渋くて野性的なおじさまに見えるかと思えば、サエない中年オヤジに見えるという不思議な存在なのが、ニコラス・ケイジ(52)。表情豊かで、特に悲愴感を漂わせたら右に出る者はいないと称されるベテラン俳優だ。
超一流俳優のニコラスは、アカデミー賞獲得後、どんな作品にも意欲的に出演。オファーされた瞬間に断れなかったのかと思うような“B級映画”にも次々と主演し、いつの間にか「史上最強のB級映画スター」と呼ばれるように。ネット上はB級映画で熱演する彼のコラージュ画像であふれ返り、映画の広告ポスターにニコラスの姿があるだけで、B級感が漂うようになってしまった。今回は、そんなニコラスが主演したB級映画の中からよりすぐった「信じられないほど退屈になる」5作品をご紹介しよう。
■『ウィッカーマン』(2006)
1973年にイギリスで製作されたカルト・ホラー映画の傑作『ウィッカーマン』。敬虔なキリスト教徒の警部が、孤島で行方不明になった少女を捜すため単身で乗り込む。彼は、古代ケルトの男根崇拝主義的な原始宗教を信仰する島の住民たちの異常行動に精神的に追いつめられ、最後は生け贄として焼かれ死ぬという物語で、「キリスト教徒が異教徒に殺される」という内容がタブーだと世界中で物議を醸した。
これを天下のユニバーサル・スタジオがリメイクしようと企画を練り始めた。しかし、作品の衝撃度から、人が集まらない。そんな時、「ぜひ!」と手を挙げたのがニコラスだった。オリジナル作品が公開されたとき、まだ9歳だったニコラスは、「あの映画を見たとき、めちゃくちゃ動揺したのを覚えている。
が、仕上がったリメイク版『ウィッカーマン』を見た観客は唖然としてしまう。ニコラス演じる主人公エドワードが、車の炎上事故を目の当たりにして不眠・幻覚などの精神的ダメージを受ける冒頭のシーンについて、「意味のないもので、続きを見る気がうせる」という人が続出。その後、失踪した婚約者から突然「行方不明になった娘を捜してほしい」と連絡を受けて孤島に渡り、原始宗教を崇拝する住民におびえるという展開になるのだが、もともと精神的ダメージを受けているからか、エドワードはやたらと動揺。床の底は抜けるわ、蜂に襲われるわ、派手な効果音と共にドタバタが続き、ニコラスのオーバーな演技に笑いが込み上げてきてしまう。
極め付けは、クライマックスとなる、エドワードが生け贄にされるシーン。じわじわと恐怖心を盛り上げていく重要な場面なのに、“哀れな男役ならピカイチ!”のニコラスが、必要以上に「オーマイゴーッド!」「蜂~っ!」「ぎゃぁー!」と泣きわめくため、台無しに。オリジナルの素晴らしいポイントがどれ1つとして描かれておらず、カルト的雰囲気もなし。駄作で後味が悪いと酷評され、ゴールデンラズベリー賞の最低男優賞、最低作品賞、最低脚本賞、最低リメイク&盗作賞、最低スクリーンカップル賞(しかもニコラスとクマのスーツというもの)にノミネートされてしまった。
同作だが、製作費4,000万ドル(約41億円)に対して興行収入は3,880万ドル(約40億円)と赤字に。多くの観客から、「見て後悔した映画ナンバーワンだ」「この作品以上につまらないものはない」「金返せ」と悪態をつかれてしまった。
■『バンパイア・キッス』(1988)
88年に公開された『バンパイア・キッス』も、『ウィッカーマン』同様、ホラーにジャンル分けされている作品。ニコラス演じるニューヨークのきざなエリートサラリーマンのピーターが、ある夜、勢いでセックスをした妖艶な女性に、血が出るほど強く喉元をかまれる。プレイの一部だと思っていたが、その後、体調に異変を来していく。実は女性は吸血鬼で、彼女の虜になったピーターは自分も吸血鬼になると思い込んでいく、という物語だ。
この映画は「吸血鬼女にかまれ、彼女を愛するようになった主人公の狂気を描いた作品」なのだが、狂気を熱演するニコラスの姿がおもしろいと話題に。まだ元気だった髪の毛をブンブンと振り乱しながら、部屋にいたコウモリを追い払ったり、街を駆け回って「オレはバンパイアだ!」と叫んだり、おもちゃの付け歯を購入してクラブを徘徊したり、鳩やゴキブリを食べたり……ホラーの要素がなく、コントを見ているのかという錯覚に陥ってしまう。
「吸血鬼女に捨てられたピーターは、完全に正気を失い、最後は殺されてしまう」という結末を迎えるのだが、長時間にわたりニコラスの変顔を見せつけられてきた観客は、疲労感でげっそり。「ニコラスの演技だけでホラーを表現する」という心意気は評価されたが、映画評論家たちは「ニコラスの自堕落な演技のせいで、映画が台無し」と酷評。「史上まれに見る最低最悪なB級映画」だと笑われてしまった。
■『バンコック・デンジャラス』(2008)
99年にタイで製作された映画『レイン』。耳が聞こえず孤独な人生を歩んできた男が、冷酷な殺し屋へと変貌。ある日、心優しい美少女に出会い、本物の愛を知るのだが、悲しく切ない結末を迎えることになるというハードボイルドで、トロント国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞するなど高く評価された。
しかし、大物俳優ニコラスに台詞ナシというわけにはいかないのか、主人公のジョーではなく、ヒロインをろうあ者に設定。この時点で、嫌な予感を覚えた映画ファンは少なくなかった。とはいえ、引退することを決意し、最後の仕事を行うためバンコクに来た殺し屋が、素朴で心優しいろうあの女性と出会ったことで感情が芽生え、“仕事”をこなせなくなるという設定は決して悪くない。殺し屋として「質問はしない」「堅気とは関わらない」「証拠/痕跡を残さない」「引き際を知る」という厳しいルールを己に課してきたジョーが、引退を決意し、猥雑で危険な街バンコクにやってくるというストーリーも最高にハードボイルドだ。
ところが、そんな中、ケガをしたジョーが訪れた薬局で、耳の聞こえない店員に一目惚れ。ここからストーリーが妙な方向へ進むように。恋に落ちたジョーは、頑なに守ってきたルールを無視し始め、暗殺に失敗。それなのに、情けない顔で必死にナンパし、女性をデートに誘ってタイを満喫。デートシーンはまるでトラベル番組を見ているかのようだと、しらける声が上がった。肝心の殺し屋としての仕事ぶりは行き当たりばったりになり、挙げ句、殺しをするために弟子まで雇う始末。
水上マーケットでの激しいアクションシーンは素晴らしく、リアルでグロいシーンも登場。アクション映画としてのクオリティは高いと評価された『バンコック・デンジャラス』。だが、完璧主義者で冷酷なヒットマンが早い段階で感情的に崩れていく展開に無理があると酷評されてしまった。なお、撮影は軍事クーデター勃発の前後に行われたため、ビビったニコラスはいつでも脱出できるようにと空港にジェット機をスタンバイさせながらロケをこなした裏話も話題となり、「情けないニコラスが主演した、なんちゃってハードボイルド」だと株を下げてしまった。
■『レフト・ビハインド』(2015)
「ある日突然、世界各国で何百万人もの人が消え、ライフラインはダウンし、人類消失の危機に見舞われる」という、ティム・ラヘイ&ジェリー・ジェンキンズ著ベストセラー小説シリーズを実写化した、パニック映画『レフト・ビハインド』。原作をどれだけ忠実に描くことができるのかと、公開前から大きな注目を集めた。
しかし、映画の1/3はパニックの要素ゼロ。地方の空港や郊外の街など、平凡な日常が淡々と描かれており、見どころは「飛行機のパイロットである主人公レイを演じる、ニコラスの制服姿」くらい。あまりにも退屈で眠気に襲われた頃、やっと超常現象が起こる。子どもたちや一部の大人たちが、着ている服や靴などを残して、忽然と消えてしまうのだ。これは世界中で同時に起き始めた現象で、みな大パニック。愛する人を突然失った悲しみ、もしかしたら次は自分かもしれないという恐怖心、インフラは破たんし生活もままならず、混乱に乗じた強盗が多発し、街は世界の終わりのような混乱状態となる。
この急展開は見る者をドキドキさせるが、次の瞬間、気持ちが一気にダウン。管制塔が機能しないため、飛行機の操縦に四苦八苦するニコラス演じるレイが、「聖書に書かれていることが、起こっているんだ!」「消えた人々は、みんな天国へ召されたのだ!」とドヤ顔で言い放ち、乗客たちが納得してしまうからだ。この台詞を機に、宗教色が濃くなり、「神を信じれば大丈夫」という展開に。乗客はみんな神を信じているのか、飛行機の中は緊迫感なし。パニック映画の空気を期待していると、肩すかしをくらってしまう。
原作の肝心な部分はうやむやに描かれており、映画評論家は、「控えめな言葉を選んでも、最悪としか言えない。程度が低いし、演技力にもがっかり」「宗教的な映画だが、あまりにも物語の展開がお粗末なので、キリスト教徒であってもお勧めしない」と、こぞって酷評。小説のシリーズは12巻まであるのだが、観客に「もう二度と見たくない」とまで言われてしまった。
■『ラスト・リベンジ』(2014)
この作品は、元CIAのスパイが、過去に自分を拷問した極悪テロリストへ復讐するため、異常ともいえる執念で追い続けていくという物語。これだけを聞くと「緊張感あふれるサスペンス・アクション」に思える。が、しかし、ニコラス演じる主人公の元スパイは認知症が進行しており、テロリストも末期の難病で余命わずかという状態。ボケかけている元スパイが、死にかけているテロリストに復讐しようとするシュールな設定で、「残された時間はわずか」という点でスリル感が増すかといえば、実際にはその真逆。
CIA、テロリスト、愛国心、難病に死、と、おもしろくなる要素がたくさんあるにもかかわらず、テンポが悪すぎて、見る者をイラつかせる。アクションもなければ、手に汗握る展開もなし。盛り上がらないまま突入したラストの銃撃戦はうるさいばかりで、「銃撃の音で起きた」という観客も。見終わったあとはなにも残らず、多くの映画ファンをがっかりさせた。
なお、ニコラスの演技力が際立つと評価する好意的なレビューもあったが、「ニコラスの老いばかりが目につく」「認知症の姿を熱演されても戸惑うだけ」「CIA映画なんて、もうはやらない」などと酷評するレビューの方が圧倒的に多かった。
ほかにも、コラ画像職人を大喜びさせた「十字軍エリート騎士が弟子を連れて、12世紀中国皇帝の用心棒になる」というムリがありすぎるストーリーの『ザ・レジェンド』(15)、双子の2役を熱演したものの、ハゲだのデブだの自虐ギャグがあまりにも痛々しくて悲しくなる『アダプテーション』(02)などなど。先日、予告編が公開された最新作『USS Indianapolis: Men of Courage』も、「フィリピン海で攻撃され、沈没した米艦船インディアナポリスの司令官と兵士たちが、サメと戦う」という、B級の王道のような内容である。
50歳を過ぎてもB級映画に出まくるニコラス。自己破産の危機に見舞われるなど、金銭的にピンチだから仕事を選べないのだという説もあるが、「好んでB級に主演している」「ドMなのだろう」という目で見る者が多いようだ。