「紀州のドン・ファン怪死事件」――まるで推理小説のタイトルのような事件が、いま世間を騒然とさせている。和歌山県で酒類販売業や金融業を営む資産家・野崎幸助氏が、5月24日、77歳でこの世を去った。

自宅寝室のソファーに、素っ裸のままで座り込み、息絶えていたという野崎氏の遺体からは、多量の覚醒剤が検出され、和歌山県警は6月6日、死因を「急性覚醒剤中毒」と発表。遺体に注射の痕がなかったことから、経口摂取したものと考えられ、現在、事件の焦点は、「野崎氏は、自ら覚せい剤を飲んだのか、それとも誰かから飲まされたのか」に絞られている。

 そんな中、世間の耳目を集めているのが、「55歳年下のモデル妻・Sさん」の存在である。そもそも野崎氏は、50億円という莫大な資産を持つとされ、30億円を4000人の女性に費やしてきたと自ら豪語する人物。一昨年2月には、当時交際していた27歳の女性に、自宅から6000万円相当の金品を盗まれて話題を呼んだこともあった。そんな野崎氏が、今年2月に結婚したのがSさんで、その馴れ初めは昨年秋、空港でSさんに一目ぼれした野崎氏が、わざと転倒して“出会い”を演出し、その後デートを続けて結婚に至ったという。


 2月、「現代ビジネス」のコラムで本人が明かしたところによると、周囲から「女は財産目当て」「エロジジイと思われる」などと揶揄されたそうだが、「どうせ嫉妬をしているのでしょう」「金持ち喧嘩せず」「破談を願っている99%の方々には申し訳ありませんが、少なくとも私が幸福になる自信があります」と、力強く反論。しかし、今回の報道で浮き彫りになった2人の結婚生活は、一般的な“幸福な結婚生活”とは大きくかけ離れたもので、野崎氏はSさんに「月100万円のお小遣いとブラックカード」を渡し、月の半分は「別居状態」だったとのこと。果たして野崎氏がこの結婚に満足を覚えていたのか、それとも疑問を抱いていたのか、今となっては知る由もないが、世間に大きな違和感を与えたのは事実だろう。

 果たして、若い女性と結婚した資産家の高齢男性というのは、女性に、結婚に何を求めるのか。そしてそこから浮かび上がってくる“ドン・ファン”像とは――今回、婚活アドバイザーの立花えりこ氏、そして老年学研究者であるライター・島影真奈美氏に話を聞いた。



 東京・銀座にある、結婚相談所「Bゼルム」のアドバイザー・立花氏は、これまで50~70代のシニア婚活を数多くサポートしてきた経歴を持つ。
お金持ちのシニア男性が、自分よりかなり年の若い女性とのお見合いを希望するケースは珍しくないそうで、「というか、お金持ちではない男性でも、『会えるものなら会いたい』と若い女性を希望されます」という。

「お金持ちの男性であれば、若い女性とお見合い自体は組めるんですが、成婚に至るケースはかなり少ないです。女性側が、『男性の健康面が不安』『話が合わない』などと思うようで、一方の男性側もしっくりこないと感じ、お付き合いしても長続きしませんね。それから、婚活の場では、男性の熱意がないと成婚に至りにくい面もあるのですが、お金持ちの男性はこれまで女性にモテてきたので、“頑張って女性を口説く”ことをしないんです」

 また、お金持ちの高齢男性が若い女性を求める背景には、次のような点が考えられるという。

「彼らは、お見合いで若い女性と出会えることは出会えるので、感覚が麻痺してきて、『若い女性と付き合うのが当たり前』と思うようになるのかもしれません。また、人前に立つことも多いだけに、自慢になる若い奥さんを求めているという点も考えられます。
あと、資産家の方は相続の問題があるので、子どもを産んでほしいから若い女性を望むのかもしれませんね。一方で、女性側がお金持ちの高齢男性に求めるものは、ずばり“経済力”。『お父さんを早くに亡くしていて、年上の男性がタイプ』という方、また『両親も年が離れているから』という方もいますが、それでも『お金がない人はちょっと』というケースが多い。男性側は、女性が経済力を求めていることをわかっていないこともあるので、そこは、我々アドバイザーがわかるように教育していきます」

 野崎氏は、こうした若い女性を求める一般的な資産家の高齢男性とは、一線を画す。お金を使うことに躊躇なく、積極的に女性を口説く野崎氏は、立花氏の目にも「かなり珍しいタイプ」に映るそう。そもそもどんな資産家でも、野崎氏のように55歳も年の離れた女性と結婚するケースは、「結婚相談所では見たことがありません」という。


「その背景には、親族から『相続の問題で揉める』と結婚を反対されることもあると思います。それに、ドン・ファンはSさんに対し、『結婚してくれたら 毎月100万円渡す』と提示していたと報道されていますが、これは契約結婚ですよね。こういった方は、結婚相談所にはいらっしゃらないんですよ。ただ、お見合いパーティに参加を希望される男性で、『とにかく若い女性との出会いがほしい』『前に付き合っていた子は20代だった』と、電話口でお話になっていた方がいました。そういう、何よりも“若い女性と付き合うこと”が目的になっている方は、ご自身のお金が魅力になっているとわかっているのかなと感じますね」

 野崎氏は、若い女性との出会いを求めて、高級デートクラブに登録していたと報じられているが、そこに集うのは“お金第一”という考えの女性であり、お互いのメリットが一致しやすかったのかもしれない。

「ただ結婚生活となると、どうなのでしょう。
資産家の高齢男性と若い女性のご夫婦で、奥さんが“遊びほうけている”“仕事にばかり没頭している”など、妻としての役目を果たしていないと、やはり離婚に至るケースは結構あるんです。若い奥さんが来てくれただけでは、男性は満足しない。ギブ&テイクが成り立たなければ、結婚生活はうまくいきません」



 「まだ事件性があるかどうかもわかっていない段階で、『亡くなった』という第一報を知ったとき、ふと『ドン・ファンは腹上死した』と思った」と語るのは、老年学研究者の島影氏。野崎氏の自伝『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』(講談社)に、ホステスを口説き損ねた晩、ホテルで脳梗塞を発症し、三途の川を渡りかけたものの九死に一生を得たというエピソードがつづられているのだが、そこで“もしホステスをお持ち帰りしていたら腹上死していたかも”“そういう最期も悪くない”と野崎氏は語っていたのである。

「なので最初は『あぁ本望を遂げたんだ』と思ったんですが、その後、遺体から覚せい剤が検出されたと報じられ、『まさかそんな展開になるとは』と驚きましたね。ドン・ファンは、著書を読む限り、かなりぶっ飛んでいる人物。
若い女性をナンパするためには手段を選ばず、惜しみなく金を使い、道化にもなれる。そこまで徹底されると、年齢差を超えて口説かれる女性がいるのは不思議ではないかなと思います。ただ、あまりにも極端な人物像のため、同年代の高齢男性と比較して……という見方をするは難しそうですが」

 確かに野崎氏は、一般的には考えられないようなナンパ術を著書で披露している。好みの女子大生に「ハッピー・オーラ、ハッピー・エレガント、ハッピー・ナイスボディ。あなたとデートしたい、エッチしたい……」と語りかけるなど、「ドン・ファンは女性に対して、どこまでも図々しいんですよね。目先のプライドにとらわれず、捨て身で口説ける男性は年齢問わず、恋愛市場で捕食者になれる。特にモテ要素がなくても一定のニーズがある上に、ドン・ファンの場合は潤沢な資金力もあったと考えるとかなり強い。ただ、そうは言っても、本に書かれている内容が全て本当かはわかりません。報道では、ドン・ファンが女性にお金を出し渋っていたという内容のものもありましたしね。そこはなんとも言えませんが、本人名義で発信していた“紀州のドン・ファン”のキャラ設定は、かなり異色の存在だったといえるでしょう」。

 そんな枠にはまらない男である野崎氏だが、老年学の見地から、気になる点もあるという。

「年を取ってから若い女性に貢いだり、周囲から見て『バカだなぁ』と思うような恋愛にハマッて身包みを剥ぎ取られてしまうというケースがあります。これは、年を取ると、情動的な満足の方を重視するようになるという、“社会情動的選択性理論”に基づく行動だと考えられます。若い頃は、たとえ嫌な相手でも『メリットがあるから関わっておこう』と考えたとしても、年を取って人生の残り時間が短くなると、そんな気が起きなくなる。『自分にとって楽しいことを優先しよう』と考えるようになると言われます。ドン・ファンの著書を読むと、彼は若い頃から若い女性を追いかけていたようなので、なんとも言いにくいところがありますが、年を取っても若い女性に執着していたのは、社会情動的選択性理論で説明できるところがあるのかもしれない……といったところでしょうか」

 島影氏は、著書の中から、コンドームの訪問販売業をしていた若かりし頃の野崎氏が、顧客である女性を相手にセックスして売り上げを伸ばしたという箇所を指摘し、「ドン・ファンが、お金のためにやりたくないことをやっているのって、本の中ではここぐらいなんですよね。もともと、恋愛に限らず情動的な性格で、それが年を重ねてより強くなったというのは、あるかもしれません」。



「もう1つ気になったのが、ドン・ファンが本を出した後、全国から『私と交際しませんか?』『結婚前提でお付き合いをしませんか?』とファンレターをもらったと、『現代ビジネス』のコラムに書いているんですが、そこで『全員がオーバー40歳以上でありまして中には70代の図々しい猛者もおります』『こんな婆さんとオレ付き合うワケないだろ。どうせ財産目当てだろうから』などと、若くてナイスバディな女以外の女性、年を取っている女性をかなり蔑んでいるんです。それを見るに、“老いへの恐怖”のようなものが極端に強い人だったのかなと感じました。ドン・ファンは著書の中でも、『(自分の)年齢を意識しない』と書いていますが、どちらかというと、“若々しい自分”への強い執着があったのではないかと」

 確かに、「年寄り扱いをされたくない」という高齢者は少なくないだろうが、島影氏いわく野崎氏はそういった感覚とも少し違っており、「なんというか“歳をとること”自体を認めていない、自分すらも拒絶している感じすらするんです」。

「『老い』にはある種のネガティブなイメージがつきまといます。しかしその半面、年老いていくことで得られる豊かさもある。『老い』を完全否定する言動を繰り返していると、実際に年を取り、誰かの助けを必要になっても、手を伸ばせない。周囲も手助けしづらくなる。自分自身の老いを受け入れられず、人間関係にも苦しむことになる危うさを感じました」

 77歳の野崎氏は、すでに“老い”をひしひしと感じていたため、結婚という選択をしたとも考えられる。しかし、そこで待っていたのが突然の死とあっては、何とも言えない物悲しさを感じてしまう。

「“紀州のドン・ファン”というのは、『若い女と付き合ってセックスしたい、そのためにはお金を惜しまない』という何ともシンプルな人物のはず。ただ、そのキャラクターに隠された素顔は一体どんな人物だったのか、正直わからない。謎は深まるばかりですね」

 事件発生からもうすぐ1カ月経過しようとしているが、いまだ「紀州のドン・ファン怪死事件」の報道は鳴り止むことを知らない。果たしてどんな結末を迎えることになるのか、注目していきたい。