うので、そこを使うことが一番の売りになると思いました。ドラマは原作を買ってくることも多いと先ほど言いましたが、福井雄太は自分で脚本を書いてしまうんです。原作を自分で書いちゃうオリジナル志向の強いプロデューサー、クリエイターで、物語を作る能力が長けていると思ったので、その力を借りたいと思いました。特にウェブトゥーンは、キャラクターよりもストーリー性のほうが大事だと言われています。そのストーリーテリング能力というのは、日本テレビのクリエイターはずっとやってきたことなので、ちゃんとフォーマットに適応さえできれば、十分戦えるんじゃないか、と。
――『人類討伐』でいうと、具体的に福井さんはどれぐらいまで関わっているんでしょうか?
原 企画書を書いて、シナリオも全部ではないですけれど、書いています。やはり読者をひきつけるうえで、物語の最初の展開が重要なので、最初の展開はセリフも含めて書いています。ただ、福井は当然、熱量の高いタイプなんですけど(笑)、彼の成功体験だけで作ってもウェブトゥーンでは勝てないかもしれないと考えました。郷に入れば郷に従えじゃないですが、まずはウェブトゥーンのスタジオの編集者とブレストする機会をたくさん設けました。
――第一弾で配信されたのは、ゾンビと人類のダークファンタジーの『人類討伐』、異世界転生の『優秀魔法高校生の異世界改革記』、悪魔と取引をするフィギュアスケーターの話の『魔氷の誘惑』の3作で、特にファンタジーや異世界転生系はトレンドである反面、IPを作るという意味では展開が限られそうというか、実写化が想像つきにくい内容ですが、ウェブトゥーンのスタジオ側からの提案だったのでしょうか?
原 実はそれは相当、チーム内でも議論をしまして。やっぱりテレビ局なんだから、実写映像化を目指したものをやるべきなんじゃないかという意見も当然あって、一方で、ウェブトゥーンの今の市場を調べたときに、ヒットしているのはほとんどがいわゆる異世界転生モノとかファンタジー系のもので。まずはウェブトゥーンのノウハウを得るために、これも郷に入ればじゃないですが、ウェブトゥーンに特化したことをまずはやってみようと。そして、今はファンタジー系に寄っていますが、将来的には、読みというか、期待値も込めてですけど、タテ読みマンガはもっといろんなジャンルに広がっていくんじゃないかと考えていて、実写映像化を意識した作品も今後挑戦したいと考えています。
――まずはウェブトゥーン市場参入にあたってのチャレンジ段階ということですね。今回は第1弾ということですが、もうすでに第2弾に向けて動いているんでしょうか?
原 今年度にかけて何本か制作中のものがあります。名前はまだ言えませんが、映画でヒット作を手掛けるプロデューサーや、バラエティーを担当しているディクターや、連ドラの演出などが作っていて、それが今後出る予定です。
――原さんのいらっしゃるICTビジネス局は、TVerやHuluなど映像の配信ビジネスを主に扱ってらっしゃるそうですが、先ほどおっしゃってたZ世代向けのビジネスというところだと、昨年から始まった「Zドラマ」も?
原 Zドラマは僕たちのチームでやっています。ZドラマはZ世代をターゲットにしたドラマで、かつ、単純に映像にCMを挟むだけではなくて、ブランデッド広告の開発や、主題歌の制作と楽曲配信ビジネスを仕掛けたり、新しいマネタイズを組み込んでいます。あとは最近『音と画』という番組を放送したんですけれど、ウェブトゥーンがストーリーのIPだとすると、これは音楽のIPで、曲の原盤権をうちが持って、音楽配信とセットで番組を作るという試みです。
――ドラマでいうと、TikTok縦型ドラマも始まりました。
原 3月に『毎日はにかむ僕たちは。』という、縦型ドラマに特化したTikTokアカウントを始めました。それが今、開始1カ月(※取材時)ですが、とても好調で。低予算のオリジナルドラマなんですが、再生数やエンゲージメントを見ると、連ドラのアカウントに引けを取らないぐらい反応がいいんです。TikTokって、例えば女子高生がちょっと音楽に合わせて踊っているみたいな、一般ユーザーによる投稿がスタート当初は主流だったと思うんですけど、それがプロが投稿するコンテンツにシフトしてきているなと。その辺の市場は今後あると思ってますし、3月から始めてみて、かなり手応えを感じています。コメントがものすごくつくんです。YouTubeのコメントなどよりもTikTokのコメントのほうがすごく多いし、熱を感じます。やっぱり動画の消費のされ方自体が、一方的に見て楽しむっていうところから、変わってきているんだろうなと思います。最初にお話した「フォーマットが変わる」って、単純に横型が縦型になったとかだけではなくて、コミュニケーションの手段についてもどう変化するかという部分も考えなくてはと感じています。
――共通して「スマホ以降」というのが課題としてあるんですね。
原 スマホの登場はやっぱりインパクトがすごく大きかったですね。なのでテレビ以外のデバイスにも対応するという必要があって、それとニアリーイコールなんですけれど、テレビデバイスをメインに見る人が高齢化してきているので、若い世代にアプローチしなくてはいけないし、そのためには若いクリエイターが活躍できなくてはいけないし、そういう環境を社内的にどう作って、その結果として新しいビジネスをどう起こすか、ということが、大きなテーマだと思っています。